第329話 暴走機関車

 俺、ホレックのおっちゃん、ルーナ先生、黒丸師匠を乗せた試作蒸気機関車は、試験走行用の線路をひた走った。


 試験走行用の線路は、キャランフィールドの南側に広がる荒れ地に敷設している。

 周りに建造物がないので速度を測りにくいが、体感で時速六十キロは出ていると思う。


「ホレックのおっちゃん! もう、十分だよ!」


「うむ! ホレックはさすがである! だから、スピードを緩めるのである!」


 俺と黒丸師匠が、ホレックのおっちゃんを必死に説得するが、ホレックのおっちゃんは納得しない。

 ホレックのおっちゃんは、チラリとルーナ先生の顔を見る。

 ルーナ先生は涼しい顔をして、風になびく髪をかき上げている。


 ホレックのおっちゃんは、ルーナ先生の余裕のある態度が気に入らないらしい。


「まだまだ行くぜ!」


 ホレックのおっちゃんが操作すると、蒸気機関車の速度がさらに上がった!

 ピストンが激しく息を吐く。


 シュシュシュシュ!

 シュシュシュシュ!

 シュシュシュシュ!

 シュシュシュシュ!


 レールから振動も伝わってくるし、蒸気機関車の車体も悲鳴を上げ始めた。

 時速八十キロくらい出ていそうだ。

 揺れが凄いし、顔に当たる風が凄い勢いで息がしづらい。


「うわー!」

「ホレック! 危ないのである! スピードの出し過ぎである!」


 俺が悲鳴を上げ、黒丸師匠がホレックのおっちゃんを止める。


「ちっ! 仕方ねえな」


 ホレックのおっちゃんは、黒丸師匠の忠告を受け入れた。

 さすがにこの試作蒸気機関車で、時速八十キロは危険な領域だ。

 車体が保たないだろう。


 ホレックのおっちゃんは、何かゴソゴソやっている。

 蒸気機関車のスピードは全く落ちない。

 それどころか、徐々にスピードが上がっている。


「ホレックのおっちゃん! 早くブレーキかけて!」


 俺はホレックのおっちゃんに、停止してくれと頼んだが、ホレックのおっちゃんは渋い顔で答えた。


「ねえんだ……」


「何が?」


「ブレーキ」


「えっ……!?」


「いやあ、悪い! ブレーキをつけるの忘れちまった!」


「ちょっとおおおおお!」


 何やってんだよ!

 ブレーキがなかったら、止まれないだろう!


「部品が余っているから、変だなあ……とは、思っていたんだけどな! ガハハハ!」


「その部品がブレーキだよ!」


 どうする!?

 どうする!?


 俺はパニックを起こした。


 そんな俺の肩をルーナ先生が叩く。


「アンジェロは落ち着く。蒸気機関といえども、魔力を使って動かしているなら、魔力をカットすれば良い」


「その手がありましたか!」


 俺は鉄製の大きなトングを使って、釜の下に据えられた火属性の魔石を取り出した。

 これで釜が熱せられることはない。


「やや! 止まらないのである!」


 黒丸師匠が動揺する。

 本当だ!

 蒸気機関車は、スピードを落とす様子がない。


 ホレックのおっちゃんが、気まずそうに解説を始めた。


「あー……悪いんだが……。蒸気機関は、釜を熱して蒸気を発生させて動力に変える仕組みだ。火を落としても釜は熱いままだから、しばらく走るぞ」


「なら! 釜を魔法で冷却すれば――」


 俺は風魔法か水魔法を使って、蒸気機関車の釜を冷やそうと考えた。

 だが、ホレックのおっちゃんが、あきらめた声をあげた。


「アンジェロの兄ちゃん。そいつはダメだ」


「どうして?」


「どうやらゴールだ」


「えっ?」


 もう、すぐそこが、線路の終点だった。

 終点の先は、切り立った山の斜面になっている。


 ルーナ先生が、顔を引きつらせて叫んだ。


「全員退避!」


 ルーナ先生が飛行魔法で、蒸気機関車から飛び出し。

 俺と黒丸師匠が、右と左からホレックのおっちゃんを抱えて、空へ飛び上がった。


 ポー!


 シュシュシュシュ!

 シュシュシュシュ!

 シュシュシュシュ!

 シュシュシュシュ!


 試作蒸気機関車は、景気の良い音を立てながら線路の終点を通り過ぎ、山の斜面に正面から突っ込んだ。

 ボーンと派手な爆発音と金属が歪む音が荒れ地に響いた。


「「「「ああー!」」」」


 俺たち四人の口から、悲しい声が発せられた。


 蒸気機関車は、頭から山の斜面に突っ込み、爆発大破してしまったのだ。


 俺と黒丸師匠は、地面にホレックのおっちゃんを降ろした。


「ホレックはダメである! 死ぬかと思ったのである!」


「ガハハハ! 悪い! 悪い!」


 ホレックのおっちゃんは、まったく懲りていない。


「ホレックのおっちゃん……、頼むよ!」


「任せろ! 次は上手くいくさ!」


 俺と黒丸師匠は、ため息をつきながら、地面に散らばった部品を集め始めた。。

 ルーナ先生とホレックのおっちゃんは、ケンカを始めている。


「ドワーフは、頭の中にエールが詰まっている。こんなバカな結果はない!」


「うるせえ! 物作りには失敗がつきものなんだよ!」


「ブレーキをつけておけば、失敗しなかった!」


「前祝いで飲んでたんだから、仕方ねえだろう!」


「エール樽!」


「牝鹿ババア!」


 また、ルーナ先生とホレックのおっちゃんが戦いだした。

 今度は近接戦闘で殴り合っている。


「黒丸師匠?」


「放っておくのである!」


 こうして、異世界初の蒸気機関車は、完成したんだか、してないんだか、よくわからない結果になった。

 それでも、この異世界に機関車が走り回る日は近い。

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