1-4 ツキアカリ
砂漠の気温は昼夜の差が非常に激しい。日中は40度を超える一方で、夜間は一桁、場所によっては氷点下まで落ち込むところもある。特に過去の戦争によって僅かながら地軸がずれ、さらに
そういった情勢であるため、またエネルギー資源の節減のため、砂漠の町の露店はどれも日が沈み始めた頃には撤収して行く。夜でも明かりが燈る様なのは宿を提供するような店程度で、そこすらも比較的早い段階で消灯するのが常だ。つまり月が主役を張るこの時間、よほどのことでもない限り人々は己が家に腰を落ち着けているものだ。けれど。
「あぁ、今日は満月なんですね」
町の外れ。
欠けた月がもたらす月光だけが照らし出す廃墟。静寂だけが取り残されている区域のその一角に、テルスは腰掛け、夜空を見上げていた。日除けに使う砂色のマントを羽織ったその下は、ごく薄手のシャツとシンプルなカーゴパンツという、昼間と変わらない恰好で。
「……かつて、この星の知的生命は重力の軛から逃れて、あの天体まで辿りついたと聞いたけど」
彼が見上げるのは、夜空に浮かぶ地球の衛星の姿。主星の公転周期と同じ自転周期を持つ
かつての戦争において、核をも超える破壊力を求めた各国は長きに渡る研究の末、ついに重力制御の技術さえも手に入れた。着弾点を中心とした一定エリアを重力の井戸に落とし込み消滅させる、いわゆる重力兵器の誕生である。
そして殲滅戦争の様相を呈していったそれは、この強力すぎる力を抑止する理性をも日に日に破壊していった。元より、個人で携帯できる火器ですら火薬による反発力を用いた銃などすでに骨董品で、主力となっているのはレーザー形成技術による光学兵器の時代。脆弱な肉体を破壊することへの忌避感さえも、遠くに置き忘れたような戦乱の世界。
最終的に、宇宙にも広がっていた戦線で、緑溢れる大地で、母なる海で、その重力の牙は敵も味方も、何もかもを無慈悲に削りとっていった。結果、この惑星が生命の方舟として成立する尽くもまた削り取られ、今はただ緩やかな死を待つ砂の星と成り果てた。
月も同様だ。同じように地表で重力兵器を使用され、その大地を、質量を削りとられ、自転さえも乱されていって─
「今はもう、傷だらけの背中を見せながら、少しずつこの惑星へと墜ちてきている……」
あるいは、僅か一種の生命が星の均衡を破壊するほどの進化を見せたことを、褒め称えるべきなのだろうか。それが、愚かしい争いの結果だとしても。
テルスの深緑の瞳が悲しみを堪えるように閉じられ、やがて緩やかに開かれる。
「……まだこの
だから、行かなければ。
「……リースさん」
呟きを掻き消すように、風が吹く。
砂漠を駆ける渇いた風。
終わりが近くとも止まない、星の息吹。
マントが風に飛ばされないようしっかり押さえながらテルスはゆっくりと立ち上がる。その頃にはもう、彼の表情は昼間と同様の人当りの良い青年のそれに戻っていた。
「明日はもっと、彼女としっかりお話しないといけませんね」
さて、彼女から出された問題点はいったいどんなものだったかなと、一人呟きながら彼は廃墟から歩き去っていく。人の営みの、正反対へ。
そして、欠けた満月だけが残された。
スナ ノ ホシウタ 三色 @tricolor
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