第11話


「・・・」

「ぁ・・・、ぁ」


 感情を示さぬ双眸を向けて来る白に、言葉にならない声を漏らした結。

 ただ、互いの態度は対照的なもので、白は多くを悟られたく無いが為のそれであり、結は確実に死へと近付いていく結果のそれだった。


(ガデューカにやられたか・・・)


 結を所持するユニークスキルである記憶の書庫の鍵を持つ者の中の、観察眼で調べた白は、現状を把握する事に成功する。


(罠の可能性も捨てきれなかったが、一先ずは安心ってところだな)


 最初、結の悲鳴を耳にした白は、罠の可能性も考え、助けに来る事を一瞬躊躇したのだが、万が一の可能性を考え、結局は生来のお人好しな性格から非情を選択する事が出来なかったのだった。


「・・・」

「っ⁈」


 自身へと無言で近付く白に、結は残された僅かな体力を後退る為に使用してしまう。


(この人・・・!)


 既に結は回復の必要性を考える程の余裕は無く、白への警戒だけにしか思考は行かなくなっていた。

 そんな結の思考も読み、白は突然の凶行にも注意を払いつつ、結へと歩み寄り、自身の足元に置くと・・・。


「な、に・・・、っ‼︎」

「・・・」


 自身の腰へと手を伸ばし、そこに着けられていた装飾の施された複数の瓶の中の一つへと手を掛ける。

 すると瓶からは薄緑色の液体が流れ落ち、結の傷口へと掛かると・・・。


「っ⁈」


 痺れを感じた様に、一瞬その艶かしく地面に横たえた肢体を震わせた結。

 対して、表情はというと、毒で徐々に落ちていく体力と、狙いの見えない白への言いようの無い恐怖に歪ませていた結のそれには、徐々に生気の戻るのが見えた。


「な、何を!」


 自身の身体に勝手な行いをする白に非難の声を上げた結。


「・・・」


 そんな結の声を無視し、白が続けて隣の瓶へと手を掛けると、今度は薄青い色の液体が結の身体へと流れ落ちてゆき・・・。


「ちょっ・・・、と・・・!あれ?」

「・・・」


 ガデューカによって付けられた痛々しい結の傷口が塞がってゆき、その白肌は結の体勢と相まって、より艶かしさを増したのだった。


「え?どうして・・・?」


 HPゲージも回復した事で、言葉も滑らかに紡げる様になった結。

 しかし、未だその理由までは理解出来ておらず、その表情は困惑の色だけ染まる。


「・・・」


 そんな結をじっとその双眸で捉える白。

 それは見据えているというよりは、観察している風であり、害意は感じさせないものだったが、余りに無言の時が長く・・・。


「っ・・・!」


 元々、兄弟以外には男慣れもしていない結。

 その頬を一瞬で紅く染め上げ、慌てて立ち上がり、その身を守る様に体勢を整えたのだった。


「・・・」


 そんな結の反応に、自身へと向けられた警戒を理解した白だったが、そんな事は彼にとっては大きな問題では無く・・・。


(さて、どうしたものかな・・・)


 生来のお人好しから結を助けてしまった白。

 ただ、その相手は警視庁の人間であり、自身へと疑いを向けている人物という事から、会話の入りを間違えない様に、求めてもいない礼の言葉などを待つ間で、結の観察とこれからの会話の流れを探るのだった。


「・・・」

「ぅ・・・」

「・・・」

「そ、その・・・」

「?」

「あ、ありがとうございます。助かりました・・・」

「いえ、とんでもない。当然の事をしたまでですよ」


 未だ白を警戒しながらも、流石にこの状況で礼を述べないなど人として有り得ない為、先ずは礼を述べた結。

 対する白も、最も楽な入り口を選んでくれたと、結へと身振り手振りを交えながら、少しでも場の緊張感を和らげる様に応えたのだった。


「どうして・・・」

「え?」

「どうして、こんな所に女性一人で?」


 白と結の現在地は、女のソロプレイヤーが一人で来る様な場所では無く、何よりガデューカに悲鳴を上げる様なタイプの人間は、レベルが足りていても近付く様な場所では無かった。

 その為、白は答えを知っていたが、自然な調子でそれを尋ねる事が出来たのだった。


「それは・・・」

「・・・」


 言葉に詰まる結を急かすでも無く、出来るだけ穏やかな表情を作り、続きを待つ白。


(・・・っ)


 そんな白の様子に、内心では答えに窮する結であったが、当然、そんな事を表情に出す様では刑事など務まらないし、何より・・・。


(これはある意味ではチャンスなのよ。英輝兄さんからの情報は私しか知らない。何故、英輝兄さんがこの人に捜査の目を向けたのかを探れるのは私だけなのだから・・・!)


