第8話

8

「どうだ?」

「ん?ああ、アキラか」


 白に声を掛けられ、一旦作業の手を止めて応えるケンの顔は褐色の肌でも分かる程火照っていて、その手にはウプイーリと鍛冶道具が握られていた。


「仕上がりそうかな?」

「勿論だ。任せとけ」

「あぁ」


 白に堂々と応え、ウプイーリの耐久度回復の仕事に戻るケン。


「っ・・・!」

「・・・」


 ケンの仕事場には甲高い鉄を打つ音の中、ケンの短く苦しげな息遣いだけが響くのだった。



「ふぅ〜・・・」

「ケン?」

「ああ。終わったぞ」

「・・・」

「・・・」

「・・・うん。ありがとう」


 暫くの間、ケンの邪魔をしない様に無言でその背を見つめていた白。

 ケンから作業を終えたウプイーリを受け取り、ステータス画面を開き、耐久度を確認すると一つ頷き、礼を述べたのだった。


「でも、相変わらず神経を遣う仕事だよ」

「すまんな」

「はは、気にするな。俺が頼んでやらせて貰ってるんだからな」

「ケン・・・」


 このカフチェークの世界では、全ての武器防具のステータスに耐久度が設定されており、ゼロになってしまうと使い物にならなくなってしまう為、耐久度を適度に回復させながら使用する必要があるのだった。


「今回は結構厳しい相手と遣り合ったらしいな?」

「まぁ・・・、な」

「アキラ・・・。お前なあ」

「・・・」


 耐久度の減りから白が如何に無茶なレベル上げをしたかを読み取ったケンは、厳しい表情を白へと向けるが、白はそれを避ける様に無言で視線を逸らす。


「ガキじゃ無いんだから分かってるだろ?」

「・・・」

「電子の身体。でも、今はこの中に命一つなんだぜ?」

「あぁ、分かってるよ」

「・・・本当かよ」


 ケンは言い足りないといった様子だったが、これ以上踏み込めば、白が自身から離れ、より危険な道を選ぶ可能性を感じ、それ以上続ける事はやめた。


「でも、ケンは本当に腕が上がったよな」

「そ、そうか?」

「あぁ。此奴を此処まで鍛えれるのは、職人の多いこのリメースリニクでもケンだけだよ」

「へへ、まあな」


 何だかんだでカラッとした性格のケン。

 白からの純粋な褒め言葉に気を良くしたらしく、照れながらその剃髪した頭を掻いた。


「・・・」


 魅入られる様に漆黒に輝く刃に視線を落とす白。

 このカフチェークでは、武器防具の耐久度の回復にはその階級と鍛冶スキルのバランスが関係していて、高階級の品をスキルの足りない者が扱っても、経験値も含めて何の結果も得られないのだった。


「まぁ、努力の甲斐があったかな?」

「ケン・・・。ありがとう」

「へへ」


 あの事件の後、このリメースリニクで再会した白とケン。

 最初は当然のごとく互いの探り合いから入ったが、ケンはウプイーリという特殊な武器を持つ白の事情よりも、あの場で命懸けでアオイを救った事を重視し、白を人間的に信じる事にした。

 白も自身の過去を詮索して来ないケンに感謝し、ウプイーリのメンテナンスを申し出てくれたケンに任せる事にしたのだった。


「本当に感謝してるよ」

「よせよ、アキラ」


 もう一度礼を述べたの白に、ケンは傷だらけの手を振ったが、白はその手を見ながら、心の中で三度ケンへの礼を述べたのだった。

 それというのもケンの手の傷は、ケンがウプイーリをメンテナンスする為に、仲間に頼み鍛冶仕事を譲って貰ったり、また手伝いをしたりと、文字通り寝る間を惜しみ鍛冶スキルを上げた時に出来たもので、素性を明かさない白の為にケンは其処までしてやっていたのだった。


「で・・・?」

「ん?」

「街の様子はどうだ?」

「あぁ」

「最近、此処から出る事が無くてな」


 あの事件から、対人、特に男性に対する恐怖症を持ったアオイ。

 最近、何とか白とケンならば一緒の空間に居て耐えれる様になっていたが、街に出て人混みに入るまでには至っておらず、かと言ってアオイを一人にする事も出来ない為、ケンは此処を離れられず、白に街の状況を確認するのだった。


