第343話 アルドギスル兄上と噂
――九月半ば。
アルドギスル兄上が工事現場にやって来た。
腹心のヒューガルデン伯爵も一緒だ。
「アルドギスル兄上!」
「ハッハー! アンジェロ! 元気?」
アルドギスル兄上とは、会議で顔を合わせている。
お互い忙しくしているので、会議以外で会うのは久しぶりだ。
「僕の愛しい弟アンジェロ。実は……、ちょっと不味いことになっていてね……」
いつものように、ゾワッとした。
だが、いつもと違うこともある。
アルドギスル兄上は、周りを気にしている。
他の人に聞かれては、不味いことらしい。
「転移魔法でキャランフィールドへ戻りますか?」
「そうしてもらえるかな」
俺は護衛役のルーナ先生と黒丸師匠を連れて、王都キャランフィールドへ戻ることにした。
*
キャランフィールドの会議室で、早速アルドギスル兄上の話を聞くことに。
アルドギスル兄上と腹心のヒューガルデン伯爵が深刻な表情をしていたので、俺はじいを呼び出した。
俺、ルーナ先生、黒丸師匠、じい、アルドギスル兄上、ヒューガルデン伯爵の六人で、会議室にて話し合いだ。
アルドギスル兄上が、気楽な口調で話し始めた。
「アンジェロ。黄金航路って知ってる?」
「アルドギスル兄上。もちろん知っていますよ」
黄金航路は、キャランフィールドから西へ延びる海上交易路のことだ。
グンマー連合王国が誕生したことで、交易量がうなぎ上りで商業税もガバガバ入っている。
まさにドル箱だ。
「黄金航路で海賊が出ているのは?」
「そういえば、そんな話もあったような……」
俺は海に関する知識が少ないので、海の上は商人たちに任せている。
商人たちに頼まれて港の拡張や港湾倉庫の増設は魔法で行った。
だが、海の上のこと、つまり船舶運航や航路運営の実務はノータッチなのだ。
海賊のことも食堂で食事をしていたら、ちょっと耳に入った程度だ。
ちらりと、じいを見る。
じいの反応も鈍い。
フリージア王国は内陸国だったから、海に関しては、どうしても弱くなる。
「アルドギスル兄上。海のことは詳しくないのですが……。海賊が出るのは仕方ないのでは?」
「そうだね。商人は、海賊に襲われるリスクを背負って交易しているよ。ただね……」
アルドギスル兄上が、ズイッと身を乗り出してきた。
インチキなヴィジュアル系っぽい顔とポーズで本題を切り出す。
「襲われているのが、僕の国の商人だけなんだ」
「え? それは……偶然ですか?」
「ふう。どうだろうね。僕も海のことは詳しくないけど、偶然とは思えないよ。何せ海賊事件が四件発生して被害は僕のところ――アルド・フリージア王国の商人だけなんだ」
「確かに偶然とは思えませんね……」
俺は腕を組んでムンと考える。
海軍の創設が必要かもしれない。
今までは内陸の開発や治安維持に力を入れてきたが、海上交易が増えた。
最初は交易路をパトロールする程度で構わない。
「海軍を作りますか……」
「うん、それは、お願いしたいよね~。それとねぇ~。悪い噂が立っていてね……」
「悪い噂? どんな噂ですか?」
「アンジェロは僕が邪魔で失脚させようとしているってさぁ~。だから、僕の国の商船を襲わせているんだって★! アハハハハ! ビックリしちゃうよね!」
「アルドギスル兄上! アハハハじゃないでしょう!」
あまりの緊張感のなさに、アルドギスル兄上をつい叱ってしまった。
アルドギスル兄上は、こういうところが困るんだよな。
いや、意外と大物?
それまで黙っていたじいが、渋い顔をして意見を述べた。
「クサイですな。その噂ですが、兄弟を争わせる離間策ではありますまいか?」
「俺とアルドギスル兄上を仲違いさせようと?」
「左様ですじゃ」
「アハハハハ~! あ、それ、無駄! 無駄! 無駄! 僕とアンジェロは仲が良いからねぇ~。死線をともにした兄弟だからさっ!」
アルドギスル兄上が、じいの心配を瞬殺した。
思わずじいも苦笑いだ。
アルドギスル兄上の腹心ヒューガルデン伯爵が、アルドギスル兄上をたしなめる。
「アルドギスル陛下。問題はお二方の仲ではありません。臣下がアンジェロ派、アルドギスル派に分裂するかもしれないことが問題なのです」
「おうっ! そうそう! そうだったね!」
アルドギスル兄上がオーバーリアクションで頭を抱える。
まあ、そうだね。
今は派閥というよりは、各王国に臣下が配置されそれぞれ政務にいそしんでいる。
臣下同士は、会えば結構仲良くやっているらしい。
「また、兄弟で争うのは、ごめんですよ」
「だね」
俺はポポ兄上の最期を思い出していた。
俺、アルドギスル兄上と王位継承を争い、隣国ニアランド王国の介入を許した。
そして、俺たちの目の前で死んだ。
あんなのは、二度とご免だ!
アルドギスル兄上も俺と同じ気持ちなのだろう。
視線を窓の外へ向けて、テーブルに置かれたお茶を手に取った。
「ゴホン! アンジェロ陛下のおっしゃる通りです。我々臣下もあのような事態は避けたいのです。そこで、今回の事態を重く見てこうして訪問をした次第です」
アルドギスル兄上の腹心ヒューガルデン伯爵が、話を元に戻した。
じいがすぐに話を継ぐ。
「うむ。海賊と兄弟を離間させる噂……。両方潰すべきですじゃ。海賊の方は、海沿いの諸侯と協議するとして、噂の方は早急に手を打ちたいですな」
「ええ。それで私の方で調査したのですが……」
ヒューガルデン伯爵が眉根を寄せた。
どうしたのだろう?
俺は続きを促す。
「ヒューガルデン伯爵?」
「はっ……。調査した結果……。噂の出所が一カ所なのです」
「噂の出所はどこ?」
「それが……。エリザ女王国領事のパーマー子爵のようで……」
ヒューガルデン伯爵の調査によると、エリザ女王国領事のパーマー子爵は盛んにパーティーを開いて、『俺とアルドギスル兄上の仲が悪い』とか、『俺がアルドギスル兄上を邪魔に思っている』とか、言いふらしているらしい。
調査をしたら一日と経たずに判明したそうだ。
しかし……、疑問を感じる。
俺は、謀略が得意なじいに尋ねた。
「あからさますぎない? 流言飛語を仕掛ける場合は、噂の出所をバレないようにするのでは?」
「そうですな。普通は複数の人間を使って、それとなく噂を流しますじゃ。ヒューガルデン伯爵の報告を聞くと、あまりにもあからさまで、むしろパーマー子爵は囮なのではないかと」
「ああ! 本星は他にいるのか! そのパーマー子爵という領事を隠れ蓑にして、活動しているんだな!」
「おそらく。情報部で至急調査いたしましょう」
「頼む」
ヒューガルデン伯爵は、俺とじいのやり取りを聞いてホッとしてる。
ヒューガルデン伯爵は切れ者だが、謀略は専門外だ。
餅は餅屋だ。
俺とアルドギスル兄上の仲を裂こうなんて許せない。
こんなつまらない噂を流した主犯を捕まえないと。
真犯人は、誰なんだ?
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