 冷静に考えればそれは幼稚であったが、性を捨てきれなかった結。

 その意志の強さを示す双眸に一層の力を込め、白を見据えながら立ち上がり・・・。


「私は警視庁のサイバー犯罪対策課のアイタース係に所属している平塚結です」


 自身の素性を白へと告げた結。

 そのなだらかな双丘の奥に、心の震えは感じたが、視線の先に広がる現実と変わらぬ青空に浮かんだ英輝の顔。

 それが、震えを抑えてくれるのを感じた。


「プレイヤー名アキラです」


 対する白も、相手の発言を遮らない様に、簡潔に此処での名だけを告げ、続きを待つ。


「アキラさんですか・・・。改めて、先程はありがとうございました。本当に助かりました」

「いえ、とんでもない」

「アキラさんはパーティから逸れたのですか?」

「いえ、そんな事は・・・?」

「先程、私の事を気にしていた様でしたので」

「ああ、警視庁の方とは存じ上げなかったからですよ」

「そうですか・・・」


 白と結は互いにその存在の異質さを感じとってはいたが、言葉を濁す事で核心に迫る事はせず、しかし、瞬きの間も相手から視線を外す事はせず、その場は張り詰めた緊張感が支配していたのだった。

 何より白は・・・。


(俺の名くらい知っているだろうに・・・、まぁ、それを自分から告げる程の間抜けでは無いか・・・)


 そんな悪態を心の中で吐きつつも、若干の安堵も感じていた。


(自分から明かす方を選択する様な奴だと、それはそれで、その後の言動も読みづらくなるし、何より、まだ此奴が何を理由に俺を尾けていたのかが分からないしな・・・)


 白の想定する理由としては、カフチェークの開発者である雪の知人という可能性が一つ。

 もう一つの可能性は誠との事件の際に、注意は払っていたが正体を見られていたというもの。


(流石にカフチェークの原作を俺が作ったというところ迄はバレている可能性はゼロだろう)


 白がカフチェークを配信していた当時は、素人サークルのゲームとしてはかなりの人気を誇っていたが、流石にそれでも十年の時を経て、あの時の原作版のカフチェークをしていた者がこのカフチェークの世界に居る可能性はかなり低いものだと想定していたし、何より、リアルでの身バレをしているのは、サークル内のメンバーに限られていたのだった。


「・・・」

「・・・」

「先程のアイテムは?」


 突然の白との対話のチャンスに、どうその素性に迫るか探る結。

 取り敢えずは、自身の舌を沈黙に慣らさない為と世間話でもして場の空気を和らげる事を試みた。


「あぁ、これですか?」

「ええ。素敵ですね」

「はぁ・・・」


 結の褒め言葉に軽く後ろ頭を掻いた白。

 白の腰に下がる瓶は、成人男性が持つには中々厳しいファンシーな装飾が施されていたが、その犯人はアオイであり、本来、白がケンに依頼した物は、もっと飾り気の少ない物なのだった。


「そんなアイテムが売られているのですか?」

「いえ、これは知人に頼んで作って貰った物ですよ」

「知人・・・、ですか?」

「えぇ。実戦においては、回復薬をアイテムポーチから取り出す一瞬が命取りですからね」

「っ・・・!」

「・・・」


 尾行をしている結なら、ケンの存在には気付いているだろうが、それでも彼を巻き込む事を嫌った白。

 若干だが、挑発的な口調で瓶の意味を語り、先程、それが理由で命を落としかけた結は、顔を歪めながら、奥歯を噛み締めた。


(そんな事、アナタに言われなくても・・・!)


