第330話 アリーさんとウォーカー船長の報告

 ――七月。


 里帰りしていたアリーさんが帰ってきた。

 俺は港まで迎えに出た。


 高速帆船『愛しのマリールー号』が港に入り、木製のタラップが船に渡される。

 ウォーカー船長にエスコートされて、アリーさんが姿を見せた。


「アリーさん! お帰り!」


「アンジェロ様。ただいま帰りましたわ」


 アリーさんは優雅にタラップから降りると、チョコンとスカートを持ち上げ礼をする

 相変わらずキレイなお姉さんだ。


 アリー・ギュイーズ。

 俺の婚約者で、旧メロビクス王大国の有力貴族ギュイーズ侯爵の孫娘だ。


 俺はアリーさんをエスコートして、豪華な飾りのついた専用馬車に乗る。

 自動車でも良いのだが、そこは様式美だ。

 王族や貴族の乗り物は馬車という風潮は根強い。


「アリーさん。お仕事ありがとうございます! 大変だったでしょう?」


「うふふ。お友達にも会えて楽しかったですわ」


 今回アリーさんは、ギュイーズ侯爵の館に逗留しながら、旧メロビクス王大国貴族や貴族令嬢たちと交流を持ってもらった。


 ギュイーズ侯爵の領地は、旧メロビクス王大国の北西にある。

 ギュイーズ侯爵領地周辺は、俺が住むキャランフィールドからは目が届きにくい。


 そこでアリーさんが、里帰りにかこつけて周囲の様子を探ってきてくれたのだ。


 そう、真の目的は情報収集だ。


「夏のキャランフィールドは、意外と暑いですわね」


 馬車の中でアリーさんが俺の腕に寄りかかる。

 館に着くまでの短い時間だが、俺たちは、イチャイチャして婚約者らしく過ごした。


「ニャ~」


 アリーさんの護衛をする猫獣人たちが、ノンビリした鳴き声を上げて、俺たちを冷やかした。



 ――翌日。

 俺とじいは、アリーさんとウォーカー船長から、俺の執務室で報告を聞くことにした。


 執務室の応接セットに、俺、じいが並んで座り、対面にアリーさんとウォーカー船長が座る。


 執務室の窓と扉は開け放たれて、外から風が吹き抜けてくれる。

 日差しは強いが海からの風がある。

 室内で涼しく過ごせるのはありがたい。


「おじい様の館も、風が通って涼しかったですわ」


 アリーさんの祖父ギュイーズ侯爵の館は、海沿いの町『領都エトルタ』にある。

 気候は温暖で、美しい海と水量豊富な河川に恵まれた肥沃な土地だ。

 農業と酪農が盛んで、先の戦争では農産物を戦地に供給してくれた。

 ギュイーズ侯爵は、大いに儲かったそうだ。


 アリーさんが集めた情報によれば、ギュイーズ侯爵領の好景気は続いている。

 戦争で敷設した軽便鉄道をギュイーズ侯爵たちが買い取った。

 軽便鉄道を使って海沿いから内陸へ、内陸から海沿いへと物と人が移動し、海の玄関口であるギュイーズ侯爵領の領都エトルタは、非常に活気があるそうだ。


「治安はどうですか?」


「うふふ。港町にケンカはつきものですよ」


「ああ、わかります。キャランフィールドも気の荒い船乗りや冒険者が多いですから」


 アリーさんの隣に座るウォーカー船長がニヤリと笑い、話を引き取った。


「まあ、船乗りは命がけで海を渡る……。切った張ったの世界に暮らしておりますからな。多少のケンカは、スキンシップの延長ですよ」


 俺とじいは、ウォーカー船長の話に苦笑しながらうなずく。


 冒険者も船乗りと同じだ。

 命をかけて戦う者は、常に気を張っている。

 安心出来る場所に来ると、気を張っていた反動で、はっちゃけてしまうのだ。

 ルーナ先生が居酒屋でよくケンカするのと同じだ。


「ただ、好景気で警備の予算が増えたので、領都エトルタは警備の兵士がよく見回っています。治安は良いですよ」


「内陸との交易ルートも、周囲の領主貴族とおじい様が協力して、警備の見回りを増やしていますわ。冒険者さんたちに、街道警備のお仕事を回しているそうです」


「それなら安心ですね」


 戦争が終わって、平和になった。

 兵士たちは、故郷に帰って元の仕事に戻る。


 だが、何事にも例外はあり、元兵士が盗賊になってしまうケースもあるのだ。

 戦闘経験が豊富な元兵士の盗賊など、やっかいなことこの上ない。


 ギュイーズ侯爵は、その辺りも見越して、警備の仕事を冒険者に回したのだろう。

 盗賊になるよりも、冒険者になって見回り警備をする方が割が良い。


 経済が良ければ、大概の問題は片がつく。

 俺は、そんなことを実感して、笑顔になっていた。

 しかめっ面が多いじいも、顔をほころばせた。


 和やかな空気が執務室に漂った。


 だが、アリーさんが、キリリとした顔をして空気を変える。


「ただ、不満を持つ貴族はおりますわ。早めに不満を解消した方がよろしくてよ」


「ん? それは?」


「ウォーカー。地図を」


 アリーさんが、ウォーカー船長に命じて簡単な手書きの地図を応接テーブルに広げた。

 メロビクス王大国の地図で、あちこちに×印や三角の印がついている。

 印の横には、貴族家の名前と爵位が記されていた。


 俺とじいは、眉根を寄せ、前のめりになって地図をのぞき込む。


「ウォーカー。説明を」


「はい、アリー様」


 ウォーカー船長が説明を始めた。


 ×印は、要注意。大いに不満を持っている旧メロビクス王大国貴族。

 三角印は、注意。不満を持っている旧メロビクス王大国貴族だ。


「不満を持っている旧メロビクス王大国貴族が多いな……」


 予想外の報告に俺は困惑した。

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