第331話 悩ましい経済格差

「不満を持つ理由は、なんでしょう?」


 俺はアリーさんとウォーカー船長に理由を聞いた。

 旧メロビクス王大国貴族の中でも、ギュイーズ侯爵やフォーワ辺境伯は非常に協力的だ。


 戦争にも勝ったし、好景気で良いことばかりじゃないか!


 アリーさんが、ウォーカー船長に目配せする。

 ウォーカー船長は、アリーさんにうなずくと、応接テーブルに置かれた地図を指さし説明を始めた。


「景気が良いのは、このエリアです」


 ウォーカー船長が地図の上をなぞる。

 ギュイーズ侯爵領の領都エトルタから南へ、フォーワ辺境伯領の方まで指し示した。


「領都エトルタを起点とした縦長のエリアだな?」


「そうです。軽便鉄道沿いのエリアは景気が良いです。この前の戦争で街道も整備されていますし、人と物の流れが活発です」


「良いことだな」


「ええ。この周辺の貴族は、物を売る、宿場町を作るなどして大儲けしています。しかしですね……」


 ウォーカー船長の声が低くなった。

 地図の上の指がメロビクス王大国の中央部に移動した。


「旧王都メロウリンク周辺は、この好景気の恩恵を受けてないのです」


 ウォーカー船長の話に、じいが続く。

 地図の上を指でなぞる。


「まず、ここキャランフィールドと商業都市ザムザは、景気が良いですな。アルドギスル様が治める地域もまずまず。戦災があった旧ミスル王国と旧ギガランドのエリアと周辺地域も復興で景気は上昇していますじゃ」


「戦災復興で予算を投下しているからね」


 放っておいたら治安悪化して、盗賊の巣窟になってしまう。

 戦災があった地域に予算を投下して、民の仕事を作り出しているのだ。


「うーん……」


 俺は地図を見てうなった。

 旧メロビクス王大国の中心部以外は、好景気なのだ。

 どうやら地域間格差が生じていて、それを不満に思う貴族がいるらしい。


 だが、納得出来ないこともある。

 俺は疑問をウォーカー船長にぶつけた。


「でも、周りの景気が良ければ、旧メロビクス王大国中心部も引っ張られて景気が良いでしょう?」


「そりゃ不景気ではないですよ。けどね。昔は王大国の王都として栄えていたわけです。それが、グンマー連合王国の一部になって、自分たちの王都以外が栄えているとなれば、面白くないのが貴族ってモンですよ」


「そんなの知らないよぉ~」


 つまり、自分以外が儲かっているのが面白くないのか!

 じいがため息をつく。


「嫉妬、ヤキモチ、やっかみの類いですな……。やっかいですじゃ」


「けどなあ、じい……。自分の領地が不景気なわけじゃないのだから、自分の努力でなんとかして欲しいよ」


「アンジェロ様がおっしゃること正論ですじゃ。しかし、正論では人の心をはかることは出来ません。対策が必要ですじゃ」


「経済対策か……」


 悩ましいな。

 各地域の特産品を作るとか、景気の良いところに営業して回るとか、自分たちでやって欲しい。


 だが……。


 アリーさんとウォーカー船長が作ってくれた地図には、×印と三角印が沢山ある。

 放置するわけにはいかない。


 俺が腕を組んでうなっているとアリーさんが、護衛として控えていたネコ族に目配せした。


「にゃ~! 手紙にゃ!」


 ネコ族は応接テーブルの上に、木製の美しい装飾が施された文箱を置き蓋を開けた。

 中にはぎっしりと手紙が詰まっていた。


「これは!?」


「この手紙は、アンジェロ様への嘆願ですわ」


「嘆願?」


「軽便鉄道敷設と街道整備のお願いですわ」


「これ、全部!?」


「ええ。おじい様の館でパーティーが開かれたのですけれど、お友達はもちろん、面識のない貴族からも手紙を預かりましたの」


 俺とじいがうなる。


 現在、異世界飛行機グースが、かなりの貴族の手に渡っている。

 旧メロビクス王大国の貴族にもだ。

 旧型グースではあるが、重要人物の移動や伝令に大活躍している。


 貴族たちは旧型グースで満足するだろうと俺は思っていた。


 だが、貴族たちの要望は『次』なのだ。


「アンジェロ様。旧メロビクス王大国貴族たちの不満を抑えた方がよろしくてよ。このままでは、お姉様が手を伸ばしてきますわ」


「エリザ女王国の女王エリザ・グロリアーナか……」


 エリザ女王国の女王エリザ・グロリアーナは、アリーさんの異母姉だ。

 アリーさんが王位継承権を持っている為、アリーさんと姉である女王エリザ・グロリアーナの仲は悪い。


 エリザ女王国は、俺たちが住む大陸と海峡を挟んだ北側の島国。

 現時点では交易相手として平和を保っているが、我が国に謀略を仕掛けてくる可能性は十分にある。


 隙は見せたくない。


 じいが渋い顔で顎に手をやる。


「不満のある貴族に軽便鉄道を供与して抑えにかかった方が良さそうですな」


「いや、ちょっと待ってくれ! 軽便鉄道の供与が正解とは限らんぞ」


 じいの発案にウォーカー船長が待ったをかけた。


「なぜじゃ? 軽便鉄道では、イカンかのう?」


「軽便鉄道は魔石を消費するだろう? 旧メロビクス王大国は魔石の産出量が少ない。そうすると、不足した魔石をキャランフィールドあたりから買わなきゃならない」


「むう。富の流出が起るという訳じゃな?」


 ウォーカー船長がコクリとうなずいた。


 富の流出――つまり旧メロビクス王大国のエリアで貨幣不足が起き、不景気になる可能性があるのか……。


「魔石不足は俺も懸念している。すぐには起らないが、このままグースや軽便鉄道を広げ過ぎると、魔石が不足する可能性がある」


 一時的な不景気なら何とかなるが、魔石不足という構造的な問題が発生するのは避けたい。


 現在はキャランフィールドの周囲などに魔物が住む広大な森が広がっているし、ダンジョンもあるので、魔石が不足することはないだろう。

 だが、中長期で考えると、魔物の討伐が進み、魔の森の開拓が進めば、魔石不足は起るかもしれない。


「じゃあ、どうする?」


 ウォーカー船長がズケズケと聞いてきた。

 じいが眉をひそめるが、俺は気にしない。


「対策は考えている。」


 俺は席を立ち、アリーさんたちをホレックのおっちゃんが経営する工房へ案内した。

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