第14話


「・・・」

「・・・」


 持ち主の性格を表す様に整頓された机上。

 それを挟み椅子に座る二人が口を紡ぎ始めて既に10分。

 何方も警視庁に所属する者達であり、片やこのカフチェークでルドニーク大陸の責任者を務める『松木 和義まつき かずよし』。

 髪型は神経質な性格を表す様に整えられたオールバックで、頬は不健康な程痩けていた。

 しかし、絶対零度の冷たさを秘めたその双眸は、日本刀の刃の様に鋭い輝きを放っていた。

 そして、もう一方はその部下である平塚結。

 暴漢達から獣人の少女を救う為、向こう見ずな行動に出た結。

 ただ、その前に和義へと連絡を取って事から、最悪の事態だけは回避出来たのだが・・・。


「俺の言った事は理解出来たか?」

「・・・」

「平塚・・・。はぁ〜」


 警視庁の拠点に戻り一晩。

 一定の時間を置いて、今回の件で結と対話を行った和義だったが、結の態度は頑ななまま。

 自身は間違った事はしていないと主張し、和義の警視庁の立場を述べる意見に付いては、頷きながらも、それを受け入れる態度は示さないままだった。


「英輝ならもっと上手くやったと思うぞ」

「兄さんは!」

「・・・」

「っ・・・!」


 兄の名を出された事で椅子から立ち上がり、机上へと乗り出した結。


「結・・・」

「和兄・・・」


 結が警官になって以降、互いに控えていた呼び名を口にした和義と結。

 和義もまた父が警視庁の人間であり、互いの父を通じて幼少期から幼馴染の関係だった二人。

 しかも、和義は英輝と同級生の親友であり、結に取って和義はもう一人の兄といっていい存在なのだった。


「大人になれよ・・・」

「・・・」


 幼い頃から付き合いだけあり、結の性格を正確に掴んでいる和義。

 親友と同じ様に生まれついての正義感を持ちつつも、要領の良さという意味では絶対的に差のある結。

 そんな結に語り掛けた和義自身もまた、親友の様な要領の良さは無く、その冷たさを感じさせる表情には、少しの寂しさの中に、結に対する憂慮も示していた。


「それでも・・・」

「・・・」

「私は間違った事をしたとは思ってないわ」

「・・・」

「私は傷付けられている人がいたなら、それを見て見ぬふりなんて出来ないから」

「・・・」

「子供の頃、英輝兄さんと和兄がそうしてくれた様に」

「結・・・」


 幼い子供、特に男の子に取っては、警察官とは憧れの職業。

 普通なら結の父の職業を知り、仲良くしたいと思ったりするものだろう。

 しかし、そこにはその年代なりの難しさがあり、結が男の子であったならそれも羨望となっただろうが、女の子である結に対して複雑な感情からイジメに走ってしまった同級生の男の子達。

 しかし、そんな時に必ず助けに来てくれたのは英輝と和義であり、結に取ってはそんな二人の存在も自身の中での正義の定義の指針となっていたのだった。


「警視庁は彼等と繋がりが有るのですか?」

「まぁ・・・、な」

「それは・・・」

「必要な事だ」

「・・・」

「力を持つ集団を形成すれば、そこから得られる情報も多い。それに、連中も定められた法は犯してはいないんだ」

「でも、確かに弱者が不当な力で傷付けられています」

「我々が法を越えて人を裁けば、警視庁の持つ信頼が失われる。それは、多くのプレイヤー達が危機に晒される事に直結するんだ」

「だからこの世界の人達は傷付けられていいと?」

「人・・・、か」

「人です」

「・・・」


 和義にも言い分は有ったが、それで結を説き伏せたとしても、真には納得しない事は分かっていた。


「現場を離れる考えはあるか?」

「ありません」

「そうか、分かった・・・」


 鋭い眼光を真っ直ぐ結へと向け問うた和義。

 分かってはいた結の答えだけ確認すると一拍双眸を閉じ・・・。


「平塚結巡査。現在よりルドニーク大陸担当から外れてもらう」

「・・・」

「異動先に付いては後日通達する。それまで休暇を過ごしてくれ」

「・・・分かりました」


 不満は明確にあった。

 しかし、結もこれ以上自身の考えを述べる事は、兄と慕う和義に迷惑を掛ける事になる。

 その為、短く答え、部屋を後にしたのだった。



「これで、良かったのか・・・。英輝?」


 結を見送った後、小一時間の時を独り過ごし、此処には居ない親友に向け、答えの返らぬ問い掛けをした和義。


「白井・・・、白か」


 部屋を出た後、結が会いに向かったであろう人物の名を口にした和義。

 結には伝えていなかったが、カフチェークに囚われる直前、和義の元にも英輝からメールが届いていたのだった。

 しかも、それは結に届いたものとは内容が異なるものであり、事件の重要参考人として白以外の氏名も記されていて、何より今回の事件とは別の事件を追う過程で英輝の得た、重要な情報が添えられたものなのだった。