「日々、確実に酷くなっていってるよ」

「そうか・・・」

「ただ、まだ対人への事件は起きていないから、其処だけは救いなんだろうが」

「対人ね・・・」

「・・・」


 若干、ケンへと寄り添った形でそんな風に告げた白。

 白はプレイヤー間での事件さえ起こらなければ問題は無いという立場なのだが、ケンは少し違っていて、その気質からか、一部のプレイヤー達のNPCに対する暴挙に付いてかなり憤りを感じているのだった。


「電子で作られたNPCが人じゃ無いなら、同じ状況の俺達は何者なんだ?」

「・・・」

「・・・悪い」

「・・・いや」


 白に対して責める様な口調になってしまった事に、ケンはバツが悪そうに謝罪し、白はなるべく感情を示さない表情で応えた。


「『プラフェーシヤ』からの連絡は?」

「無くは無いが・・・。これは・・・、な」

「そうか・・・。いや、良いんだ」


 プラフェーシヤとは、現状このカフチェークで戦闘で不利になる可能性が高い職人系の職業を選択したプレイヤー達が、戦闘系職業のプレイヤー達からの不当な要求や暴力を防ぎ、自らの自由と生命を守る為に設立した、幾つかのコミュニティからなる団体なのだった。


「アオイさんを助けた白なら入会を反対する人間は居ないし、俺が上に話をしてみようか?」

「いや、それは・・・」


 プラフェーシヤには、一部の戦闘系職業プレイヤーも所属している事はケンから知らされて白も知ってはいたが、ユニークスキルの事もあり、自身が其処に入会する事は得られる情報よりも、危険の方が大きいと判断していた。


「そうか・・・」

「せっかく、気を遣ってくれているのにすまないな」

「はは、気にするな」


 白の答えに一瞬残念そうな表情を浮かべたケンだったが、答えは分かっていた為、白の謝罪に直ぐに笑いながら手を振ったのだった。


「取り敢えず、一部にメンテナンス料の引き上げの話は出てるよ」

「ケン・・・」

「勿論、余計な衝突をする事は無いって声もあるが、このままのNPCに対する接し方を続けているのは許せないって声も多くて、必要外の武器の使用を避けさせる方法としてな」

「すまない」

「良いって事よ。これは、俺の独り言なんだからな」

「・・・」

「お前の武器は俺が見るんだから心配するなよ?」

「ケン・・・。本当にありがとう」

「はは」


 そう言いながら、プラフェーシヤの会議内容を白へと伝えたケン。

 白の無言が自身の武器への心配で無い事を理解しながらも、戯ける様にそんな事を宣言し、白の気持ちを和らげてやるのだった。


「まあ、これだけAIが優れているって事は・・・、な?」

「あぁ。NPC達が俺達プレイヤーに対して、この先どういう動きを取るかは不明だからな」

「単純なところでは食料問題だな」

「現状でも人口比の差があるからな」


 現在、このカフチェークには万を超えるゲームプレイヤー達が居たが、NPCは数十万を超えていて、食料のほぼ全てがNPC達が畜産農業で育てている物だった。


「空腹の感覚は収まらないからな」

「あぁ」

「よく作られているもんだよ」

「・・・」


 怒りを抑えながらのケンの言葉に、白はこのカフチェークを製作した訳では無かったが、心にチクリと棘の刺さった様な感覚を一瞬覚えたが、直ぐに首を振り思考を問題へと戻す。


(ケンの言ってる事は確かに大きな問題で、此処で飲食をしなくても現実世界の俺達は死ぬ事は無い様だが、それに挑戦した者の多くは気が狂って別の理由で死んでしまったからなぁ・・・)


 このカフチェークで死んだ者は、現実世界でも死を迎えるのだが、それは直接戦闘などのもので、飢えや病気で死んだ者は現状一人も出ていないのだった。


「現状食事を摂る位の金額は、楽に稼げるんだけどな」

「この先が問題だ」

「あぁ」


 白とケンが不安視しているNPC達の動き。

 幾ら、金を稼いだところで、それを売って貰えなければ意味は無い。

 それに幾らプレイヤー達の方が力で優位に立つケースが多いとはいえ、NPC達の中にも実力者と呼べる存在は居て、力に頼った解決を出来るのは一部のプレイヤーのみ。

 その為、この先危険に晒されるのはプレイヤー達の中の弱者になっていく事は想像に易かった。


「モンスターの狩り尽くしも問題になるだろうしな」

「そーいや、別大陸ではそんなパーティが出て来てるらしいな」

「そうなのか?」

「ああ。まあ、排除モンスターの存在もあるから、活動は其処まで露骨じゃ無いらしいがな」

「・・・」


 ケンの言葉に考え込む様に虚空で視線を泳がせる白。

 あの事件の後、街でプレイヤー達を待っていた警視庁の者から告げられた最低限の法。

 それは、プレイヤー間に於けるPKは勿論、暴行の全てを禁じるというもので、逆にいえば、その最低限の法の抜け道を使い他プレイヤーを追い詰める事は、そう難しいものでも無かった。


