第9話


「・・・」

「ケンさん」

「え?・・・っ」


 仕事に集中しているというよりは、何処か心此処にあらずといった様子のケン。

 自身に呼び掛けて来たアオイの声に驚き、振り下ろした手槌で自身の膝を打ち、痛みから顔を顰めてしまう。


「大丈夫ですか⁈」

「あ、ああ・・・」

「ごめんなさい・・・」

「いや、大丈夫だよ」


 心配して来るアオイに手を振り、何でも無いといった表情を何とか作ってみせるが、それも一瞬。


「・・・」


 呼び掛けの理由を聞く事も忘れ、その視線は再び在らぬ方向へと向いてしまう。


「・・・」

「心配ですね?」

「え?何が・・・?」

「アキラさんの事です」

「え?あ、ああ・・・」

「もしかして、あの人が?」

「いや、違うんだ。そうじゃ無いんだ」

「そうですか・・・」


 アオイに負担を掛けない為にと、尾けられている事は伝えていなかった白とケン。

 ただ、流石にアオイもケンの様子から何かが起こっているのは理解していて、最初に思い付く最も思い出したくない存在の問題である事を心配したが、事実、そうでは無かったので、ケンは自然な感じでそれを否定出来た。


「じゃあ?」

「う、う〜ん・・・」

「ケンさん」


 アオイもケンの様子から告げた内容に嘘が無いと判断出来たが、それでも命の恩人である白にトラブルが起きているのなら知りたくなると、歯切れが悪く、自身のそれから逸らした双眸を追い、静かに見つめながら答えを待った。


「実は・・・」

「はい」

「アキラの奴、警視庁の連中から目をつけられているらしいんだ」

「え・・・?」

「・・・」


 ケンからの応えに、よく分からないといった様子の不思議そうな表情を浮かべたアオイと、約束したのにすまんと心の中で白へと謝罪するケン。


「でも、それは」

「ああ。アオイさんはあの時の状況を覚えていないんだよな」

「ええ・・・」

「いや、良いんだよ」


 別にケンはアオイを責めた訳では無かったのだが、すまなそうな表情をアオイが浮かべた為、素早く手を振る。


「ただ・・・、さ」

「はい」

「あの時、アキラは素顔を隠していたんだ」

「え?」


 ケンの告げて来た内容に、その不安の意味を理解したアオイ。

 ケンの仕事場を、二人の不安を物語る様な静寂が包んだのだった。


 同刻・・・。


「ふぅ〜・・・」


 ケンの家で一夜を過ごし、身体の疲れを取りフィールドエリアへとやって来た白。

 今後の予定としてレベリングはしない宣言をしたのにという動きだったが、自身を尾けている警視庁の者の狙いを探る為、この状況を長々と続けるよりも、犯人を誘い出し接触する事を選んだ白。


(ただ、どう出て来るかな?)


 誘い出すにしても、相手の狙いがある程度しか分からないのに、此方から声を掛けるのは得策では無いと考え、自身を尾けている様な人種が嫌う行動に出てみようと、日頃の行動範囲からは外れたエリアへとやって来た白。


(結構、危険度は高いから早めに動いてくれると助かるんだがな)


 現在、白が立っているエリアは、リメースリニクからは南へ十キロ程離れた場所で、パウークに混じり、別の第四位モンスターも出現するこの周辺では最難関のエリアであり、ある程度レベリングの進んだパーティが挑むべきエリアなのだった。


(まあ、ワープクリスタルは予備も含めて幾つか用意してるし、何より・・・)


 白が自身のステータスを確認すると、レベルの箇所には30という数字が刻まれていた。

 このカフチェークでは、第四位モンスターは一般的には20〜40のパーティで臨むのが適正レベルな為、白が現状このエリアに来ているのは其処まで危険な事でも無く、バッドステータスや排除モンスターの存在に気を付ければ問題は無かったが、それは此処がゲームの時点の話。

 一月掛けた白のレベリングの結果が30。

 それを見たケンが危険と判断する事から分かる様に、現在このカフチェークでゲームクリアに専念する者でも白と同レベル帯程度で、現状皆冷静に生命を優先にプレイしているのだった。


(ただ、このままにもして置けないしなぁ)


 白が誘い出す事にした理由の一つはケンとアオイの事。

 白の想定している警視庁の尾行の理由には、彼等は基本的な部分では無関係な為、彼等に迷惑を掛けたくない気持ちが大きく、もう一つの理由は・・・。


(このレベルなら、他の装備も取りに行けるからな)