「・・・」


 無言のまま、椅子の深くへと沈み、淹れたばかりのコーヒーの薫りに暫し身を任せる和義。

 そんな事をしていると、一瞬だが、ここがゲームの中である事を忘れてしまうが、直ぐに首を振り・・・。


「後は結に・・・、俺達の妹に期待するかな」


 そう独り呟いた和義。

 それは、同時に自身を奮い立たせる為の鼓舞でもあるのだった。


 結と和義の面談が行われていた同刻、ケンの作業場。


「良くやったアキラ」

「流石、アキラさんです」

「・・・」


 そこでは、猛烈な勢いで自身の肩を叩き褒め称えてくるケンと、小人族特有の幼さの残る双眸をキラキラさせながら見上げてくるアオイに、どう応えたものかと反応に困ってしまう白が居た。

 結と別れた後、狐の獣人の少女の事を任された白。

 リメースリニクには暴漢達の拠点もある為、ケンにはメールを送り野宿で一晩を明かしたが、いつ迄もそれを続ける訳にもいかず、現在この街で自身と繋がりのあるケンとアオイの下に事の成り行きの報告に来たのだった。


「そもそも、助けたのは俺じゃないしな」


 几帳面な性格を表す様に、事実をしっかりと述べる白。


「何言ってんだ。手助けしたんだろ?」

「まぁな」

「なら、大手柄だよ!」

「っ」


 実に嬉しそうに、激しく肩を叩いてくるケンに、白は軽く痛みを感じ顔を顰める。


「ぅ・・・」

「あ、あぁ、大丈夫だよ」

「そぅ・・・、ですか」

「おっと・・・、すまんすまん」


 そんな白の様子に、その後ろに隠れていた狐の獣人の少女は少し怖がる様な仕草を見せ、白とケンは慌てて取り繕う。


「駄目ですよ、二人とも」

「ああ、そうだったな」

「すいません」

「大丈夫ですよ、『グレイス』さん。二人はお友達ですから」

「うん・・・」


 自身より少し小柄で、尚且つ女性であるアオイから優しい声に少し安心する獣人の少女グレイス。


「昨日はちゃんと食べなかったのでしょう?」

「非常食位しか無かったので」

「では、先ずは食事ですね。あ、あとお風呂も」

「えぇ、お願いします」

「ええ、任せて下さい」


 まるで子供のする様に胸を張り叩いたアオイ。

 それはグレイスへの優しさであり、同時にこれからの事に付いての白とケンの話の邪魔をしない為のものであった。

 そんな、アオイがグレイスを連れ、作業場を出た後・・・。


「すまない、ケン」

「・・・」


 ケンに向かい、深々と頭を下げた白。

 此処にグレイスを連れて来たのは勿論だが、何より白とグレイスが共に行動をしていれば、いずれは此処も探りをいれられるのは必然。

 そもそも、昨日の晩グレイスと過ごした時点で、それを監視されていた可能性もあるのだった。


「昨日の俺からの返信を見たか?」

「あぁ」

「なら、あれが俺の答えだ」

「・・・」


 白の送ったメールに対するケンからの返信。

 そこにはたった一行「よくやった、直ぐに戻って来い」と、それだけ記されており、ケンはその後も野宿を続けた白に、再三、作業場に戻る様にメールを送り続けたのだった。


「お前が俺やアオイさんを心配してくれているのは分かってる」

「・・・」

「だから、昨日一晩悩んだ事は許す」

「・・・」

「でも、お前が俺達を心配してくれるのと同じで、俺達だってお前の事を心配しているんだ」

「・・・」

「次からは、本当に困ったら素直に頼ってくれ」

「・・・」

「いいな?」

「あぁ、本当にすまなった」

「ふっ、いいって事よ」


 素直に謝罪した白に、それ以上は何も言わなかったケン。


「で、これからどうするつもりだ?」

「あぁ。それなんだが、迷惑を掛けると思う」

「おい、白」

「あぁ、そうだったな」

「・・・」

「俺は警視庁管轄下の巨大ワープクリスタルで別の大陸へ向かおうと思う」

「なるほど。確かに船旅は・・・、無理だしな」

「あぁ」


 現在、このリメースリニクの港を影響下に置くコミュニティ。

 それこそが、グレイスを攫おうとした暴漢達の一派であり、船旅という選択肢は白の中で無かった。

 本来なら、警視庁の監視下に入るのも白に取っては問題であったが、二人を守る為なら、それは許容出来るものなのだった。


「グレイスを助けた女性警官。結さんって言うだけど、その人と合流した後に頼もうと思っている」

「ああ、了解した。俺は仕事道具を纏めるとしよう」

「あぁ、頼む」


 そう言いながら白に背を向け、早速準備に入ったケンだったが、思い出した様に白を振り返る。


「そういえば、行き先は決まっているのか?」

「あぁ」

「何処に?」

「『ラードゥガ』だ」

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