第7話


「いらっしゃいませー!」

「どうも」

「今日は何に致しますか?」

「う〜ん・・・」


 威勢よく迎えてくれた定食兼弁当屋の娘。

 白はテーブルに並べられた弁当を眺め、昨日の昼食を思い返し、被らぬ様にチキン南蛮を指差し・・・。


「3つお願いします」


 注文したのだった。


「はい!ありがとうございます」

「・・・」

「どうかしましたか?」

「ん?あぁ・・・。デザートも始めたんですね?」

「ええ。お客様からのリクエストが多かったので」

「なるほど・・・、ね」


 店の娘の発言に深く考え込む様に頷いた白。

 此処が現実世界で、オフィス街にある馴染みの弁当屋なら娘の発言に考えるべき箇所など無いのだが、カフチェークというゲームの世界で相手にしているのは・・・。


「・・・」

「どうかされましたか、『アキラ』さん?」

「え?あ、あぁ、何でも無いですよ」

「そうですか。体調が優れないのかと思って心配してしまいました」

「いえ、ありがとうございます」

「うふふ。どう致しまして」

「名前・・・」

「はい?」

「覚えてくれていたんですね?」

「アキラさんはお得意様ですから」

「はは」

「うふふ」


 愛想笑いの浮かべた白に、何がそんなに嬉しいのかと聞きたくなる程の満面の笑みを浮かべた娘。

 そんなゲームのNPCとは到底思えない程の対応をする娘。

 この状況になったあの事件の起こった日。

 このカフチェークこそがプレイヤー達にとって現実となったあの日から約1ヶ月を経て、未だそんなNPCの反応に慣れない白なのだった。


 結局、その後商売上手な弁当屋の娘に負ける形になり、デザートも買う事になった白。

 弁当屋を後にし、そろそろ見慣れて来た街並みを眺めながら目的地へと往く。

 街は活気に溢れているとは言い難いが、当たり前の営みを感じれる位の生気は感じられる。

 しかし・・・。


「・・・ぁ」

「・・・な」


 ただ、それは大通りのもので、路地裏へと視線を向けると其処には当然というか、未だこの状況を受け入れられない者達。


(でも、それより問題なのが・・・)


「きゃっ!」

「サッサと歩け!」

「は、はい!」

「チッ!」

「・・・」


 指示通り動けなかったのか?

 NPCの十代くらいの少女を、激しい口調で叱責するプレイヤーである人族の男。

 ある意味では誰よりも現状を受け入れている男に対して、白は何とも言えない視線を向けたのも一瞬。

 立ち止まってしまえばトラブルの元と、そのまま足早に目的地へと向かったのだった。

 やがて目的地へと辿り着いた白。

 其処は街外れにある飾り気の無い無骨な佇まいの石造りの家屋。

 屋根の上に立つ煤に塗れ黒ずんだ煙突が、其処が人の住む為の家というより、作業場であるという事を強く主張していた。


「邪魔するぞ」

「仕事中なんだ、遠慮しておく」

「そうか?なら、この弁当も持ち帰る事にするよ」

「それだけは置いていけ」

「強欲だなぁ?」

「はは、分かったよ。昼飯休憩にしよう」

「あぁ」


 少しの間、手槌を持ち仕事を続けたまま、振り返らずにネタの様なやり取りを白と繰り広げた大きな背中を持つ漢。

 しかし、せっかくの差し入れを逃すのは下策と、仕事道具を棚に戻し、白へと振り返ったのだった。


「お疲れさん。『ケン』」

「おう。アキラよ差し入れ大儀である」

「何だよ・・・、それ?」

「はは」


 トレードマークの褐色の肌に似合う剃髪された頭を撫でながら、何処ぞの殿様の様な台詞を口にした漢。

 漢はリメースリニクで白にあれこれ世話を焼こうと心配していた親切さん。

 ゲーム内での名はケンといい、あの事件から1ヶ月経ち、現在では白と自然とネタの様なやり取りを繰り広げられるまでの関係となっていた。


「・・・どうだった?」

「ん?」


 ケンの問いの意味するところは理解していたが、先程の少女を思い出し、一瞬鈍感を演じてみた白。


「ふぅ〜・・・」

「・・・」


 しかし、ケンからすればそれはお見通しといったところらしく、溜息でそれを白へと示す。


「相変わらず・・・、か?」

「まぁな・・・」

「・・・」


 結局、ケンに促される形で頷いた白。

 二人は後ろめたさから、視線が打つから無い様に、互いを見るのだった。


「ちくしょお・・・!」

「・・・」


 問題は感じつつも、状況に対する反応は対照的。

 眉間に皺を刻み眼光を鋭くし怒りを示したケン。

 対して白は瞑想する様に静かで、その心の中ではこの世界の元となったものの製作者としての責任は感じながらも、何処か達観した様な空気も纏い、自身の中で責任の範囲はある程度固めている様子だった。