 白の持つユニークスキル運命を破壊せし叛逆者は、呪われた装備によるバッドステータスを受けず、有用なスキルのみ反映されるというもの。

 そのスキルによりウプイーリによるバッドステータスも回避し、現状火力面では大きな不満を感じていない白だったが、防御面となれば話は別で、カフチェークの現状を考えれば、防具に求める性能は文字通り青天井。

 生命を守るという事は最優先事項で、基本的に対人戦などしたく無い白だったが、其処は相手あってのもので、相手が自身の生命を奪うつもりならばと考え、既に心の中では覚悟を決めているのだった。


(防具面で優勢に立てれば、攻撃面での限界も上がるし、そうなれば、俺や守りたい人が狙われる可能性も減るしな)


 ただ、現状ルドニーク大陸では白が獲得を目指せる装備は無く、別の大陸に渡る必要があるのだが、その大陸移動には大きな問題があった。


(大陸移動用の巨大ワープクリスタルも、船も・・・)


 白が心の中で漏らした苦しげな呟き。

 その内の一つ巨大ワープクリスタル。

 通常のワープクリスタルとは一度訪れた事のある街やセーブしたポイントに戻れるが、使用すれば壊れてしまう消費アイテムだったが、巨大ワープクリスタルとは一部の街に設置されていて、一定の金額を払えば離れた大陸にある街へと渡れる物だった。


(元のカフチェークには無かったんだがな・・・)


 ハードがフルダイブゲーム機となった事で、船での移動が船旅の擬似体験となったこのカフチェーク。

 期間が一週間であれば、現実の世界でも一週間必要となり、旅の擬似体験より移動を重視するプレイヤーの為に実装されたのが巨大ワープクリスタルなのだったが、現状、この装置は警視庁の管轄下にあり、事件後、白は使用する事を避けて来ていた。

 そうなると、次は船旅なるのだが、このルドニーク大陸にある港は、現在あるコミュニティの影響下にあり、白はその存在との接触も避けたい為、現状、このルドニーク大陸に縛り付けられている状況なのだった。


(結果、レベルは30まで上がったが、もう此処らでする事も無いんだよなぁ・・・)


 戦闘の危険は減ったが、得る物も減っている為、初期の張り詰めたレベリングをしていた頃より、白が緊張感を失っているのは確かだった。

 それならば、意識して集中すれば良いのだろうが、白は自身が意識でそれを出来る人間では無く、どちらかと言うと、そういう環境下に身を置く事で精神的にも其方に向かって行けると理解していた為、尚の事、装備回収の為に動き出したいと考えているのだった。


(そうなって来ると、此奴との接触を試みるしか無いよな)


 姿は見せないが、白が背後に明らかに感じている視線。

 白が初めてそれを感じた時から、相手が一定の距離を保っていた為、記憶の書庫の鍵を持つ者の観察眼による情報は得られていなかったが、数が一つなのは確認していた。


(警視庁の尾行、監視と考えると不思議なんだよなぁ・・・)


 このカフチェークでは監視カメラ映像の共有と外部へのネットワーク以外、警視庁の巡回員達もステータス的には特殊なものは無く、基本的にそれぞれの職業に就き、一般的なプレイヤー達と同レベルのステータスで活動している為、この状況で白に対して単独による尾行を行うのは危険と判断する筈なのだが、白を尾行している者は尾行開始からこれまで、ずっと単独での行動をしていたのだった。


(まあ、彼奴等が本当に外部と連絡を取れているなら職場からの情報も問題無いものだろうし・・・)


 労働環境的には良い職場とは言い辛い会社に対し、しかし、心底では疑いを持たないお気楽な白。

 確かに白の考えも一面では正しく、直属の上司などは白の相談にはよく乗ってくれ、責任者以外に対しては安定した休暇も出し、穴埋めの責任者に対しても、安月給とはいえ時間外手当もキッチリ出している為、完全なるブラック企業とは異なるものなのだった。

 勿論、それと白の人間性に対する会社の評価は無関係のものなのだが、流石に其処は大丈夫だろうと白は考えていた。


(何より犯罪歴も無いしな)


 現在、このカフチェークで実しやかに囁かれている現実世界での犯罪歴がある者を、警視庁の者達が強制的に拘束しているという噂。

 元々は、プレイヤー間でトラブルが起こった際に、一方のプレイヤーが過去の犯罪歴を騙り、その後、そのプレイヤーが行方を晦ました事から始まった噂だったが、一般的なプレイヤーからすれば噂が広まる事に不都合が無かった為、その噂を認識している警視庁側も否定に乗り出していないのだった。


