第345話 三度トラント
二週間後の十月中旬、王都キャランフィールド。
じい、ことルイス・コーゼン伯爵は、グンマー連合王国情報部を統括している。
情報部は流浪の民エルキュール族を中心に構成され、ある者は商人、ある者は吟遊詩人、またある者は踊り子として市井に紛れた。
彼らは情報を集めるプロである。
そんなエルキュール族の中でも飛び切りの男がいる。
――その名は、トラント。
ルイス・コーゼン伯爵は、今回の謀略を調査するためにトラントを投入した。
「しかし、ヤツは気難しい男じゃ」
ルイス・コーゼン伯爵は、執務室の椅子に深く寄りかかりながら独りつぶやく。
トラントは優秀すぎるがゆえに、周囲との協調性がない。
常に単独行動だ。
いや、そうではない。
単独行動こそが、ヤツの神髄。
複数人で行動すれば、周りがトラントの足を引っ張ってしまうのだ。
ルイス・コーゼン伯爵の思考は、今回の騒動へと移ろう。
(アンジェロ様がアルドギスル様を疎んじているとの噂。そして、黄金航路での海賊行為。恐らくは、エリザ女王国が仕掛けた謀略じゃろうて……)
ルイス・コーゼン伯爵は、事態を正確に見抜いていた。
しかし、自分の推測だけで行動を起こすわけにはいかない。
事は二国間、ひいては大陸の安全に関わる問題なのだ。
自分の推測が間違っていた場合、『ごめんなさい。間違えました』では、済まされない。
ルイス・コーゼン伯爵は、深く息を吐き出す。
(ふう。抜かったわい。エリザ女王国には、エルキュール族が浸透できておらんのじゃ)
エリザ女王国は島国である。
大陸を活動の中心としていたエルキュール族は、エリザ女王国に住んでいない。
少しずつ浸透をさせているが、一度に大量のエルキュール族がエリザ女王国へ移り住めば目立ってしまう。
エリザ女王国に防諜組織はないが、島国は閉鎖的な部分がある。
住民が余所者に目を光らせているのだ。
(裏付けが欲しい……。)
ルイス・コーゼン伯爵は、自分の推測が正しいと裏付けが欲しかった。
「そろそろかの……」
執務室の窓から夕日が差し込み始めたのを感じて、ルイス・コーゼン伯爵は視線を窓に移しギョッとした。
窓際に男が立っていた。
「もう、来ている……」
「ぬっ!? いつの間に!?」
男の身長は、およそ百八十センチ。
体格はガッチリとした筋肉質で、年齢は四十才程度。
黒髪短髪で、顔立ちは高倉健に似ている。
夕日に照らされた横顔に、男のダンディズムがにじみ出ている。
彼こそが、トラントだ。
トラントとは、メロビクス王大国の一部の地域では、数字の30を意味する。
13でも31でもなく、30である。
(相変わらず神出鬼没な男じゃ。頼もしいのう)
ルイス・コーゼン伯爵は、トラントと握手をしようと椅子から立ち上がった。
トラントがたたずむ窓辺へ歩み寄る。
「俺の背後に立つな……」
「むっ! そうじゃったな! 失礼した!」
ルイス・コーゼン伯爵は、トラントの横に移動した。
トラントは、ジッと窓の外を見つめながら言葉を発した。
「横にも立つな……」
「ええい! 相変わらず面倒な! どうすれば良いのじゃ! 話が出来んじゃろうが!」
トラント――一分の隙も無い男であるが、ちょっとやりづらい。
結局、ルイス・コーゼン伯爵は、座っていた椅子に戻り、トラントは窓際に立つことになった。
ルイス・コーゼン伯爵は、フッと息をはき気持ちを落ち着ける。
「では、報告を頼む」
「エリザ女王国の謀略だ」
「間違いないか?」
「裏は取れた」
トラントは、胸元から報告書を取り出し、ルイス・コーゼン伯爵に放った。
ルイス・コーゼン伯爵は、報告書にサッと目を通す。
「なに!?」
ルイス・コーゼン伯爵が、驚く。
だが、トラントは、夕日を見つめたまま身じろぎ一つしない。
「どうした?」
「噂の発生源は、パーマー子爵じゃと!? ヤツは囮ではないのか!?」
「違う。一見すると囮だが、噂をたどるとパーマー子爵に行き着く」
「ぬう……」
してやられた。
ルイス・コーゼン伯爵の顔が屈辱に歪む。
だが、ルイス・コーゼン伯爵の考えは、敵を過大評価しすぎていた。
エリザ女王国の女王エリザ・グロリアーナは自国内にも敵が多く、使える駒が限られていた。
今回はパーマー子爵しか動かせる駒がなかったのだ。
結果的にルイス・コーゼン伯爵は、振り回されてしまった。
「ご苦労じゃった。それで――」
ルイス・コーゼン伯爵は、気持ちを立て直しトラントに話しかけた。
しかし、トラントは既に執務室にいなかった。
ルイス・コーゼン伯爵は、トラントが立っていた窓辺を見つめた。
「はて、料金はどこに振り込むのじゃろうか?」
ルイス・コーゼン伯爵の問いに答える者はいなかった。
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