第26話

「殺人許可証ですか?」

「ああ、そうだ」


 反芻する白に頷き応える和義。


「どういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だ」

「・・・」


 白の質問の意味を理解し、それをはぐらかす和義。

 その言動から、自らも含めて緊張を解そうとする和義の意図を理解した白は、特段不満は示さず、静かに和義の言葉を待った。


「フッ」

「・・・」

「すまんな」

「いえ」

「殺人許可証とは我々が協力者に与えている権利の一つの事だ」

「協力者ですか?」

「ああ。勿論、どんな状況でも許可を出している訳ではない」

「条件は?」

「今回の犯人に迫る行動や他のプレイヤー、勿論自身も含めての生命の危機となる状況だ」

「それは、正当防衛では?」

「その定義では難しいからだ」

「・・・」

「此処では回復魔法や回復アイテム、その他のアイテムもあるからな」

「なるほど」


 元々、ゲームでの死は生命に直結しなかった為、現状は既存の法律では対処出来ず、それに加え、生命を守る為に防衛行為の必要性を証明する事は、和義の述べた理由からかなり複雑なものなのだった。


「その他にも我々の持つ独自の情報ネットワークへのアクセス権やその他の権利、報酬も支払っている・・・。ここで使用出来るものも、使用出来ないものもな」

「なるほど」

「好きだろう?殺人許可証という表現は?」

「どうでしょう・・・?」


 和義のゲーム好きに対する、一種の偏見的な軽口には頷かなかった白。


(不謹慎とは力強く否定出来ないが、それよりも・・・)


 細部こそ省かれた条件だったが、締めの条件の詳細が気になった白。


「報酬はどの程度?」

「ほお?拝金主義とは結からは聞いてないが?」

「現実世界では、しがない雇われ店長に過ぎないもので」

「立派なものじゃないか」

「面倒事を押し付けられてるだけですよ」

「フッ、そうなのか?」


 和義の言葉通り、決して拝金主義者などでは無かった白。

 しかし、今回のカフチェークの件。

 この状況を作ったアイタース版のカフチェークの制作者には白は名を連ねて無かったが、元となるカフチェークの原作者ではあった。


(捜査の段階で俺やイスカーチェリの元メンバー名が出る可能性は高いだろう・・・)


 白の想定する状況になれば、警視庁の協力者となっておくのは悪くない話だったし、何より、この先の人生、人目を避け、慎ましい生活をしていくにしても、先立つものが必要だった。


(責任はゲームクリアでとるからな・・・)


 自身に言い聞かせる様に心の中で呟く白。

 白はカフチェークの原作者としての責任は感じていたが、その罪を生命で償うつもりは一切感じていなかった。


(それに、俺がここで協力しておけば他のメンバーにも悪い話ではないだろうし・・・)


 白の脳裏に過るのは、青春と言って良い時代を共に過ごした仲間達の顔。

 佐藤誠の様な特殊な例を除けば、白にとって彼等はまだ仲間と言って良い存在なのだった。


「報酬だが、現実世界に戻った後、六十歳まで公務員の平均年収の支払い」

「・・・」

「以降は公務員年金と同等額の支給」

「・・・」

「勿論それだけでは無いぞ?」


 命を張るにしてはイマイチな内容の報酬に、不満を示さないまでも、無反応を決め込んだ白。

 そんな白に対し、和義は当然とばかりに条件を続けていく。


「公的機関に関しては現実世界への帰還以降、全て無料でサービスを受けられるぞ」

「なるほど」

「それと、ゲームクリアや犯人に繋がる情報には別途ボーナスを支給する」

「どの程度でしょう?」

「ゲームクリアで、非課税一億。その他は状況によるが、其方も非課税だ」

「そうですか」


 ボーナス云々にはイマイチな反応だったが、医療費や交通費が掛からないという言葉には納得した様に頷く白。


(まぁ、その条件なら、顔が出回って働けなくなったとしても、生活はしていけるか?)


 単純に算盤を弾ける内容では無かったが、最低限度以上は保障されている内容。

 それが和義の提示した条件なのだった。


「現在、協力者はどの程度いるのですか?」

「ん?まあ・・・、百は越えるな」

「その程度ですか?」

「末端も含めばそれ以上」

「・・・」


 和義は自身の提案を受け入れるとも答えていない白に、それ以上の情報を与える必要は無いという態度で、簡潔にその質問に答えた。


(まぁ、協力したとしても、それは教えてくれないのだろうけど・・・)


「自分の事は、余り広めて欲しくないのですが?」

「勿論構わない。協力者のプライバシーは完全に守る」

「どんな人物でもですか?」

「勿論だ」

「・・・」


 警視庁に協力する事について、その条件面では不満は無かった白。

 しかし、唯一の懸念点として、警視庁が一部に抱える協力者。

 所謂、NPCへ暴力的な行為を行なっているプレイヤー達に対する嫌悪があったのだった。


「フッ」

「何か?」

「いや、なんだかんだで結が認める男だと思ったんだ」

「・・・」


 その鋭い双眸を、柔らかく細め。

 そんな風に白を評し、その好感を隠さず示した和義。


「無論、NPCと呼ばれる存在との交渉は既に開始している」

「・・・」

「簡単に結果は出らんだろうが、彼等とも協力し、出来得る限りの事はしていくと約束しよう」

「分かりました」

「では?」

「えぇ。協力させて貰います」

「そうか。感謝する」

「よろしくお願いします」


 和義の言葉に真を見て、警視庁への協力を決めた白。

 和義から差し出された掌に、しっかりと自身のそれで応えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る