第12話


「ふぅ〜・・・」


 大きく息を吐き自身の足元へと視線を落とし、薄汚れた血を残しながら消えいくガデューカを眺める白。

 身体にそれ程大きな疲労を感じる事も無く成し遂げた自身の成長を感じると共に、好事魔多しと自身に言い聞かせ、改めて気を引き締めた。


「鮮やかなものですね」

「・・・」

「聞こえていなかったですか?」

「・・・」

「随分と子供っぽいのですね?中の方は学生さんだったのかしら?」

「・・・」


 背中から掛かる声を無視した白。

 それが挑発を含むものになっても尚、振り返る事はしないのだった。


「技術提供拒否はともかくとして、これ位の世間話は構わないと思いますけどね」


 白の背後に立つ結は不満気な顔で、心の中でだけいい大人なのだからと続けたのだった。

 それというのも、白の実際の年齢くらいは報されていた結。

 子供染みた挑発に乗って来ないのは理解していたが、せっかく無理矢理同行しているのにも拘らず、殆ど会話が出来なければ、事件へと繋がる情報も入手出来ない。

 押しかける形で同行を始めて五日。

 緩急を付けた会話をして来たが、結果の出ない状況に、結は苛立ちを抑えきれなくなっていたのだった。


(よしよし、いい感じだな)


 そんな結の様子に、心の中でほくそ笑む白。

 初めて対峙した翌日に、ケンの所へ向かう途中で声を掛けて来た結。

 揉める様な事をすれば、ケンやアオイにも迷惑を掛けると思い、結からの戦闘技術の研究の為の同行の希望を受け入れたが、当然不満しか無く、結を何とか追払う為に現在の様な態度をずっと続けていたのだった。


「そういえば・・・」

「はい、何ですか?」

「・・・」


 頃合いと思い、背を見せたままながらも口を開いた白に、身を乗り出しながら応じる結。


「平塚さんは、仕事の方は良いのですか?」

「仕事ですか?」

「えぇ。ずっと自分と同行されてるみたいなので・・・。余計なお世話でしょうか?」


 顔だけで振り返り、申し訳無さそうな声で問う白。

 それでも、やっと見せた白の歩み寄りの態度に、基本純粋な結はそれだけで先程まで最高潮にあった苛立ちが消えていくのを感じた。


「いえ、問題ありませんよ。これが、私の仕事ですから」

「これが・・・、ですか?」

「ええ。現状の私は、上位プレイヤーとの打ち合わせと同種の勤務の扱いになっていますから」

「単独でそれが許されているという事は、平塚さんはかなりの階級なのですね」

「いえ、私の階級では無く、父の地位で・・・」

「え?平塚さんのお父様も警視庁の?」

「ええ。一家でですけどね」

「なるほど、そうでしたか・・・」


 結の言葉に納得した様に頷いた白。

 警視庁の巡回員の多くの人間は、実際の容姿から離れていないキャラを使用している為、何故、結の様な年齢の女性が自身を単独行動が許されているのかの疑問に思っていたが、それがやっと晴れたのだった。


「では、ご家族の方に憧れて警察官に?」

「どうでしたかね・・・」

「?」


 英輝の顔を思い浮かべ、即答する事に一瞬の躊躇をした結。


「あまりにも自然と目指していたので、理由は考え無かったですね」

「なるほど」


 心の中で首を振り、想い人の顔を消し、一般論を口にした結に頷いてみせた白。

 然し、白も内心ではその行動に反した感情を抱く。


(これは懐柔するのは難しそうだな・・・)


 結が単独行動している事は、どんな交渉を持ち掛けるにしても一対一のやり取りの為、白にとって好都合であったが、外の世界に警視庁の組織外での繋がり、然も、それが身内であるという事に白は警戒感をより強めたのだった。


(まぁ、上手く付き合っていければ、より犯人へと繋がる情報を得る事も出来るか・・・)


