第332話 木炭自動車はローテクロマン
ホレックのおっちゃんが経営する自動車工房に着いた。
メンバーは、俺、じい、婚約者にしてギュイーズ侯爵の孫娘アリーさん、ウォーカー船長の四人だ。
アリーさんの護衛である猫獣人もついてきているが、すぐにゴロリと昼寝をしてしまうので、数に入れないで良いだろう。
自動車工房は、キャランフィールドの荒れ地に建っている。
この世界の工房としては、かなり大きな規模で、自動車のパーツ製作をするスペースや組み立てスペース、塗装スペース、実験スペースなどがあり、工房というより工場といって良い規模になっている。
働いている従業員も多く、ホレックのおっちゃんのお弟子さんの鍛冶師もいれば、雑用をするおばちゃんもいる。
みんな忙しそうだ。
「まあ! ホレックさんの工房は、大きくなったのですね!」
アリーさんが驚きの声を上げる。
俺たちに気が付いた責任者が走ってきた。
顔見知りの技術者で、ホレックのおっちゃんのお弟子さんで、人族の若い男性だ。
「アンジェロ陛下! ご視察でしょうか?」
「突然で悪いね。木炭自動車を見せてくれ」
「はいっ! かしこまりました!」
キビキビとした動きで若い技術者は、俺たちを工房の奥へ案内する。
ウォーカー船長が、工房の様子を物珍しそうに見てうなり声を上げた。
「これだけ沢山の人が働いている工房は見たことがありません」
「造船所は?」
「ここまで人はいないですね。だいいち船大工の数が集まりませんよ」
自動車工房は分業制になっている。
研究をする担当、組み立てる担当と分かれているのだ。
難易度が低い仕事は、若い職人が作業をするし、職人でなくとも出来る仕事は、キャランフィールドで求人を出して適性のある一般人に作業をさせる。
ありがたいことに、ホレックのおっちゃん工房は、雇用対策になっているのだ。
ウォーカー船長も、雇用対策になっていることに気が付いたのだろう。
真剣な目で作業の様子を見ている。
工房の一番奥に着くと、完成した木炭自動車が五台並んでいた。
「まあ! 立派な自動車ですわね!」
アリーさんが、手を叩いて木炭自動車を褒めた。
若い技術者は、誇らしそうに説明を始めた。
「この自動車は、木炭を燃料にして走るのです」
「魔石は不要ですの?」
「はい、アリー様のおっしゃる通り魔石は不要です。魔石があまり出回らない国でも、木炭さえあれば、ご利用いだける自動車です。薪でも大丈夫です」
「素晴らしいわ!」
この世界では、石油と石炭が発見されていない。
俺は各国の冒険者ギルドに依頼をかけているが、良い報せを受け取れないでいる。
ひょっとすると、この世界には化石燃料がないのかもしれない。
そんな状況で、俺とホレックのおっちゃんが選んだ内燃機関は、木炭エンジンだ。
木炭は、この大陸のあらゆる場所で使われている。
ハジメマツバヤシやスターリンが持っていた本に、詳しい技術が書いてあったので、俺が翻訳しホレックのおっちゃんがエンジンを作った。
俺はアリーさんに、開発コンセプトを話した。
「この木炭自動車は、初めて民生用として作ったんだ」
「民生用?」
「そう。同じ自動車でもケッテンクラートは軍事用、六輪自動車タイレルも軍事で利用することを想定している。けれど、この木炭自動車は、民間で利用することを想定して開発したんです」
「まあ、偉いわ! 民のことをお考えになっているのね!」
俺はアリーさんとウォーカー船長に、木炭自動車の周りを歩きながら説明する。
木炭自動車は、幌馬車にエンジンを載せた形状になっている。
後部に木炭を燃やす箱とエンジンが付いている後輪駆動車だ。
前方の御者席が運転席になっていて、ハンドル、アクセル、クラッチ、ブレーキ、シフトレバーが付いている。
ヘッドライト代わりのオイルランプとクラクション代わりの金色の鐘が、運転席近くにぶら下がっていて、ローテク感満載の自動車に仕上がっている。
ウォーカー船長が、感心したように何度もうなずく。
「なるほど。馬車と同じ構造だから、民間で修理が出来ますな」
「そう。さすがにエンジンの故障は無理だけど、他の箇所は馬車工房や木工工房で修理が可能だよ」
エンジン、ベアリング、タイヤなどの重要パーツはホレック工房でないと修理、生産出来ないが、木製のボディなどは、キャランフィールド以外でも修理が可能だ。
「最新技術の使用を、わざと控えたわけですな……」
「まあね。新しい技術は魅力的だけど、こなれた既存の技術も活用しないとね」
最新技術に対応出来る技術者は、すぐには養成できない。
だから、この世界にある技術で、使える技術は使うのだ。
「アンジェロ陛下! 動かせます!」
若い技術者が木炭自動車の発車準備が終わったと告げた。
俺が運転席に乗り、後部の幌がかかった荷台に、じい、アリーさん、ウォーカー船長、若い技術者が乗る。
「じゃあ、出発するよ!」
俺は、右足でアクセルを踏み、左足でゆっくりとクラッチをつなぐ。
バタバタバタ!
とエンジン音を発しながら、木炭自動車がゆっくりと動き出した。
「「「おおお!」」」
後ろの荷台から、じい、アリーさん、ウォーカー船長の歓声が聞こえる。
俺はハンドルを切って、テストコースへ向かった。
テストコースはキャランフィールドの郊外にあり、サーキット状の円周コース、町を模した交差点やアップダウンのあるコースが用意されている。
俺は一通りのコースを走ってみることにした。
「乗り心地が、普通の馬車より良いですわね!」
「鉄で出来た板バネを使ってます。普通の鍛冶工房で作れますよ」
「良いですわね!」
周回コースに入ったので、アクセルを踏んでスピードを上げる。
木炭自動車は、時速五十キロくらいのスピードが出せる。
改良すれば、もっと出せるだろう。
ウォーカー船長が、後部の荷台から運転席に顔を出した。
「早いな! これは軍事では使えないのか?」
「兵員輸送や物資輸送では、使えますよ」
「鉄で防御力を上げれば、戦場に投入できるのでは?」
「木炭自動車は、パワーがないんだ。重くなると後ろから押さないと動かない。それに戦場になる不整地では、タイヤが埋まって動かなくなってしまうよ」
「なるほど……。それじゃあ、前線は厳しいな……」
エンジンにパワーがないから、軽量な幌馬車タイプに仕上げたのだ。
さて、この木炭自動車と蒸気機関車をメロビクス王大国に投入して、貴族どもの不満を抑えられるかな?
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