第15話
「どうですかい、旦那?」
「う〜ん・・・」
「コイツは此処いらで採れる最上級の鉱石を使用した逸品ですぜ」
「確かに・・・、刃の輝きは目を見張るものがありますね」
「でしたら、コイツで・・・」
強面の相貌に人の良さそうな笑みを浮かべ、店主が手にしていた剣を引き渡す為の準備に入る。
しかし、白の頭に浮かんだ考えはそれに反するものであり・・・。
(コイツでは生命は預けられないな)
「すいませんがやめておきます」
「え?」
「武器は手持ちの物がありますので・・・」
「そうですか・・・。残念だな〜」
心底残念そうな表情を浮かべた店主だったが、引き際を知っているらしく、白の申し出をあっさりと受け入れ、剣をソードラックへと戻したのだった。
「でも、コイツ以上の相棒ってのは・・・」
「コイツですよ」
「お、おお・・・」
店主の言葉にウプイーリを、アイテムポーチから取り出して示す白。
その漆黒の刃の輝きに、店主は白に害意が無い事を理解しながも後退りしてしまうのだった。
「コイツは、相当ヤバめ代物ですね?」
「そうですかね」
「旦那、馬鹿にされちゃあ困りますぜ」
「いえ、別に馬鹿になんて・・・」
「いやいや、
「そうですか」
得意げなドヤ顔で語る店主に、コロコロよく表情の変わる人だななどと感想を抱く白。
そんな間にも店内の観察を続けた白は、一つの黒い胸当てに目を付ける。
「アレを見せて貰えますか?」
「ああ、コイツですかい?」
「えぇ」
「流石、お目が高い!」
「はぁ、ですか?」
「ええ!コイツは高い物理防御に軽さも備えていて、近接系の職業の方にオススメの一品でさぁ」
店主の言葉通り、受け取った胸当ての防御力の数値はこの店の中では最も高く、重さに関しては流石に衣類系防具よりは重いが、通常の鉄の胸当ての半分程、しかも装備レベルも低く、低レベルの者にも、問題無くその全ての能力が発揮出来る物だった。
(ただ、コレでは・・・)
現状、この胸当ては白の装備出来る物の中では最上級ではあったが、その分値はかなり張る物であり、有限であるそれを投資するに値するかは微妙な物なのだった。
(何より、魔法に関する防御面はザルだしなぁ・・・)
中々の数値を示す物理防御と共に記された、魔法防御力の数値を確認する白。
それは基本ソロで活動している白が、生命を預けられる様なものでは無く、特に状態異常に対する耐性に付いては一切の特性が無かったのだった。
「ありがとうございます」
「じゃあ?」
「申し訳ないですけど」
「そうですかい」
「すいませんね」
「いえいえ、お気になさらず」
白の反応とウプイーリの存在である程度予測はしていたらしい店主。
白から胸当てを受け取りながらも・・・。
「そういえば、旦那」
「はい?」
「うちでは、冒険者様から買い取りも行っていますんで、良い物を手に入れた際には是非」
「えぇ、その時は宜しくお願いします」
商売を忘れず、白に唾をつけておくのだった。
「では、ありがとうございました」
「はい!またお越しを!」
その後、一応、一通り商品の確認を終え、店を後にする白。
店主はそんな白を、威勢のいい声で、気持ち良く送り出したのだった。
「ん?」
「あぁ、すいません」
「いや、気にしないで下さい」
店の扉開け、表へ出た白の視界に飛び込んで来た闇。
冷静に見るとそれは、白と波長の一致した冒険者の男が、外側から店の扉を開け、その装備が全身黒一色だったからなのだった。
「おお、同胞さんでしたか」
「えぇ、その様ですね」
互いの装備を確認した白と男。
二人は暗黒騎士の初期装備である、特有の黒く染められた鎧を装備しており、直ぐに互いが暗黒騎士を選択していたと理解したのだった。
「転職も?」
「えぇ、まだしてません」
「そうですか、私もなんですよ」
男の落ち着いた丁寧な口調に、それなりの年齢かなと想像した白。
「申し遅れました。私、『ネフスキー』と言います」
「自分は『アキラ』です」
「日本人の方でしたか・・・。いや、それとも有名な作品から・・・」
「いえ、日本人ですよ」