「でも、自分の戦闘で平塚さんに得られるものはありましたかね?」

「結でお願いします」

「え?え〜と・・・?」

「あまり、名字で呼ばれるのは好きでは無いので」

「あ、あぁ・・・」

「・・・」


 白からの呼ばれ方に少し俯き加減になった結。

 学生時代には何にも気にならなかったのだが、警視庁に入って以降、同僚からの平塚という名字を強調した呼び方。

 そして、その奥に父や兄達の存在を込め、妬みの感情を添えられた呼び方に、結はかなり精神的に追い込まれていたのだった。


「え〜と・・・、ゆ、結さん」

「はい」


 少し言い淀んだ白だったが、逆に結は悪くない感情でそれに応える。

 結にとっては、女の名前を気安く呼べる様な男の方が嫌悪感を抱く対象であり、一般的に見れば白の少し格好の悪い態度にも、不快な気持ちは抱かなかった。


「何か得られるものはありましたか?」

「勿論です。選択した職業も使用する武器も違いますが、モンスターに対する身体の使い方等は流石だと思います」

「そうですか」


 ゲーム開始時に種族こそ一般的な人族を選択していた白と結。

 然し、その職業は白の暗黒騎士に対して、結の選択した職業はモンク。

 モンクは基本的に体術を得意とし、装備出来る武器は限られていて、力と速さも同系統の武闘家程に高くは無く、然し、その代わりに簡単なものなら回復魔法も使用出来る職業なのだった。


「何より凄いのはとどめの一撃の威力ですね」

「・・・」

「牽制を見せてからの一撃。刃に反応が見えますけど、あれはどういったスキルなのですか?」

「あぁ・・・、そんなものですね」


 結の言っているのはウプイーリ特有の能力であり、それを説明する為の言葉に窮した白。

 ここ数日のやり取りで、結がゲームに疎いらしい事は分かっていたが、流石にユニークスキルについて話す事は危険と判断し、何となく相槌を打ち、その場をやり過ごす様にした。


「私もレベルが上がれば使用出来ますかね?」

「どうでしょう・・・。職業によって上位のスキルの特性に違いもありますし」

「なるほど」

「モンクは攻撃も回復もバランスの良い職業ですしね」

「でも、防御面では弱いと教わりました」

「えぇ、装備出来る防具には限りが有ります。ただ、その素早さは上位グループに入りますから、直接攻撃を喰らわない戦闘スタイルを覚えていった方が良いでしょうね」

「その為には、どうすれば良いと思いますか?」

「そうですねぇ・・・。基本的にはモンスターは階級に違いはあっても、同類の者は良く似た動きをしますから、先ずは第五位のモンスターを地道に狩っていって、多くの行動パターンを頭に入れるところから始めてはどうでしょうかね?」

「そうですか・・・」


 白の助言を真っ直ぐに眼を見て聞いていた結。

 その表情は実に真面目なもので、普段はそう口数の多くない白も、ついつい饒舌にゲームを上手くなる為のコツを語っていたのだった。


「アキラさんはゲームが好きなのですね?」

「え・・・?」

「だって、凄く真剣な表情でしたから」

「そうですか・・・、ね」

「???」

「・・・」


 ゲームの攻略を語る表情はともかく、仕事でもなくこのカフチェークに居るのだから、白はゲームが好きで当然であろうと考えていた結。

 然し、白の反応が直前のそれとは違い、歯切れの悪いものとなり、先程までしっかりとあっていた視線も外れた事で、結も首を傾げる事しか出来ないのだった。


「そういえば、警視庁は今回の件の犯人の手掛かりは入手出来てるんですか?」

「捜査については口外出来ません」


 沈黙の空気を破ろうと白が自然と振った質問だったが、結は当然の様に答えない。


「・・・」

「・・・」


 すると、二人の間には再び沈黙の時が訪れたが・・・。


「ただ」

「?」

「アキラさんが我々に協力してくれるのなら、情報を提供する事は可能です」


 今度は結がその沈黙を破る番。

 ここ数日の間、白に続けているスカウト活動を再開したのだった。


「・・・」

「また、だんまりですか?」

「いえ、そういう訳では無いですよ」

「じゃあ・・・」


 一度、見学にと結が白を誘おうとした・・・、刹那の事。


「きゃあああーーー‼︎」


 白と結の立つ位置からはかなりの距離があるだろう。

 然し、その悲鳴は正確に二人の耳に届き、持ち主が少女であると分かる瑞々しさを残すものだった。


「っ‼︎」


 条件反射的に声のした先である森林へと、大地を蹴り出した結とそれに続く白。


「アキラさん⁈」

「一応・・・、ね」

「・・・指示には従って貰います」

「・・・」


 そんな白の動きに驚き、一つ忠告を入れた結だったが、無言で続いた白。

 そんな様子に少しムッとした表情を浮かべた結だったが、白を止めようとはしなかったのだった。


「近いですよ」


 二人が走った距離は数百メートル程。

 声の情報からというよりは、研ぎ澄まされた感覚に伝わる複数の人の気配から相手が近い事を理解した白。


「・・・ええ」


 そんな白から掛けられた声に、結も刑事の持つ資質からか静かに頷き、足音を抑える為に駆ける速度を落とす。


「何人か分かりますか?」

「十を超えていますね」

「レベルはどうでしょう?」

「さて・・・」


 この距離からでは正確には情報を掴めなかった結は、現場の状況を把握しようと白に助けを求め、本部への連絡の準備は駆け出すと同時にしていたので、それらの情報を送るのだった。


「・・・ぁ」

「あれは・・・」


 木の陰に身を潜め、悲鳴の主と思われる少女を伺う二人。

 そんな二人の視線の先に見えたのは、歳の頃は十五、六だろうか?

