第6話:疑心暗鬼

「まあ座ってくれ」

 小栗は二人を執務室へ招き入れると、自分は応接セットのまん中のイスに座りつつ、二人には自分の両脇に着席するよううながした。

「小笠原くん、外の様子はどうだったかね」

犬蔵いぬくら神木しぼく馬絹まぎぬ、有馬、梶ヶ谷、いずれのバリケードも士気は高いと思います。隊員の頭数もそれぞれのバリケードに500人以上います。特に有馬と犬蔵には2000を配備、必要に応じて各バリケードから随時応派りんじおうはします。近隣の都筑や青葉、南多摩川、高津、麻生の住民も多く駆けつけているので、厳しい情勢でしょうが、数日間は乗り切れると思います」

 小笠原はいつものとおり淡々とと語った。

「わかった」

 小栗は小笠原の報告にいちいちうなずきながらもどこか上の空である。


「ところで、こんなことは信じたくないのだが、この中に裏切り者がいるらしい」

 さすがに二人とも顔色が変わった。

「どうやら、味方の情報が筒抜けになっているらしいのだ」

「誰からのタレコミですか?」

 小笠原が質問した。

「複数だが、いずれもたしかな筋だ」

 小栗は、鳥居の顔を見ながら答えた。

「心当たりはないかね」

 そこで小笠原の顔を見る。

 二人とも互いに顔を見合わせてから、小栗の方へ向き直るとゆっくり左右に首をふった。


「そうか、二人とも知らないというわけか、じゃあ、残念だが、こうするしかないな」

 といって両腕を持ち上げ、それぞれの胸元に手にした拳銃を突きつけた。右手の銃は小笠原に、左手で握られた銃は鳥居に向けられている。


「お願いだ、正直にいってくれ」

「じょ、冗談ですよね」

 鳥居が顔をくしゃくしゃにして場をおさめようとしたが、小栗は何もいわずに左手で握った銃をさらに鳥居の胸元は突きつけた。鳥居はそれでようやく事態の深刻さをさとり、恐怖の色をあらわにした。


 しかし小笠原は顔色一つ変えない。

「君は何か知ってるんじゃないか?」

「どういう意味でしょう?私が敵方のスパイだとでもいうのでしょうか?」

 小栗は黙って小笠原に向けた銃の安全装置を外した。

「ま、ま、待ってください、知事代行。どうかしてます!僕らを疑ってどうするんですか!」

 そう言い終わるか終わらないうちに小栗は鳥居に突きつけた銃の安全装置も外した。


 そして鳥居の顔をにらみつけながらいった。

「俺は本気だ。俺の政治生命はとっくにあきらめた。——最後までここを死守するつもりだ。しかし、裏切り者といっしょってのはまっぴらごめんだ。——俺一人で戦った方がマシなんだよ」

 そして、今度は小笠原の顔をにらみつけた。さすがの小笠原も表情が引きつっている。

「私には身に覚えがありません。あるわけありません」

 といってキッとにらみ返した。

 すると突然発砲音が執務室に鳴り響き、小笠原の体がくの字に折れ曲がった。

 それと同時に鳥居が立ち上がり、両手で顔を覆いながら、喚き散らした。

「なんてことするんだ!ゴム弾だからってこんな至近距離でぶっぱなしたらプロテクターを貫通して、肋骨が折れるかもしれないじゃないか。知事代行!どうかしてます!」

 小栗の顔も興奮で上気していた。目が血走っている。小栗の表情は何かに取り憑かれているようだった。


「聞いてるんですか!代行」

 鳥居が奇声にも似た声でそう叫んだとたんに、さらにもう一発の銃声が鳴り響き、鳥居の体が壁際までふっとんだ。そして、床の上でその長身をもだえさせながら、まだなにが起きたか信じられない様子で半ベソをかいている。

「いったろ、俺は本気だ。お前らがなんといおうが、俺があと二発お見舞いしたら、お前ら二人は戦線から強制退場だ。だが本当のことをいえばこれまでの働きに免じて、見逃してやる。さあ、鳥居、小笠原、お願いだから本当のことをいってくれ!」