「そうでしたか。私も同じです」
名をネフスキーと聞けば、通常なら日本人とは思えないが、此処はネットゲームの中。
プレイヤー名にそういったものを付ける者は、決して少ない数では無かった。
「ロシア系の名ですね」
「分かりましたか?いやぁ、お恥ずかしい」
「いえいえ。自分も暗黒騎士を選ぶくらいなので」
「惹かれるものが有りますものね」
「はは、厨二心が抑えられ無くて」
「ははは」
互いに笑い合った白とネフスキー。
「此処はどうでしたか?」
「中々の品揃えでしたよ」
「そうですか・・・、魔剣は?」
「流石に」
「そうですか」
先客であった白に、店の状況を確認するネフスキー。
その口から出たのは魔剣という名。
魔剣とは、その名の禍々しさから危険な物と感じるが、実際は暗黒騎士専用の武器の事で、白の持つ呪われた剣、ウプイーリとは異なる物だった。
では、どういった物かと言うと、物理魔法の両面に攻撃の選択肢を持つ暗黒騎士の力を十二分に発揮させる物で、ステータス面で特性の少ない暗黒騎士に与えられた装備面での特性なのだった。
「店でも買えると聞いたんですけどね」
「えぇ。別大陸ではそうらしいですし、最近では鍛治士を選択したプレイヤーからも流通が開始しているらしいですね」
「なるほど、あとはダンジョン探索ですかね」
「・・・」
「アキラさん?」
「え?あぁ、そうですね」
ネフスキーから出たダンジョンという単語に、少し考える様な仕草を見せた白。
しかし、直ぐに頷いて見せる。
「自分はギルドに入ってないので、厳しいですけどね」
「アキラさんもですか?」
「ネフスキーさんも?」
互いに意外そうな声を漏らした白とネフスキー。
つい数分前に会ったばかりとはいえ、互いにそうアクの強いタイプには見えなかった二人。
そんな人物が、現状のカフチェークでソロで活動しているのは、正直驚くものなのだった。
「偶に、パーティは組んでいるんですけどね」
「私もです。他のパーティに参加させて貰ったりしてます。でも・・・」
「?」
「一人が楽なんですよね」
「はは、確かに」
「ははは」
最近の活動を思い返し、ネフスキーの言葉に心から同調を示した白。
そんな白に、ネフスキーは再び笑顔で答えたのだった。
「では」
「えぇ、また」
店の中に入って行くネフスキーを見送り、街へと踏み出した白。
「ふぅ〜・・・」
一息を空へ向かい吐くと、その先には幾重に重なる虹が空に架かっていたのだった。
「ファンタジー満開って感じだな」
白に取っての最初の街リメースリニクを後にし、此処、虹の街ラードゥガに来て早二週間。
リメースリニクが中世アラブ調の街並みだとすれば、此処ラードゥガの街並みは中世ヨーロッパ調の分かり易いファンタジーなものであり、其処に空には常に複数の虹という、カフチェークに囚われて以降、多くのプレイヤー達が心を癒す為に訪れるスポットとなっていたのだった。
「まぁ、俺の目的は其処には無いのだけど」
そんな風に独り漏らした白。
同時に足は住処に向かい歩み出していた。
「何処に行っていたのですか?」
「え?あぁ、買い物ですよ。結さん」
「そう・・・、ですか」
「・・・」
店を出て十数分歩いた先。
見えて来た住処の扉の前で待ち構えていた結を、何とかやり過ごそうとした白。
「おお、レベリングから戻ったかアキラ」
「・・・」
「やっぱり、また、一人でレベリングに行っていたのではないですか!」
「ケン・・・」
「ははは、悪い悪い」
恨めしそうな視線を向ける白に、扉から顔だけ覗かせ、笑いながら剃髪された頭を掻くケン。
「アキラさ〜ん」
「はい」
「戻ったのなら、ご飯にしましょう」
「分かりました。アオイさん」
住処の中から姿は見せず、声だけを掛けて来たアオイ。
「行きましょう?」
「・・・」
「結さん」
「分かりました!」
アオイからの助け舟に、有難いと乗った白。
結も不満気な表情を浮かべながらも、それに従うのだった。
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