 その頭頂部には狐の耳が鎮座しており、腰まで伸びた髪は耳と揃いの金色に輝き、女性らしさが身体の底から滲み出たかの様なその肢体は艶かしく、その上色素が薄く明るい色の切長の瞳まで持ち、美を司る神が居るのならば、その寵愛を一身に受けているのだろうと思う程の美しさを全身で表現している少女が、然し、その相貌には似合わぬ姿で、力無く地面へと座り込んでいたのだった。


「へへへ・・・」

「ヒュー」


 そんな少女を見下ろしながら、下卑た笑みと、品の無い口笛などを吹いてみせる男達。

 此方は、白と結からはその後ろ姿しか確認出来なかったが、種族は人族や獣人族、ドワーフ族まで居る為、ゲームプレイヤーである事だけは、二人にも理解出来たのだった。


「・・・」

「数は見えるだけでも十五」

「・・・」

「レベルはどうでしょう?」

「そうですね・・・、平均で二十を少し超えた位ですね」

「っ・・・」


 暴漢達のレベルを白に確認し、奥歯を噛み締めた結。

 レベルは結と変わらないものであり、取り押さえ様にも、その数の差の問題があるのだった。


「協力・・・、頂けますか?」

「・・・」


 少し不安そうに白に問い掛けた結だったが、白は一拍の間の後・・・。


「無理ですね」


 アッサリとした口調でそれを断る。


「どうして⁈」


 互いに声を潜めていた二人だったが、白の態度に僅かに声量を上げてしまった結。


「シッ」

「っ・・・!」


 即座に白に戒められ、口を閉じる勢いで唇を噛んでしまった結。


「オイ、俺から」

「何言ってんだよ?俺が最初に見つけたんだぞ」

「イヤイヤ、お前らふざけるなよ!」


 暴漢達に気取られぬ様に、息を潜めた白と結だったが、二人の心配は杞憂に終わり、暴漢達はただただ下品な言い争いを始めたのだった。


「それなら、最初からついて来なければ良かったではないですか」

「冷静になって下さいよ」

「冷静になるのは、アナ・・・」


 結からすれば、当然といった不満を述べたのだが、逆に白から言い返される形になり、声を潜めながらも、その整った眉を乱してまで眉間に皺を寄せる事で、なお不満を示した結。


「彼女、NPCですよ」

「え・・・?」


 然し、白がそれに応える様に発した台詞に、吐息の様な声を漏らし、直ぐに狐の獣人の少女へと視線を移す。


「あ・・・」

「・・・」


 そうして、少女にNPC特有のネームカラーを確認し、意気消沈した様な溜息を漏らしながら、視線を落としたのだった。


(当然の反応だろうな・・・)


 結の様子にそんな感想を心の中で漏らした白。

 男の白からしても暴漢達の行いには嫌悪感しか抱けず、女の結からすれば、それ以上であるのは必然。

 然し、現状このカフチェークでは、NPCを守る様な法は無く、それを捻じ曲げる事は白は勿論、公的な力を持つ結は、絶対にしてはならない事なのだった。


「い、いや・・・」

「オイ!逃げねえ様に押さえてろ!」

「あぁん?テメェがやれ!」


 恐怖から腰が抜け、地を擦りながら後退る事しか出来ない少女を尻目に、仲間割れの様な言い争いを続ける暴漢達。

 無垢を守る少女にとっては、自身には向けられていないそんな様子でも一層恐怖を増すのに十分で、その美しい双眸の端から真珠の輝きが、一筋白肌を滑り落ち、それは一つのトリガーを引き・・・。


「やっぱり、無理です」

「え?」

「行きます!」


 決した意を示す様に表情を引き締め、頷いた結。


「ちょ・・・」


 止める様に伸ばした白の手は、駆け出した結には届かず・・・。


「やめなさい‼︎」


 暴漢達へと怒号を上げながら、結は駆けて行ったのだった。

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