「シィィィ・・・」

「ん?」


 金属が擦れる様な高音の声が風に運ばれ、自身の耳に届いた白。

 何事かと顔を風上へと向けると、頰に触れる風に嫌なものを感じた。


「『ガデューカ』か・・・」

「シーーー!」


 自身の名を呼ばれた事への反応では無かろうが、白の漏らした声に反応する様に威嚇を示す黒い巨大な蛇。

 名はガデューカといい、第四位に属し、その姿通り蝮によく似た能力を持つモンスターなのだった。


(解毒薬は・・・、良し)


 ステータス画面からアイテムポーチの中を素早く確認し、必要な回復アイテムの存在を見つけ、心の中で頷く白。

 勿論、毒にやられても、ワープクリスタルで街に戻り、治す事は可能だったが、今後を考えると、毒持ちのモンスターに対しての立ち回りを試す機会と、此処は自身へと威嚇を続けるガデューカに、ウプイーリの漆黒の刃を構えたのだった。


「シィィィ!」

「・・・」


 直線では向かって来ないガデューカに、白は背を見せない様に距離を保つ。

 その白の眉間には、徐々に細かな皺が刻まれ始める。


「面倒な動きを!」


 蛇行するガデューカの動きに、自身へと飛び掛かって来るタイミングを掴めず、苛立ちを声にして漏らした白。

 

(仲間は・・・、居ないな)


 しかし、決して周囲への警戒も忘れず、このガデューカが単独であると確信した白は、リーチの差を考え、自身から間合いを詰める方を選ぶ。


「速度は然程だろ!」


 ガデューカのその変則的な動きは、多くのプレイヤーを悩ませるものだったが、ステータス的には牙による攻撃に毒を付する以外の特徴は無かった。


「シッ!」


 一気に間合いを詰めた白に、牙でも、巻き付きでも無く、尻尾の叩きつけを選択したガデューカ。


「そんなもんを喰うかよ!」


 ただ、白もそれを貰う位なら距離を詰めていない訳で、頭上から振り下ろされたガデューカの尻尾をバックステップで躱し、眼前の尻尾へとウプイーリのスキル発動の為の初手を放つ。


「キィ」


 其処まで防御力の高いといえないガデューカだったが、流石に白の放った初手程度では大したダメージは与えられず、妖しく光るウプイーリに誘われ、首から先だけで跳躍する様に、鋭い牙で白へと襲い掛かった。


「シィィィーーー‼︎」

「やられるかよ!」


 しかし、白はそんなガデューカに対して一切の迷い無く、鋭い牙へをウプイーリによる横払いの斬撃で迎え撃つ。


「喰らえ‼︎」

「ッッッ⁈」


 攻撃力は然程高く無いとはいえ、プレイヤーの骨を砕く位の強度は誇るガデューカの牙。

 しかし、そんな鋭い牙もスキルの発動したウプイーリの前では、文字通り豆腐の様に綺麗に斬り落とされてしまい、本来なら感情など示す事の無い爬虫類の双眸には、絶望の色が一瞬映ったが・・・。


「これで・・・」

「シッッッ⁈」

「終わりだぁぁぁ‼︎」


 躊躇い無く、仕留める事を宣言する様な咆哮を上げ、ガデューカの頭へとウプイーリを振り下ろした白。

 ガデューカの頭部へと至ったウプイーリを手にする白の掌には、牙を斬り落とした時よりは手応えが響いたが、それを振り払う様に白が掌に一段の力を込めると・・・。


「ギィィィーーー‼︎」


 周囲へとガデューカの断末魔の叫びが響き渡ったのも一瞬。


「・・・」


 直ぐにそれを発していた頭部は完全に砕かれ、ガデューカは胴体だけとなり、動きを失ってしまったのだった。


「ふぅ・・・」


 完勝とはいえ、現在のカフチェークで毒を受けるのは避けたかった白。


(むしろ、此処で一度受けて回復の練習をしておいても良かったが・・・)


 無事だったからこその強気な心の声だったが、ソロで活動する白には必要なものでもあり、もう一匹くらい何処かに居ないかと辺りを探り始めた白。

 しかし、その耳に届いたのはガデューカの高音の鳴き声では無く・・・。


「きゃぁぁぁ‼︎」

「っ⁈」


 危機に陥った女性の悲鳴なのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る