 特殊な環境で育ったとはいえ、結も年頃の女性。

 生活の中で家族以外の男性に白の様な対応取られる事は少なく、苛立つ気持ちを言葉にして吐き出すのを抑えるのに苦労したが、それは白の狙い通りの展開であり・・・。


「そういえば・・・」

「?」

「警視庁の方って、現在単独行動をしてましたっけ?」

「っ・・・」

「確か、安全の為に複数人で行動する事は、自分の様な一般のプレイヤーにも知れ渡っている事ですが」

「私の事を疑っているのですか?」

「いえいえ、そんな事はありませんよ」


 少し態とらしいと思いつつも、両手を前に出して振ってみたりする白。

 そんな白の態度に、結の表情には不快の色が浮かび出てくる。


「証拠を見せます」

「いえ、本当に・・・」

「見せます!」

「はぁ・・・」

「っ!」


 結がアイテムポーチから取り出し、自身へと示して来た警察手帳を如何にも仕方なさそうに覗き込んだ白。

 そんな白の様子に生真面目な性格の結は、完全に感情を逆撫でされたのだった。


「まだ、疑っているんですか?」

「いえいえ、最初から疑ってなんていませんよ?」

「じゃあ・・・!」

「言ったでしょう?最初からですよ?」

「・・・!」

「貴女の素性は分かっていましたよ?当然、単独で尾けられているのも」

「アナタ⁈」


 平然と何でも無い風にそう答えた白に、結は身構える。


「・・・」


 しかし、そんな結の動きにも白一切動じた様子を見せず。

 ただ、悠然と結の反応を眺めていた。


「どういうつもりですか?」

「どういう?」

「っ!馬鹿にしてるのですか!」

「どうしてでしょうか?」

「私は・・・!」

「貴女が今にも跳び掛かりそうだからといって、自分がそれに対応する必要は無いかと思いますが?」

「どうして・・・?」

「どうして?貴女は警視庁の方なのでしょう?」

「それは、先程証明いた筈ですが!」

「えぇ、だからですよ」

「・・・」

「自分にどんな疑いが掛けられているのか分かりませんが、自分としては、此処で貴女に一度拘束されても、取り調べで身の潔白を証明すれば良いだけですので」

「っ・・・!」


 淡々とそう述べた白に、対応に窮する結。

 勿論、結は白が偽りを述べている可能性は考慮すべきあるが、そもそも何故英輝が白を事件の重要参考人と報せたのか未だに分からない為、白を拘束する権限を行使出来ないのだった。


「・・・」


 結も必死冷静を装うが、最初の勢いのままに言葉を繋げる事は出来ず、そんな結の様子を静かに眺めていた白の中で、一つの仮説が生じる。


(此奴が俺を尾けていたのは過去を知っているからでは無いな)


 白の過去を知れば、犯人と断定するのは別にしても、拘束の口実になるのは必然。

 然し、結のその様子は無く、何より白の事を警戒はしているが、武器を手にする動きはおろか・・・。


(此奴が俺の何かを疑っているのは確かだが、それは此奴だけのものか・・・)


 白を尾行し、こうして対峙して警戒しつつも、一切仲間への連絡の素振りを見せない結。

 現実世界では警察の尾行を察知する能力など無いと考えている白だったが、このカフチェークの世界で、複数による尾行などを行われれば、それは正確な数を察知出来るという自信があったのだった。


「理由を聞かせて貰えますか?」

「何を・・・、ですか?」

「ここ最近、私を尾行していた理由ですよ?」

「・・・」

「どうして・・・」

「戦闘技術の見学です!」

「え?」


 背丈ではそう差の無い白と結。

 然し、その精神的な余裕の差から、まるで見下ろされる様な形になってしまった結。

 腹の底から生じて来る苛立ちを落ち着ける様に、一瞬の間を置き口から発された言葉に、白は間の抜けた声を漏らしてしまう。


「警視庁にも教導員の方達が居ますが、一般のプレイヤーの皆さんの中には、教導員の方より優れた技術を持つ方が沢山居ます」

「・・・」

「そういった方達から技術を学び、出来れば協力頂くのが私の考え方です」

「・・・」


 一切の澱みなく言葉繋げた結に、静観の構えを取った白。

 然し、その内心はというと・・・。


(よくもまぁ、そんな口から出任せを言えたものだな)


 確かに、警視庁では一部のプレイヤーやパーティに対して協力を依頼するケースはあったが、それはあくまで一般的にその実力が知れ渡っている者達に対してのものであり、他のプレイヤーの犯罪行為に対しての抑止力を期待してのもの。

 白の様に意図的にその実力を隠し続けている者は、警視庁の求める人物では無かったし、何より、そういう話ならば、表立って大々的に依頼に来れば良いだけの話なのだった。


「そうでしたか・・・」

「ええ」

「・・・」

「どうで・・・」

「折角のお話ですが、お断りさせて貰います」

「え⁈」


 結の発言を遮る形で、自身の答えを示した白は、それに対する結の反応も待つ必要は無いとばかりに、背を向け歩き出す。  


「ちょ、ちょっと・・・!」

「・・・」

「ま、待ちなさい!」

「・・・」


 そんな白の背に声を投げ掛け続けた結だったが、構わずその場を後にする白に、苛立つ気持ちはあったが、無理矢理に白を止めたとしても、何も打つ手は無かった結。

 

「な、何なのよ、アイツは・・・!」


 小さくなる白の背に、そんな不満を漏らすのが精一杯の反抗なのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る