「あのぉ・・・?」

「ん?」


 そんな二人の空気に割って入るには、幾分弱々しい声がどうにかと申し訳なさそうに聞こえて来て、ケンは厳しい表情のまま其方を向く。


「っ・・・!」

「あ・・・。すまない」

「い、いえ・・・、私こそ・・・」


 其処には小人族の女がモジモジとした様子で立っていて、ケンの様子に一瞬尻餅をつきそうになったが、ケンが慌てて表情を戻した為、その気持ちに応える様に、何とか踏みとどまったのだった。


「気を付けろよ、ケン?」

「わ、分かってら」


 白からのツッコミも当然の事で、現実世界のケンの相貌は置いておいて、このカフチェークでのケンは、褐色の肌に頭を剃髪した屈強の漢であり、少なくとも自身の前から歩いて来たら、全力で道を掃いた上で譲りたい相手なのだった。


「くすっ・・・」


 そんな二人のやり取りに若干強張っていた表情を崩し、小さく笑いを漏らした女。

 女はあの事件で恋人を誠に殺され、自身も間一髪のところを白とケンによって救われた小人族の女で、名をアオイといった。


「こんにちは、アオイさん」

「アキラさん・・・。こんにちは」

「・・・」


 アオイは白に対して思うところは無いのだが、白と会う事で事件を・・・、そして、恋人であった健一を思い出す為、少しだけ苦しそうな表情を見せ、そんな様子に白は出来得る限り無反応を装うのだった。



「にしても、よく出来てるな?」

「あぁ。信じられない技術力だよ」


 弁当屋で買って来たチキン南蛮を食しながら、現状を創り出している技術力に対しては素直に感心する白とケン。

 当初のカフチェークでは、食べ物アイテムはHPやSPを回復する為だけの物で、味など存在していなかったが、あの事件以降味を感じる事が可能になり、何より空腹感を感じる様になっていたのだった。


「ま、意味が有るのかは分からないがな」

「確かにな。現実世界の俺達は今頃管だらけだろうし」

「だろ?何の為なんだか!」

「・・・」


 食事に苛立ちを打つける様に、一気に白米を掻き込んだケン。

 白はそんな様子を眺めながら、音を立てない様に沢庵を齧るのだった。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」

「いえいえ・・・。って、ケンさん⁈」


 食事を始めた白とケンにお茶の用意をと、席を立ったアオイ。

 白の前にお茶を置き、ケンの前へと置こうとした瞬間に驚きの声を上げる。 


「ん?どうかしたかい?」

「もう、食べ終えたんですか⁈」

「ああ、まぁな」

「・・・」

「ずー・・・」


 自身が席を立ち五分と経たない内に食事を終えていたケンに、アオイは呆れた様な表情を見せたが、ケンはそれに気付いた様子も無く、気持ちの良い音を立てながらアオイの用意してくれたお茶を飲み干したのだった。


「はぁ〜・・・、美味い!」

「はぁ・・・」

「ん?どうしたんだ、アキラ?」

「お前の健啖振りが羨ましくてな」

「そうか?飯は生きる糧だからな」

「文字通りな」

「おう!」

「ふふ」


 白とケンのやり取りを笑みを浮かべながら眺め、アオイも席に着き食事を始める。


「わっ、美味しい」

「ですよね」

「いつもの?」

「同じ所ですよ。もう、顔も覚えられてます」

「へぇ〜、やっぱり最先端のAI技術って凄いんですね」


 元々、このカフチェークでAI技術の進歩の為の実験も行われている事はアナウンスされていたので、アオイは料理の腕の進歩にも違和感なく素直に感心するのだった。


「早、一カ月だからな」

「あぁ」

「運営から何のアクションも無いですね」

「それは、期待出来んだろ」

「・・・」

「ケン」

「あ、あぁ、すまん」


 NPCの成長に、自分達がこの世界に囚われている期間を意識した三人。

 その間、運営からのアナウンスは当然無かったが、それをせっかく少し明るい様子を見せていたアオイの前で強調したケンに、白からツッコミが入る。


「気にしないで下さい」

「アオイさん」

「私が悪いんですから」

「そんな事は無いぞ!」

「ケンさん・・・。ありがとうございます」


 自ら運営の話をした事に自戒するアオイに、ケンがそれを強く否定すると、アオイは大丈夫と示す様に礼を述べるのだった。


(こういうところなんだろうな・・・)


