第6話

 航海こうかいをして二十日あまり、昼夜をり返したころだろうか。


「島が見えたぞー!」

 水夫すいふの一人が島の発見を大声で知らせた。


 知らせを聞いて甲板かんぱんに集まった人々は、行く船の先にうっすらと雲の様な山らしいかげ確認かくにんした。


「おお~、見えた見えた!」


 寝太郎ねたろう子供こどものようにはしゃいで横手を打つ。が、

「あー……とうとう着いた」

 水夫すいふたちは、半ばあきらめたように島影しまかげを見つめた。



「どうだい、あれ、山じゃろか」

「うん、山やろ。あれが竜宮りゅうぐうかも知れん」


 幾松いくまつ健作けんさくがため息をついた。


「よっしゃ、港をさがして船を――」

「まて」

「お待ちを――」

 制止せいししたのはシンと舞人まいひとだ。


 両者けわしい表情ひょうじょうを島に向けているのを見て、清恒きよつね不思議ふしぎそうにする。

「どーした二人とも?」


「島の雰囲気ふんいきがどうもいけすかない。殺気さっきだっているように感じる」

気付きづかれましたかシン殿どの、さすがです。この島についてご存知ぞんじで?」

「いや。昔、少し聞いただけだ」

「何? どーゆー事や?」

 清恒きよつねが、交互こうごに二人を見て首をかしげる。舞人まいひとがそれにこたえた。

「ここは、今でこそ金山となってさかえてはいますが、かつて流刑地るけいちとされていた島です。それほど昔の事ではないので、今もただならぬ気配は、この島にいる方々からかと」

「こんな殺気さっき立っている島はまずいんじゃないか? 一旦いったん島からはなれて――」


「よーし! 港をさがして船をつけろー」

「人の話を聞けやコラァッ!」

 さけぶシンに、しかし清恒きよつねはにこやかに言う。


殺気さっき立っとろうが麒麟きりんくだろうが、それでも行かなあかんわーや。おれにはやる事があるけぇ」


麒麟きりんがくだるって……なんだそれ?」


 船は、港をさがして島沿いにしばらく進む。

 海と島が複雑ふくざつに入り組んで、岩礁がんしょうつらなり、黒褐色こっかっしょくの岩、人の横顔に見える巨大きょだい奇妙きみょうな形の岩もあった。


 しばらくして、ようやく船は、清恒きよつねの見つけた小さな港にたどり着いた。


 港には小さな船が一舟いっそうはまには、たらいというより大樽おおだるを半分に切ったような、大人が一人二人乗れそうなものがいくつもしてあった。

 その横には、かぎやヤスなどが取りけてある長い竿さおならんでいる。


 視界しかいはし朱鷺ときが数羽、えささがしてついばんでいたが、突然とつぜんび立ってしまった。

 清恒きよつねが正面を向くと、幾松いくまつでも感じ取れるほどの殺気さっきあふれていた。



 ――なんだ? 新しいヤワラギ演者えんじゃか?

 ――役人には見えぬな。ムシュクニンじゃないか?



