第352話 予科練生~海軍パイロット訓練校

「走れー! 走れ! クソども!」


 ミディアムの怒声が、冒険者ギルドの訓練場に響く。

 俺、黒丸師匠、ルーナ先生は、遠くから眺めている。


「ミディアムやってるな~」


「張り切っているのである!」


「鬼教官ミディアム!」


 ミディアムにしごかれているのは、海軍パイロット訓練校『予科』の生徒だ。


 海軍パイロットを広く募集したところ、沢山の応募があり、俺は応募者を三つにカテゴライズした。



 ・即戦力

 ⇒グースのパイロット経験がある人族。


 ・パイロット候補生

 ⇒軍務経験があり、読み書きが出来る人族。


 ・パイロット候補生予科

 ⇒応募してきた上記以外の人族。



 今、ミディアムがしごいているのは、パイロット候補予科練習生、略して予科練生だ。

 予科練生は、海軍パイロット校への入学は許されていない。


 これから鍛えられ、読み書きを教えられ、選抜された者だけが、パイロット訓練校への入学が許される。


 予科教官の一人がミディアムだ。

 推薦したのは、もちろん黒丸師匠だ。


「ミディアムはスラム街から這い上がったのである。ガッツがあるのである! 闘魂を生徒に注入するのである!」


 注入される方は大変だなあ~。

 俺は苦笑いしながら、完全に他人事だ。


 一人の生徒がランニングの最中に倒れた。

 ミディアムが鬼の形相でノッシノッシと倒れた生徒に近づく。


「おら! テメエ! 立て! 立てよ!」


「も、もう、ダメです!」


「ああ? まだ、声が出てるじゃねえか! おらおら! 走らねえとゲンコツ喰らわすぞ!」


「ひいい!」


 ミディアムは、倒れた生徒の首根っこをつかむと無理矢理立たせて、一緒に走り出した。

 ミディアムは大声で檄を飛ばす。


「ここで生まれ変われ! 今しかねえんだ! 次はねえんだ! しがみつけ!」


「わ、わかりましたあ!」


 生徒は百人以上いる。

 とにかく募集に対して応募者が多すぎた。


 そこで、俺はミディアムに『振り落とすつもりでしごいてくれ』と頼んだ。

 だが、ミディアムは脱落させず鍛え上げる方向でやるらしい。


「くっ……クソ! なぜ、私が、貴様のような平民に命令されなければならんのだ?」


「ああ? 聞こえねえな? 何だって?」


「わ、わたしはミラー騎士爵家の三男だぞ! 貴族だぞ!」


 おっ!

 予科練生に貴族家の三男坊が混じっていたようだ。

 だが、ミディアムに走らされて、息も絶え絶えだ。


 ミディアムがミラー騎士爵家の三男坊に併走しながら大声であおりだした。


「ああ? オマエは自分の立場がわかってねえ! ここは予科練だ! おキレイなパーティー会場じゃねえんだ! 貴族なんて立場には、クソほどの価値もねえ!」


「き、貴様! 貴族をクソだと!」


「もう、一度言うぞ! ここは予科練だ! オマエはクソ以下の価値しかないゴブリン野郎だ!」


「ぶ、侮辱するな! ゴブリンとはなんだ!」


「悔しいか? ムカつくか? 俺を憎め!憎めよ! 怒れ! 怒りをパワーに変えろ!」


「貴様は頭がおかしい!」


「そうだ! 俺は、いかれた予科練教官だ! わかったか! さあ、走れ! 走れ! 走れ! 地の果てまで走れ!」


 悲鳴を上げて予科練生が走るスピードを上げた。


 俺は黒丸師匠と目を見合わせてニンマリした。


「さて、何人が海軍パイロット訓練校へ進めますかね?」


「案外、多いかもしれないのである」


「受け入れ体制を整えておいた方が良さそうですね」


 パイロットは軍や貴族家で引っ張りだこだ。

 今後、飛行機の数が増えれば、民間にも進出するだろう。

 予科練生が一人でも多く、海軍パイロット訓練校に入学できるように期待しよう。


「おや? ルーナがいないのである」


「あれ? いつの間に?」


 いつの間にかルーナ先生がいなくなった。

 ついさっきまで、ここにいたのに。


「アンジェロ少年! あそこ!」


「あっ!」


 ルーナ先生が、グンマークロコダイルに乗って、予科練生たちを追いかけ始めた。

 グンマーグロコダイルは、マエバシ、タカサキ、イセサッキの三匹だ。


「ハイヨー! ハイヨー!」

「「「ぐあ~」」」


 ルーナ先生が、激しく騎乗――いや、鰐乗して予科練生たちを追い立てる。

 予科練生は、後ろから異形の魔物が追いかけてくるので、必死に逃げ始めた。


「うあああ!」

「なんで魔物がいるんだよ!」

「に、逃げろ!」


 ルーナ先生は生き生きして、黒丸師匠はゲラゲラ笑っている。


「ミディアムの顔が面白いのである!」


 一番最後を走っていたミディアムは、イセサッキにお尻をつつかれて。顔をひきつらせながら走っている。


「やめろ! ルーナさん! やめろよ!」


「ハイヨー! ハイヨー!」


「やめろって!」


 俺と黒丸師匠は、ルーナ先生の好きにさせることにして、訓練場を後にした。


「やめろー!」


 ミディアムの絶叫が、こだました。

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