第25話

25

「やあ、初めまして」

「初めまして、白井白です」

「ああ。松木和義だ」


 互いに現実世界での名を名乗ったのは大人としての礼儀だろう。


(この男が、白井白か・・・)


 いつも整理整頓されたから仕事部屋兼自室から出、白の活動拠点の一つであるラードゥガまで出向いた和義。

 それは、妹同然の結から頼まれたからでもあったが、もう一つには自身の目で白の事を見極めたい為だった。



「え?ジャードノチスですか?」

「えぇ。なんとかなりませんか?」

「う〜ん、そうですねぇ・・・」

「難しい・・・、ですかね?」

「・・・」


 雪からの通信が届いた直後。

 カフチェークの地図上、最大となる東の大陸『マークスィムゥム大陸』の東部に位置するジャードノチスへの渡航の為、結に協力を依頼しに来た白。

 最初は白からの頼まれ事に、座っていた椅子から、飛び上がらん勢いで身を乗り出した結だったが、いつもの如くの警視庁のワープクリスタルの使用依頼に、少し不満気な表情を浮かべた。


(きっと、大事件で戦闘協力的な事を期待したんだろうなぁ・・・)


 結の反応を見て、直様、その心情を理解した白だったが、それは、決して彼が女性の感情の機微に鋭いからでは無く、結と数日でも関わりを持てば、誰もが気付ける彼女の気質だった。


(ただ・・・、な)


 そうは言っても、白も悠長な事を言っている場合では無く。

 雪から指定された五日という期日で、正攻法によりジャードノチスへ辿り着く為には、結を頼る方法しか無かった。


「勿論、私も同行出来るのですよね?」

「えぇ、勿論です」

「え?」

「都合が悪かったですか?」

「い、いえ・・・」


 想像していなかった白からの返答に、不満気な表情は一瞬で驚きの表情に染まるが、直様、喜怒哀楽どれにも属さぬ表情へと変わる結。


(どういう事?)


 その純粋さ故に、最近は白の事を仲間として意識し始めていた結。

 白も同じ様に、自身の事を考えてくれているのかと、一瞬の喜びがあった。

 しかし、兄である英輝からのメールにより、白が今回の事件の重要参考人であるとも知らされていた為、ある意味白らしくないその態度と、渡航の協力要請の場所がジャードノチスというところに、少し引っかかる部分もあった。


(何故あんな所に・・・)


 現在、ジャードノチスは深刻な問題を抱えている事を警視庁のネットワークで連絡を受けている結。

 その為、彼の地には現在、警視庁一般職員の入国を禁じられている状況なのだった。


(この人はジャードノチスの詳細な情報を得ている?)


 そんな風に考えた結の頭に浮かんだのはケンの顔。

 警視庁一般職員の入国は出来ない地だったが、一般のプレイヤー自体はほぼ問題無く入国は出来た。

 その為、現在、このカフチェークで有力なコミュニティの一つであるプラフェーシヤに所属する彼なら、彼の地の情報を得ていても不思議では無かった。


「・・・分かりました」

「ありがとうございます」

「ただ、許可が取れても、近辺の街のワープクリスタルになると思いますが」

「え?」

「え?」


 結からの返答に首を傾げてみせた白に、向かい合った結は鏡の反応を示す。


「え〜と、ワープクリスタルの不調とか?」

「え?いえ・・・」

「じゃあ?」

「・・・」


 白の反応に、一瞬その真意を理解しかねた結。


(わざと?いや、これは・・・)


 直ぐにそれは真からの反応だと理解する。


「とにかく、一度上司から許可を得ないといけませんので」

「え、えぇ、お願いします」


 しかし、結は現状を教える事はせず、先程までとは打って変わり、白からの食い下がりを避ける様に、自身から話を終わらせたのだった。



 そうしてその日の夕刻前。

 結からの依頼を受けた和義は、白との対面の場を設け、それに白も応じたのだった。


「結から話は聞いている」

「結・・・、さんですか?」


 結から和義との関係を聞いていなかった為、少し引っかかりを感じた白。


「ああ。聞いてないのか?結は俺の親友の妹で、俺にとっても昔から妹同然なんだ」

「あぁ、そうでしたか」

「彼奴も意外に抜けているからな」

「いえいえ」


 悪戯っぽい笑み浮かべ、そんな風に結を評した和義。

 和義が結に告げ口などするとは思えなかったが、流石にその内容には同意しかねると、白は少し困った様子で手を振った。


「フッ」

「・・・」

「・・・」


 そんな白に短く笑った和義。

 直後、二人の間に流れた静寂は一瞬。


「どうだ?ゲームクリアは進んでいるのか?」

「どうでしょうかね?」

「なんだ?ゲームクリアを目指しているのでは無かったのか?」


 白へと軽くジャブを入れてみた和義。

 そのハッキリとしない答えに、少し呆れた様な声色に変わる。


「勿論です」

「じゃあ・・・」

「ゲームクリアの条件がハッキリしてないので」

「・・・」

「《新世界カフチェークへようこそ・・・。新世界への挑戦者に新たなる可能性と自由・・・、そして新たなる秩序を!》」

「・・・」

「《脱出方法はゲームクリアのみ。過程おける生命の代償は全て現実で払って貰う。唯一真理の新世界秩序を背負いし挑戦者達の健闘を祈る》・・・、ですから」

「なるほどな」


 このゲームの新たな始まりに届いた運営からメッセージ。

 その内容から要文のみを読み上げた白。

 そこにはゲームクリアの条件は一切書かれていないのだった。


「それなら、何を目指してゲームクリア」

「それは、分かりません」

「・・・」

「ですが現状はレベルを上げ、自身を鍛える事位しか出来る事が無いので、そうしているだけですね」

「それで、どうなる?」

「それも、分かりません」

「・・・」

「ただ、何かを成すには、必ず力が必要ですので、ゲームの中での力・・・、レベルを上げているんです」

「なるほどな」


 和義からすれば、白の答えは決して賢いとは言えないものだったが、その電子の体の奥に垣間見えた双眸には、その答えが嘘では無いと受け入れるのに十分な力強さがあった。


「それなら、我々に協力してみないか?」

「それは・・・」

「嫌か?」

「・・・」

「少なくとも、お前が一人でゲームクリアを目指すより、余程、ゲームからの解放を待つプレイヤー達の為になると思うぞ?」


 和義からすれば、白の事件の鍵を握る白を自身の手元に置き、事件解決への糸口にしたいという思いが一つ。

 もう一つは・・・。


(此奴は・・・、シロだな)


 英輝から貰ったメールの内容で、ほぼ大丈夫だと思っていた和義だったが、結からの話と、何よりこうして対面した事で白の無罪を確信したのだった。


(ただ、少し問題がある・・・)


 和義が白に感じた問題はその精神的な部分。

 力をどんなに鍛えても、このままでは宝の持ち腐れとなる可能性があり、自身ならばその力を有効に扱い、白の目標達成に導いてやれるという思いからだった。


「・・・」

「どうだ?」

「折角ですが・・・」

「そうか?」


 和義からの誘いを断ろとした白。

 和義からすれば、それは予測していた反応であり、白をしっかりと見据え・・・。


「それなら・・・、協力してくれれば、お前に『殺人許可証』を与えよう」


 そう切り出したのだった。

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