第13話


「やめなさい‼︎」

「あぁん⁈」

「何だ!テメェ!」


 全くと言って良い程、凄む権利など無い暴漢達。

 然し、突如として自分達の下品な欲望の成就の前に立ちはだかった結に、語彙力皆無といった反応を見せる事を我慢出来ない様子で、狐の獣人の少女に向けていた厭らしい視線を一斉に鋭いものに変え、結へと集中させたのだった。


「っ⁈」


 そんな暴漢達の背に恐怖で震える獣人の少女を捉えた結。

 少女は突然現れた結に驚きの表情を浮かべ、その身を一層固める。


「・・・」


 そんな少女に安心を与える為、無言のまま目線だけで頷く結。


「オイ!」


 しかし、そんな優しさも暴漢達にとっては余裕の態度に映り、苛立ちを増していく。


「・・・何かしら?」

「何かしらじゃねぇんだ!テメェ何者だ‼︎」


 我慢を出来ずに跳び出したわりに、冷静に暴漢達に対応しようとする結。


「・・・」


 そんな結の反応に、白は僅かに期待をするが・・・。


「私は警視庁のサイバー犯罪対策課のアイタース係に所属している平塚結です」


(ふぅ〜・・・、最悪だな)


 自身と初めて会った時と変わらぬ結の自己紹介に、白は心の中で溜息を吐き、同時に応援の来るまでの時間稼ぎの手助けの為に、改めて周囲の状況の確認と魔法の詠唱の準備に入る。


「・・・オイ」

「何ですか?」

「テメェが本当に警視庁の人間かどうか?確かめても良いが・・・」

「勿論、嘘はありません。証拠は・・・」

「その必要はねぇんだよ‼︎」


 ステータスを開き警視庁の者だけが持つ表示で証拠を示そうとした結。

 しかし、暴漢達のまとめ役の男は、それをドスを効かせた声を張り上げ遮る。


「テメェが警視庁の者であれ、何の違法行為もしてねぇ俺達の邪魔をする権利なんてねぇだろうがよぉ?」

「・・・」

「俺らが何したってんだ?言ってみろよ‼︎」

「・・・」


 条件反射的に跳び出した結だったが、流石に訓練は受けている者。

 この場で絶対に口にしてはいけない言葉だけは発する事はせず、凄む暴漢の前に無言のまま立つのだった。


「ぃ・・・」

「落ち着きなさい?彼女が怖がっているわ」


 視線は暴漢から外さず、獣人の少女を気遣う発言をした結。


「あん?彼女・・・?」

「そうよ」

「何言ってんだ、テメェ?此奴は女じゃねぇ・・・、物だろうがよ‼︎」


 結の発言に眉間に深い皺を刻んだ男。

 男からすれば、現実の肉体であり、生命を持たぬNPCを人として扱う結の考えは理解出来ないものであり、一部のプレイヤーから感じる自身に対する侮蔑にも近い視線も、決して受け入れ難いものなのだった。


「テメェらだって、そう御触れを出したんだろうが?あぁん‼︎」

「っ・・・」

「分かったら、引っ込んでろ‼︎」


 痛いところを突かれた結の奥歯を噛み締める音に、暴漢は強気な態度を示す。


(まぁ・・・、ここ迄か)


 そんな様子を木の陰から眺めていた白は状況の急変に備え、詠唱を済ませた魔法の発動のタイミングを計る。


「それでも・・・!」

「あ?」

「それでも、こんな蛮行を黙って見過ごす訳にはいきません‼︎」

「ちっ!」


 結も流石に今更引き下がるのが最も愚行であると理解しており、何より少女を守ると既に決めていた為、退がる様子の無い暴漢達へと自身の得物であるトンファーを構えた。


「どうすんだ?」

「此奴、もしかしたら本当に・・・」


 結の覚悟を決めた表情を見て、暴漢達の一部が軽く後退りをしたが・・・。


「馬鹿野郎‼︎」

「っ!」

「どうするかなんて決まってるだろうが?」

「・・・」

「此奴の仲間が来る前に此奴を殺っちまって、女を攫って行くんだよ」


 そんな仲間達に一喝をし、自身の上半身程の幅のある大斧を手にする暴漢のまとめ役の男。


「どうせカメラなんて存在してやいねえんだ。俺達に辿り着く事なんて出来やしねえんだよ」

「お、おお」

「そうだ・・・、そうだな!」

「殺っちまうぞ‼︎」


 ここで仲間から外れる恐怖心もあるだろうが、このカフチェークでは捜査の手など及ぶ可能性が無いという事が、最も逃げ出そうとした暴漢達を思い止まらせ、全員が得物を取り出し結へと構える。