 さびれた雰囲気ふんいきの港。

 その外側そとがわに、異様いようなまでに人が集まっている。にもかかわらず、そこかられる声はしずかでひくく、人のれとほど遠いものだった。


 ヒソヒソと聞こえてくる意味の分からない言葉が、けものうなり声に聞こえる。

 水夫すいふたちは総毛そうけだってシンの後ろへ我先われさきにとかくれた。


「ね、寝太郎ねたろうさん、こんなおっかないとこでどーするんじゃ?」

おれたちもう帰ってええが?」

乙姫様おとひめさまどこやねん? こんなとこが竜宮りゅうぐうなわけないわーや」


「どう見ても歓迎かんげいされてる雰囲気ふんいきじゃないぞ、清恒きよつね。どうする?」

 刀のつかに手をえるが、後ろの水夫すいふたちにしがみつかれて身動きが取れないシン。

 その姿すがたあわれな目で見る清恒きよつね

得体えたいの知れんもんは、おたがい様や」


 清恒きよつね深呼吸しんこきゅうをすると、声をり上げた。


おれ縄田なわた玄信げんしん一子いっし清恒きよつね

 ここへは草鞋わらじを売りに来た!」


 言い終わると、水夫すいふたちに船内の草鞋わらじを持ってくるよう指示しじした。

 その間に、港の向こうからは数人の男が清恒きよつねたちに近づいてくる。


  先頭を歩く男は、目付めつきがするどにらけているようにしか見えない。

  死神のような形相に、水夫すいふたちの顔がさらに強張こわばる。


「お前らち、流されたやつらじゃねぇのか?」

 男は、恐怖きょうふすようなひくい声を発した。

 対し、清恒きよつねはあっけらかんとこたえる。

「ん? おう、おれらは商人だ。草鞋わらじのな」


 後ろにいたやせぎすの男が金切り声を出す。

「なあ、あいつらほたく前に奉行所ぶぎょうしょに言った方がいいんじゃないか? おいらち今から「ナガシ」を始めるんやし、おんな子供こどもも手が放せなくなるぜ」


「あいにくだが、ここでは商売はできん。奉行所ぶぎょうしょを通ってないならなおさらだ。そのくらいは知っているんじゃないか? それとも海ノ口うみのくちで父が討死うちじにして、世間の事にうとくなったか? 玄信げんしんの子よ」


 玄信げんしんは、海ノ口うみのくちでの怪我けがをきっかけに隠居いんきょをしたが、世間では、玄信げんしん討死うちじにしたとされているらしい。


 皮肉は明らかだ。


 それに怒りを覚えたのは、シンの方だった。


 ――戦場いくさばにいなかったヤツが好き勝手なことを!



玄信げんしん姿すがたあらわさないのは、隠居いんきょしたのではなく、実は討死うちじにしたからだ」



 と、かれねたほか家臣かしんがでたらめを吹聴ふいちょうしていた事を思い出したシン。


 玄信げんしんが死したことを毎日のようになげいた。父とも一切いっさい顔を合わせることができなかったほどだ。

 同じ年頃としごろ清恒きよつねとともに世話になったからか、もう一人の父のように玄信げんしんしたっていた。


「お前ぇええ!」

 シンは水夫すいふたちを後ろへ放り投げ、男に切りかかる。

 男も、近くに立ててあったかぎ竿さおを手に、応戦おうせんする。


 しかし、それらが交わることはなかった。


「三年も村から出んかったら、そりゃうとくなるわな」

 清恒きよつねは、二人のうでを強くにぎって言った。細いうでのどこにあるのか、強い力に、二人はうめいていた。


「う、うぐっ……」

「おい……清恒きよつねいてぇって……」


 ぎちぎちと二人のうできしむ。

「……まっ、急に来たおれらが悪いやなそりゃ」

 パッと手をはなした。

「そんで提案ていあんなんじゃが、持ってきた草鞋わらじは、タダで交換こうかんするってのはどうだ? そのかわり、このことはお奉行ぶぎょう様には内密ないみつにってことで。だいぶくたびれとるようじゃけ」


「む……」

 言われて、足元を見る男。

 たしかに、毎日鉱山こうざんまで歩き、仕事をしている草鞋わらじはすりっている。これはまた草鞋わらじを新たに作らなければならない。

 男は思った。草鞋わらじを作る度、いったいどのくらい時間をかけたことか。


 その時、山の方から地響じひびきが聞こえてきた。

「なんだ?」

 水夫すいふたちは山神さまのいかりだの乙姫様おとひめさまいかりだのあわてふためいた。

 一方で青ざめた顔をしたのは佐渡さどの村人たち。

「ありゃあ、まさかくずれたんか?」


 男は何も言わず、山に向かって走り出していた。


「ワシらも行くぞ」

 清恒きよつねが後を追って走っていった。

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