 しかし、鳥居はまともに話ができる状態にはない。

「どうかしてぇるよ、いてえ、いてえよう」

 一方の小笠原は応接机の上にしばらくうつぶしていたが、おもむろに顔を上げ小栗の顔をにらみつける。どうやら瞬時だが気絶していたらしい。額に脂汗が浮いている。そしてとなりのイスに立てかけていたライフル銃を取り上げて、安全装置装置を外した。

「小栗さん、こんな茶番ちゃばん、いくらやっても無駄です、これが私の答えです」

 というが早いか、座ったままライフルを構え、銃口を小栗の顔に向ける。すぐさま小栗も立ち上がり、拳銃を構えて威嚇いかくのポーズをとるが、小笠原はなんの躊躇ちゅうちょもなく小栗の腹めがけて引き金を引いた。


 瞬間、耳をつんざくような轟音が鳴り響く。小栗の体は背後のイスごと後ろに飛んでひっくり返った。そして両足を天井に向けた姿勢のまま動かなくなる。すぐに鳥居が脇腹を押さえながら苦しげに歩みよった。

「なんて人だ。この人もおかしいけど、小笠原さんも相当イカれてる!ライフルで打つなんて尋常じんじょうじゃないよ」

 小栗は泡を吹いて昏倒こんとうしていた。


 二人で小栗の体をイスごと起こすと、ようやく小栗は息を吹き返した

「まともにみぞおちにぶっぱしやがって。マジで死ぬかとおもったぜ」

 小栗は息も絶え絶えに憎まれ口をたたきながら、二人の手を握ったままイスに座り直した。

「すみません、つい、頭に血が上ったもんですから」

 小笠原が立ったまま頭を下げた。

「まあ、いい。これでおあいこってわけだからな」

 というと小笠原のシャツの両襟りょうえりをつかんでその顔を近づけながらニヤリと笑った。

「だが、まだ終わっちゃいない。お前らのうち、どちらかが内通者なんだ」

 といって、右手に握った銃を再び小笠原の胸元に向けた。

 すかさず、小笠原もライフルを構える。

「おい、俺と差し違えるつもりか——よし、いい度胸だ」


「知事代行、やめて下さい」

 声の方向に振りかえると、鳥居が立ち上がったまま片手で銃を小栗に向けていた。

「あなたが引き金を引いた瞬間、私たちは同時に二人ともあなたを撃ちます。その瞬間、あなたは計3発の銃弾を受けることになり、政治生命を失うのです。代行、あなたの負けです。かりにどちらかが内通してるにせよ、このままならあなたは負ける。そしてそもそも二人の助けなしではこの闘争戦は絶対に勝ち目はないのです。どっちにしてもいっしょに戦うしかないのではありませんか?」


「.........わかった。——さすがは鳥居くんだ。説得力がある。俺の負けだ」

 そこでようやく小栗は両手を下ろす。

「これで会議は終わりですね」

 小笠原もライフルを下げた。

「私はやり残した仕事があるので失礼します」

 鳥居も大きなため息をもらしてから銃を持つ手をおろした。

「ーーでは、僕も、失礼します」

「ああ、ご苦労」

 小栗はどっかとイスに腰を下ろした。


 二人が部屋から出ようとする時、小笠原が振り返り、いぶかしそうに小栗を見た。そしてなにもいわずにツカツカと小栗のもとに歩み寄った。小栗はじっと小笠原の様子を見ていたが、小笠原は小栗の様子にはまったく気を止める様子もなく、しゃがみ込んで、応接机の下に手を伸ばす。やがて引き抜いた手には小さな豆つぶほどの物体が握られていた。そして足元に転がすと、容赦なく踏みつぶした。


「盗聴器です。朝、調べた時はなにもありませんでした。知事代行、午前中の打ち合わせの後、誰かこの部屋に人を入れましたか?」

「あ、ああ」

 小栗は水野の人の良い顔を思い浮かべた。

「ではその人間がきっと内通者です」

 というと、小笠原は事務連絡の中身にはなんの興味もなさそうに鳥居につづいて執務室から出て行った。

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