1-3 ハコビヤ

「僕を、ホシウタの丘へ運んで欲しい!」


「断る」

「え、即答?えぇ……?」

 合流し、依頼の話を聞いたリースの開口一番がこれだ。おやっさんの工場の一角、比較的静かな日陰でもある休憩所で二人向かい合っていた。従業員の一人が気を利かせて持ってきてくれた氷水が置かれた簡易テーブルに、アルの円柱型外部モジュールも置かれている。


「まず目的地が不明。それに付随して期間が不明ね」

「それについては、僕が道案内を─」

「だったら最初から話せばいいでしょ」

「ん、それは確かに」

 運び屋稼業は基本的に、何処に、いつ、何を届けるかが肝要だ。まして砂漠の海には危険が山ほどある。気温の乱高下や砂嵐はもとより、更に変異生物の出現や積荷を狙う不届き者だって居る。不明点の多い依頼は命の危機に直結しかねない。人の護送であるならなおさらだ。


「あと、うちのトレイルは一人乗り。追加で人を載せる余裕は─」

《あるにはあるが、如何せん中が散らかっている。私も整理整頓を促しているが、現状では難しい。なぁ、リース》

「ちょっとアル!」

「あはは……」

 唐突に割込んできたアルの言葉に吠えるリースのやり取りには、テルスも苦笑いしかできなかった。


「ともかく。そのナントカの丘に行きたいなら、別の大きいキャラバンをオススメするわ」

 咳払いを挟んで結論付ける様にリースは言い放ち、自分の分の水を呷る。実際、リースは個人で運び屋をやっている以上運搬できる物には限度もあるし、万一何かしらの危険に遭遇した場合の対処能力も限定的だと言わざるを得ない。……多少、自分のトレイルに他人を乗せたくないという意思も、ないとは言い切れないが。

 その様子を、テルスは曖昧な微笑のまましばし見つめたあと、口を開いた。


「いえ、やはり僕はあなたにお願いしたい。なんだったらお手伝いでもなんでもしますよ。えぇ、掃除でも料理でも」

「間に合ってるから」

 その提案をバッサリ切り捨てるリース。今度はアルも口を挟まない。

「……どうしても?」

 それに気を悪くした様子もなく、微笑のままテルスは尋ねる。まるで試すかのような態度と揺るがない瞳にリースは僅かに眉をしかめ聞き返す。

「……そっちこそ、何で私に拘る。別に目的地に行くだけなら誰だっていいでしょ?」

「いえ、貴女じゃないとダメなんです」

 その問いに、テルスは確信を持っているようにはっきり答えた。その瞳はじっとリースを捉え離さない。

「……けれどまぁ、今日は引き下がりましょう」

 がしかし、緊迫したかのような空気は秒とたず、テルスは不意に立ち上がってため息混じりにそう告げた。


「今日はって……また来るつもり?」

「もちろん。僕は諦めるつもりはないですから」

 朗らかに、人好きするような笑みに戻った青年はそう言って休憩所を立ち去る。あとにはリースと、相棒だけが残された。手付かずのステンレスコップの中で、カランと氷が鳴る。

「……アル」

《整備完了は最速で明日の夕方だ。脚周りを優先してもらったが、動力炉周りも見てもらわねばなるまい》

「……そだね」

 言うが早いか、現状を的確かつ端的に告げるパートナーの淡々とした物言いがなんだか可笑しくて、リースは小さく笑った。

 いずれにせよ、整備完了まではこの街を動けない。なら、とりあえず今は休ませてもらうとしよう。テルスという男の依頼についても、また今度考えればいい。

 そう結論付け、リースもまた立ち上がり残っていた水を飲み干す。この暑い気候に、冷たい喉越しが気持ちいい。


 コップを従業員に返した後、リースは整備ヤードへと戻る。そこにはおやっさんがいつもの仏頂面で待ち構えていた。

「あ、おやっさん」

「終わったみてぇだな。んで、どうすんだ?」

「うん、予定どおりで。あと私のブレードは?」

「そうか。んでお前さんの得物だが、そっちはとっくに仕上がってんぞ」

 おやっさんがチラリと事務所側の一角に目を向けたのに合わせ、リースもそれを見る。

 そこには長さにして1m弱程度の棒状のものが納められた黒い袋が一つ、立てかけられている。リースは迷わずそれを回収した。


「ま、刃の研ぎ直しとグリップの調整くれぇしかやるこたねぇんだが」

「ううん。さすが、仕事が早い」

 包みを開けながら先とはうってかわって上機嫌となるリース。彼女が開けたその包みには、一振りのカタナが納められていた。

 カーボンで出来た艶のない黒い鞘に、同じく艶のないカーボンなどを主体としたグリップ。確かめるように抜き放たれたのは、やや小柄なリースの体格に合わせて振り回しやすいよう調整された、僅かに反りのある片刃。その仕上がりに満足そうに頷いたあと納刀したリースは、流れるようにそれを自身の腰にぶら下げる。

「ね、奥のジャンクヤード借りていい?」

「構わねぇが……やんなら鉄骨だけにしてくれよ?」

「分かってる」

 許可を得たリースは、先ほどの休憩所よりも先にあるガラクタ置き場へと駆けていった。


 そして残されたのは、おやっさんと外されたAIユニットの二人。しばらく経ってから断続的に響いてくる切断音に、二人は揃ってため息をつく。

《……いつもあれくらい無邪気であれば、私も少しは楽なのだが》

「いや、嬢ちゃんはいっつもあんなもんだろ?」

《ふむ、素直であるといえばそれもそうだな》

 彼女の普段の行動を思い出ファイルロードし、アルは納得の言葉を返した。あの子はいつも、自分の感情に素直である。そこに異論はない。

「だろ? さって、てめぇのチェックもまだ途中なんだ。システム診断くらいは自分でやれよアル」

 アルのAIモジュールをトレイルへと差し込む。オンラインを示すランプが点灯し、アルは正しくトレイルを己の身体と既定する。

《承知した。万全な整備を頼む》

 頼れる整備士へ返答し、アルは己の身体のチェックを開始する。


 そうして、その日は暮れていった。

 ちなみに。


「ごめん、夢中になってた」


 満足そうな顔のリースが整備ヤードへ戻ってきたのは、約1時間後だった。

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