1ー2 イトナミ
カルサの町は、食糧生産プラント跡地に作られた町だ。水事情こそ他と同じく厳しいものの比較的恵まれていると言え、相応に人口も多く町の景観も整い賑わっている。
その町の外縁部には、様々なキャラバンがところ狭しと駐機している。
今しがた到着した者も居れば、各部を開放して整備に勤しんでいたり、あるいは砂煙をあげて出発していくキャラバンを見送ったりと、活気を示すように人と機械で溢れかえっていた。
そんな、いわゆる駐車場とも言えるスペースの一角にトレイルの行列が出来ている。トレイルの動力として広く使われているソーラーリアクターは一度起動すれば半永久的に稼働する一種の無限動力であり、燃料補給は必要ない。一方、乗り込む人間はそうはいかない。水や食料の確保はそのまま生命線であり、その行列が賑わっているのも日常の光景だった。
その行列からノロノロと抜け出して来た一両から、一人の少女が飛び降りた。
「じゃ、こっちは配達済ませてくるから。おやっさんによろしくね」
《承知した。精々骨休めさせてもらおう》
相棒のアルにトレイルを預け、リースは今回の仕事を済ませにかかる。
ある程度復興したとはいえ、町どうしの行き来はその間に横たわる砂の海で寸断されている。旧世代の通信インフラも当然壊滅しており、さらに旧い時代の質の悪い電波通信で細々とした地域同士のやり取りができる程度だ。それがあるだけでも恵まれている方なのだから、状況は推して知るべしといったところだ。キャラバンはそうした状況から、人や物の運搬などを中心に活動を請け負っている。
些細な物品からトレイル用の大がかりな武装に部品、場合によっては人の移動も請け負うことだってある。今回は梱包がいくつかの軽い仕事だが。
メモに書かれた住所を探して歩き回る事小一時間、リースが辿りついたのは小さな家屋がひしめき合う住宅街の、珍しくもない一般家屋だ。空き巣防止の鉄柵が窓を固め、玄関口もまた同様に。その柵と壁の接合部で、小さく蠢く傷口のようなものが目に入った。建材の表面を覆うナノマシンだ。これが随時補修を行い、また内部の温度湿度を適切に保つ。もっとも、正常に稼働していればの話であるが。
ブザーを何度か押してみるが、特に反応はない。
「……まだ壊れてるし」
ため息混じりに吐き出したリースは、仕方ないと玄関ドアをノックする。
「運び屋でーす。とっとと受け取りやがってくださーい」
じりじりと射す太陽光に耐えること2分ほど、鍵を内側から開けて出てきたのは一人の女性だ。下着の上にシャツを羽織っただけの格好でボサボサの肩より少し下まで届く黒髪の頭を掻きながら、寝ぼけまなこでリースを睥睨し……
「ふわぁ、リースちゃんだぁ〜へぶっ」
だらしなく微笑みながら女性はリースに抱きつこうとしてきたが、あえなくそのリースの片手が顔面を抑え込む形で阻止された。具体的にはアイアンクロー。
「まだ寝てたの? もう仕事の時間じゃないのベルエッタ」
「ふごごー、ふごごごー」
なんて? と思ったが、自分で口を塞いでたのだったと気づき手を離す。女性……ベルエッタは開放されて、ふぅと一息ついてから繰り返す。
「今日はー、おやすみー」
「ふーん」
「えっ!? 反応悪いよリースちゃん!? そこは、『わぁいベルお姉ちゃんと遊べるんだ!』とか喜ぼうよ!?」
「いや、子供じゃないんだし、そもそも私は仕事あるし。ほら、はい」
言いながら抱えていた複数の梱包をまとめて押し付ける。
「ナニコレ?」
リースから渡された荷物を眺めながら、ベルエッタは首を傾げる。
「テルミの町で先生から依頼を受けたから届けに来た。中身は知らないけど」
そういうと、先ほどまで(目ヤニ付きのまま)朗らかだったベルエッタの顔が一気に蒼白になる。
「せっ、先生から?!?!?はわわわわわ!!!!?」
「じゃあ私はこれで」
玄関先ではわわわと動揺しっぱなしのベルエッタを放置し(待って!って声が聞こえた気がするけれど)、リースはアルが向かった整備工場へと足を向けた。
サンドトレイルは大型だ。そのため、整備に必要なスペースも必然大掛かりなものとなる。町のやや外れ、トレイルが集まるヤードから少し進んだところに建つ工場の一角にアルは訪れていた。この
《武器はダメか》
「何度も言ってんだろ。そもそも付かねぇんだよ」
《しかしおやっさん》
「しかしもかかしもねぇってんだ。ったく、AIのくせに強情なヤツめ」
《それほどでもない》
「褒めてねーよ、バカAIめ!」
もはや慣れたやり取りなのだろう、その言葉には互いにトゲはなく、周りも特に気にせずそれぞれの仕事に集中している。
「っと、これで終いだ。脚周りの砂の噛み具合がひでぇからフィルターごと換えといたぞ」
《感謝する。これで戦闘機動も問題ない》
淡々と返しながら、確認するようにその場でアルは脚を動かす。ここに入る時よりも可動がスムーズだ。エラーも見受けられない。相変わらずいい仕事だと、アルの人工知能は感嘆する。
「しかし嬢ちゃんおせぇな。んな時間かかるとこか?」
《中央区付近だ。徒歩ならそれなりだろうが……》
そこまで言ってアルの言葉が止まり、外部センサーが工場の出入り口方向を向く。捉えたのは一人分の人影。
「すみません、ここに何でも屋のリースさんのトレイルが入ってると聞きまして……えぇと、どれなのかな……」
現れたのは線の細い青年だった。あまり日に焼けていない白い肌と、砂色の髪に深いグリーンの柔和な目が印象的だ。砂漠の町を出歩くにはやや軽装だが、住民であればこんな所だろうか。そんな青年が工場内をキョロキョロと見回している。
「あぁ、嬢ちゃんの客か。生憎本人はここにゃいねぇぜ兄ちゃん」
「あぁ、そうでしたか。それは失礼しました」
おやっさんに声をかけられ丁寧に頭を下げる青年。このような時代だというのに、育ちが良いのだろう。
《それと一つ訂正がある。何でも屋ではなく運び屋だ》
「……」
しかし、アルに声をかけらるのは予想外だったのかその青年はしばし固まってしまった。それを意に介さずアルは続ける。
《リースには客が来ていると伝えた。ちょうど向かっているところだというから数分もすれば着くだろう。……どうした?》
「あ、あぁいや……もしかして二人組だったのかと驚いちゃいまして」
《数え方はともかく、コンビというなら間違ってはいない。我が名はアル。このトレイルの制御AIだ》
その自己紹介にしばし目を瞬かせた青年は、一つ咳払いをして喋るサンドトレイルに向き直り、告げる。
「自己紹介ありがとう。僕の名はテルス」
入り口から射し込む光を背負い、彼は、テルスは言う。
「僕を、ホシウタの丘へ運んで欲しい!」
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