 そんな二人のやり取りを眺めていた白は、事件直後からのアオイの立ち直りの影に、ケンの誠実な人格があったと改めて感じた。

 事件直後、心を閉ざし、特に男性に対する恐怖症の様な状態にあったアオイ。

 本来なら、女性プレイヤーの所で預かって貰うのが良かったのだろうが、当初は他のプレイヤー達も余裕が無く、他のプレイヤーに任せるくらいならとケンが自らの住まいに呼ぶ事にしたのだが・・・。


(当初はケンが外で寝てたんだよなぁ・・・)


 それは、アオイからの希望では無く、ケンが自ら「嫁入り前の娘さんと一つ屋根の下で同衾なんてとんでもない!」と勘違いした事を言い、自ら進んで住まいの外にテントを張り夜を明かしていたのだった。


「警視庁の方からも特別メールは無いですし・・・」


 事件後、多くのプレイヤーが戻ったこのリメースリニクの街でプレイヤー達を待っていたのは、転移から取り残された警視庁の巡回員達で、事件の話を聞いた警視庁は、即座に全プレイヤーの現実世界での身柄の確保に奔り、この世界に囚われたプレイヤー達に、警視庁巡回員や関係プレイヤー達のネットワークに入る事を勧めて来たのだった。


「そうなのか?」

「ええ。ケンさんとアキラさんはネットワークに入らないんですか?」


 この場で警視庁のネットワークに入ったのはアオイのみで、白とケンはそれに入っていなかった為、アオイは少し不思議そうに問い掛ける。


「ああ。正直なところ、イマイチ信用出来ないしな」

「警視庁がですか?」

「勿論、事件との関係を疑うとかじゃなく、最初の発表がな」

「そうですか?」

「・・・」


 ケンの言葉に一層不思議そうな表情を浮かべたアオイ。

 しかし、白はというと納得したのをアオイに気取らせない様に、少しだけ俯き加減になったのだった。


(まぁ、中々、強引だしな・・・)


 ネットワーク自体は自由に入会出来、拒否をする事も可能だったのだが、その前の行動に問題があった。


(24時間以内に全プレイヤーの身柄を押さえるとは迅速な事だがな・・・)


 警視庁が現実世界で身柄を押さえに奔ったの犯罪に巻き込まれない為や、生命を守る為に必要なものだったが、この先、プレイヤー達の精神状態がいつまで保たれるか分からない状況で、ある意味究極の人質を取られた状況となったし、何よりこの世界に囚われた中で、彼等のみが特殊な方法で現実世界へのアクセスを出来る事にも一部のプレイヤーは危機感を感じていた。


「勿論、犯罪抑止の為には効果的だろうがな」

「あぁ。ただ、それでも・・・」

「ああ」

「どうかされたんですか?」

「ん?いや・・・」


 白とケンのやり取りに首を傾げたアオイだったが、二人は相手がアオイだった為、互いに共通して持っている疑問を口にする事が出来ないのだった。


(本当に全プレイヤーの身柄を押さえたなら、佐藤誠の件が説明がつかないからな・・・)


 一カ月を経ち、未だ自身が生きている為、白は現実世界の自分が取り敢えず生命という意味では無事であると判断出来たが、警視庁が本当に誠の身柄を押さえたなら、何故未だ誠による犠牲者が出ているのかが、白とケンにとっては疑問となっていた。

 そもそも、カフチェークを始めたプレイヤーは誓約書にサインをしている訳で、警視庁が当初、この状況を想定していなかったとはいえ、殺人を犯して、未だにそれを続けている誠が裁かれていない事が白とケンには理解出来なかったし、そこから二人の共通する認識は一つ。


(警視庁が全プレイヤーを押さえたというのは嘘と見て良いのだろうし、その理由も好意的にみるなら、所謂善良なプレイヤー達を安心させようとしたとも考えられる・・・。でも・・・)


「難しいところだな?」

「あぁ」

「?」


 未だ、その先の答えを見つけられない白とケン。

 互いに頷き合う二人に、アオイは肩凝りが心配になる程首を傾げたのだった。

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