「仕方ありませんね」


 そもそも期待をしてはいなかった結だが、背にする獣人の少女を守る様に構え、暴漢達の攻撃に備える。


「なあ?良く見れば此奴も・・・」

「ああ」


 武器を構えにじり寄りながらも、下卑た視線を結へと向ける暴漢達。


「・・・最低ですね」


 暴漢達の視線の意味を理解し、腹の底から湧き出る侮蔑を吐き捨てながらも、冷静に相手方の動きを観察する結。


「くだらねぇ事を考えてんじゃねえ!」

「でもよ・・・」

「此奴の仲間が来る前にさっさと片付けて、狐の女を攫うんだ」

「・・・」

「プレイヤーなんて商品にしちまったら、足が付いちまうだろうが」

「ああ・・・」

「テメェら、さっさと殺っちまうぞ!」

「「おお‼︎」」


 仲間達に号令をし、まとめ役の男が一歩踏み出した・・・、刹那。


「『ガリュツィナーツィヤ』」


 男をターゲットにし詠唱を完了してい白が魔法を発動させる。


「ん?」


 魔法発動の為の声は穏やかな風に掻き消される程小さなものだったが、魔法を受けた事で微かに身体に違和感を感じた男。

 しかし、武器を構える結に対して動きを止める事は危険と判断し、自らの手にする得物を振り上げる。


「な・・・⁈」


 その刹那。


(もうこんな近くに・・・⁈)


 瞬きの間の前まで自身の数歩先で少女を守る様に立っていた結。

 しかし、その姿は既に自身へと構えるトンファーの届く程の距離まで迫っていて、男は焦り右足を僅かに下げ、結を自身の得物の巨斧の刃の振り下ろす先に捉え・・・。


「こっっっのぉぉぉ‼︎」


 渾身の一撃をその整った顔へと放つ。


「ざまぁねぇな!」


 その数倍はある刃に打ち抜かれ、霧散してしまった結の頭。

 それを嘲る様な笑みを浮かべ一瞥した男。

 しかし、視界の先に映ったのは、霧散した頭に反応する様に消えゆく結の身体と・・・。


「な・・・⁈」

「はぁぁぁ!」


 自身へと怒涛の勢いで踏み込んで来るもう一人の結の姿。


「っ!」


 男は結よりも頭二つ分の体躯を誇っていたが、つい瞬きの間の前に振り下ろした一撃で下がっていた頭は、結のトンファーによる一撃で側頭部を鮮やかに打ち抜かれてしまう。


「ぁ・・・、が!」


 男の脳に振動が走り、横目に映った仲間達の姿がぶれ、幾重に見えてしまう。


「ちぃっ・・・」

「な・・・⁈」

「いいい‼︎」


 それを振り払う様に激しく腕を振り、結へと威嚇を乗せた牽制を放つと、結も不意の一撃を警戒し、バックステップで男から距離をとる。


「仲間だ‼︎この女、仲間がいやがるぞ‼︎」

「何だって⁈」

「探して引っ張り出しやがれ!」

「お、おお‼︎」


 行いの善悪はともかく、一つの集団をまとめる男。

 それ相応の判断力、そして統率力はあり、先程、眼前で起こった異変を何らかのスキルによるものと判断し、即座に仲間達に指示を出し、従わせるのだった。


(何だかんだ言って助けてくれたんですね・・・)


 先程まで自身へと一斉に向かって来ていた暴漢達。

 その一部が自身を助けたのであろう白を探す様子に、心の中で何処か嬉しそうな呟きを漏らした結。


「ぁ・・・の」

「大丈夫よ」

「ぇ・・・?」

「もう直ぐ私の仲間が来てくれるわ」

「・・・」

「だから、安心してね」

「は・・・、ぃ」


 結の言葉に俯く様に頷く少女。


「ふざけるな!」


 そんな二人の様子に、暴漢の一人が結へと短剣を構え迫るが、その視界が微かに揺れ・・・。


「な・・・?」


 眼前に迫っていたはずの二人の姿が幾重にも映り、驚愕にその身を固めてしまう。


「やぁ!」

「ぅ・・・!」


 そんな男の鳩尾へと結の蹴りが直撃し、男は無残に崩れ落ちてしまう。


「おい!平塚ーーー‼︎」

「先輩!」


 自身を呼ぶ聞き慣れた声に応える結。

 耳を澄ますと、少し先から仲間達のものと思われる複数の足音が迫るのが聞こえたのだった。


「ちっ・・・!」

「大人しくして下さい」

「・・・」


 観念しろとでもいう様に投降を促す結。

 まとめ役の男の一瞬の静寂は、それに従う様にも見えたが・・・。


「退くぞ、テメェら‼︎」

「でも・・・」

「黙まりやがれ‼︎」

「っ!」


 不満気な仲間を即座に一喝する男。


「待ちなさい!そんな事・・・」

「黙ってろ」

「何ですって・・・」

「ここから先は俺達の頭と、テメェらのトップの話だ」

「え・・・?」

「・・・ちっ!」


 撤退しようとする暴漢達を抑え様とした結だったが、男の言葉に一瞬身を固めてしまい・・・。


「行くぞ!」

「「「おお‼︎」」」

「待ち・・・!」

「オラッ‼︎」

「っ!」


 一斉に駆け出した暴漢達へと跳び出そうとしたが、それは男の放った巨斧の正確な一撃に阻止されたのだった。

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