第344話 疑惑は深まった

 ――九月末。


 今日は、ギュイーズ侯爵と海軍をどうするか打ち合わせをしている。

 俺の婚約者でギュイーズ侯爵の孫娘であるアリーさんも同席だ。

 護衛役の黒丸師匠とルーナ先生も俺の後ろに控えている。


 キャランフィールドの館にある会議室で話し合っていると、じいがやって来た。

 俺にコソッと耳打ちする。


「調査が終わりました」


 じいが、約二週間の調査を終えたのだ。

 なぜか、じいは渋い顔をしている。


「じい、調査結果を報告して」


「よろしいのですか?」


「ギュイーズ侯爵にも関わりのあることだから聞いてもらおう」


 俺がアルドギスル兄上を疎んじているという噂。

 そして、黄金航路で商船を襲わせている海賊。


 北メロビクスを預かるギュイーズ侯爵には、どちらも関係がある重要な話だ。


「では、調査の結果ですが――」


 じいの報告によれば、噂は悪い方向へ拡大している。


 俺がアルド・フリージア王国の商船を襲わせて、アルドギスル兄上に嫌がらせをしている。

 アルドギスル兄上が決起する。

 俺たちが滅ぼしたニアランド貴族の残党が蠢動している。


 アルドギスル兄上のアルド・フリージア王国内は、かなりきな臭い雰囲気になっているそうだ。


「不味いな……」


「不味いですじゃ。それで、噂の発生源を当たってみたのですが……」


「どうだった?」


「それが……。エリザ女王国領事パーマー子爵が噂の発生源であるとしか、わかりませんでした……」


「敵は巧妙に隠蔽しているのか……」


 参ったな。

 じいと情報部が動いても尻尾をつかめないとは……。


「ふむ。パーマー子爵は知っているが、謀略とは無縁の……。というより、頭のネジが何本か足らない人だからな」


 ギュイーズ侯爵が、パーマー子爵の情報を提供してくれた。

 温厚なギュイーズ侯爵に、『頭のネジが足りない』と言わしめるとは、パーマー子爵はどれだけ頭の回転が遅いのだろう。


「ギュイーズ侯爵。パーマー子爵は囮だと、我々は見ています。真の敵を隠すためのブラインド、カモフラージュの類いであろうと」


「妥当な判断だ。パーマー子爵は、デコイであろうよ。婿殿の目を欺くとは、手強い敵だね」


「ええ。情報戦で、こうも後手を踏むとは……」


 俺は深くため息を吐く。


「面目次第もございません。しかし、我らには切り札がありますじゃ! 凄腕のエージェントを投入します!」


「「「おお!」」」


「パーマー子爵が囮であることは、間違いないでしょう。ですが、全容を解明する取っ掛りではあります。まず、パーマー子爵を崩すのですじゃ」


「わかった。任せるよ」


「はっ!」


 凄腕のエージェントか……。

 この謀略の全容が解明される日も近いぞ!


「ゴホン! ところで婿殿。その……体の方はどうかな?」


「体ですか? いたって健康ですが?」


 じいとの話が終わると、ギュイーズ侯爵が俺の健康状態について聞いてきた。

 ギュイーズ侯爵は、なんだが話しづらそうにしている。


「ギュイーズ侯爵。何か?」


「いや、港に来た商人たちが噂していたのだがね。婿殿が……その……患っているのではないかと」


「患う? 特に病気はありませんよ」


「そうですわ。おじい様。アンジェロ様は、お元気ですよ」


 アリーさんも、ギュイーズ侯爵に『何を言っているのか』と遠回しにたしなめる。

 だが、ギュイーズ侯爵は、モジモジとして落ち着かない。


「いや、その……。商人たちが噂しているのだよ。婿殿が痔瘻を患っていると」


「は……?」


「本当に大丈夫かね? 痔を放っておくと大変なことになるからね。早く治療した方が良い」


 俺が痔?

 何で?

 誰が言ってるの?

 商人?


 アリーさんが、物凄い顔で俺を見ている。


「いやいや、違いますよ! 俺は健康です! お尻のトラブルはありません!」


 俺は必死に弁解した。

 だが、それを許さない人がいる。

 ルーナ先生と黒丸師匠だ。


 獲物を見つけて大喜びで会話に参入してきた。


「アンジェロはお尻を出す! 私が痔専用ヒールで治してあげる」


「アンジェロ少年は、痔であるか! それは大変である! ルーナに治してもらうのである!」


「ルーナ先生! そんなヒールはないでしょう! 黒丸師匠! 喜ばない!」


「婿殿。治してもらってはどうか?」


「ギュイーズ侯爵! 真に受けないで下さい!」


「アンジェロ様。お薬を塗って差し上げましょうか?」


「いやいや、アリーさん。何プレイですか!」


 こうして疑惑は深まった。

 とんでもない噂を流したヤツをとっ捕まえてやる!

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