(まぁ、ガチガチに法を固めたりすれば、プレイヤーに余計なストレスを与えて、より重大な事件が起こる可能性も有るし、NPCまで保護の対象に入れれば、逆に警視庁が対応を出来なくなる事は目に見えているが・・・)


「彼等もゲームの世界を理解していけば、締め付けの範囲も判断出来る様になるだろう」

「そうか?アキラは連中を信用してるのか?」

「いや、全く」


 ケンの問いにキッパリと否定の答えを述べた白。


「でも、彼等しか現実世界の犯人を逮捕出来ないだろ」

「まあ・・・、な」


 それでも、完全否定をしない理由を述べた白に、ケンは仕方なさそうに頷く。


「まあ、確かに現状はな」

「あぁ。それに、この世界は再構築されてると考えて良いだろうしな」

「ゲームクリアが脱出条件だからな」


 自己満足で神を気取る為に犯人がこの世界に居る可能性はゼロでは無かったが、システムの解除を行う為に現実世界に行く必要は有るだろう。

 何よりこのカフチェークは所謂通常のRPGの様にゲームクリアの条件は設定されておらず、そもそも犯人からのメッセージはその箇所が最大の矛盾であり、仮に犯人を倒す事をゲームクリアの条件と想定しても、それで本当に此処から脱出出来るという保証は何処にも無かった。


「でも、皆んなそれをクリア条件だと思っているんだよな」

「あぁ。考えは理解出来るけど、それによって起こるであろう事件も犯人は愉快に覗いている可能性もあるんだけどな」

「ちっ・・・!」


 白が想定する最も下品だが、可能性は高い犯人の現状に、ケンは苛立ちを舌打ちで示す。


(まぁ、犯人を見つけるのは当然として、それ以上に此処で社会が形成されていく事で生まれる問題もあるが・・・)


 犯人からの続報の無い現状、他にゲームクリアの可能性は無いとレベルを上げながら犯人探しを行うプレイヤーも多くなっていて、それは幾つかのコミュニティを生み出し、その輪に入れないプレイヤーへの差別も少しだが見え始め、何より、コミュニティ間の力関係で優位に立つ為の直接的な争いが起こる事への不安は既に目前まで迫っていると皆が感じていたのだった。


「アキラはこの世界の何処かにボスが居ると考えているのか?」

「いや、単純にそうと思っている訳では無いよ」

「なら、何で無茶なレベリングを・・・」

「・・・」

「答えたく無いなら、良いんだ」

「すまんな」

「・・・」

「でも、可能な限り生命と自由を守る為には、結局それが一番の近道だからな」

「まぁ・・・、な」


 白の答えは、自身とカフチェークとの関係から選択したこの世界での生き方で、ケンはその事に付いては知らなかったが、アキラがソロで活動を続けざるを得ない事は理解しており、そうなって来ると、アキラの発言にはツッコミを入れる余地は無く、仕方なく頷くのだった。


「でも、これだけは覚えておけよ」

「ケン?」

「俺は別に、お前の話したく無い事を、無理矢理聞き出そうと思ってこんな事を言ってる訳じゃ無いんだ」

「・・・」

「ただ、お前の友達として、今のお前が心配なだけなんだ」

「あぁ、分かっているよ」

「アキラ・・・」

「ありがとう、ケン」

「おう」


 生来のケンの人間性も有るが、この異様な状況下での時間は、急速に白とケンの距離を縮めており、白もケンの言葉はには素直に頷く事が出来たのだった。


「で?どうするんだ?また、レベリングか?」

「いや、それは、少し控えようかと思ってるんだ」

「え?」


 ケンの中では答えを決めつけていた質問だった為、それを白が首を横に振った事に、少し転けそうになったケン。


「じゃあ・・・?」

「実は、面倒な奴に尾けられているらしくてな」

「アキラ・・・!」

「・・・」


 白の言葉にその眼を見開いたケン。

 対する白は、静かに考え込む様にその双眸を閉じたのだった。

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