第328話 出発進行!

「出発進行!」


 俺のかけ声で、異世界初の蒸気機関車がゆっくり動き出した。

 ポーッ! と汽笛が鳴り、鉄製の車輪がレールをきしませる。


「「「「「「「「おおおお!」」」」」」」」


 ホレック工房の中が歓声に包まれた。

 拍手をしている人。

 涙を流している人。

 飛び跳ねる人。

 みんなの興奮が蒸気機関車の運転席まで伝わってくる。


 シュッ……!


 シュッ……!


 シュッ……!


 ゆったりとしたペースで、蒸気機関車はホレック工房から外へ向かう。

 試運転用のレールは、キャランフィールドの南側に広がる荒れ地に敷設済みだ。


「おーし! 外へ出たらスピードをあげるぜ!」


 ホレックのおっちゃんは上機嫌だ。

 俺は各所をチェックして、ホレックのおっちゃんに報告する。


「ここまで順調だよ! 釜も正常に動いているし、ピストンも問題なし、異音もしない」


「あったりめーよ! 俺とアンジェロの兄ちゃんが、作ったんじゃねーか! 壊れるもんか! ガハハハ!」


 シュッ!


 シュッ!


 シュッ!


 シュッ!


 ホレックのおっちゃんが、レバーを操作すると機関車のスピードが上がった。

 ピストンが動き、吐き出す蒸気の音が徐々にリズミカルになる。


 黒丸師匠が車輪をのぞき込みしきりに感心する。


「ほう! 大した物であるな! これが蒸気機関車であるか!」


「今日は試運転だから機関車単体で走っているけど、後ろに貨物車や客車をつなげて引っ張るんですよ」


「ホウホウ! 力持ちであるな! まるで、ホレックみたいである!」


「ガハハ! 黒丸! 上手いこと言うじゃねえか!」


 黒丸師匠のヨイショに気を良くしたホレックのおっちゃんが、レバーを操作して更にスピードをあげる。


 シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!

 シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!


 軽快なリズムで、蒸気機関車が走る。

 体感だが、時速四十キロは越え、五十キロに迫る速度だ。

 平地で客車の牽引なしとはいえ、これだけスピードが出れば十分だ。


「おおお! 早いのである!」


 黒丸師匠は、子供みたいにはしゃいでいる。

 蒸気機関車は、童心に帰れるよね。


 現在、軽便鉄道が時速三十キロから時速四十キロで運転している。

 軽便鉄道なので、レール幅は狭い。


 今回、試作した蒸気機関車は、時速四十キロから時速五十キロで運転出来そうだ。

 そして、レール幅は広い。


 蒸気機関車を改良して、新型を投入すれば速度はもっと上る。

 これなら大量輸送が実現するだろう。


「アンジェロ。これなら馬の方が早い」


 ルーナ先生が、真面目な顔で俺に質問をして来た。

 真面目なルーナ先生は珍しいな。


「そうですね。最高速度だけなら馬の方が早いです。でも、馬のトップスピードは数分しか維持できないでしょう? それに二時間に一回は、馬を休ませなくちゃならないです。しかし――」


「そうか。この蒸気機関車は休みなしで、この速度を維持できる」


 さすがルーナ先生! 理解が早い!


 競走馬なら時速六十キロ以上で走ることが出来る。

 けど、そんな速度で走り続けたら、馬が死んでしまう。


 日本でやっていた競馬だって、長いレースでも二千メートルや三千メートルだ。

 馬を全力で走らせトップスピードを維持させるのは、二、三千メートルが限界なのだろう。


 一方で、機械は違う。

 燃料さえ補給すれば、いくらでも走り続ける。


 時速五十キロで六時間走り続ければ、三百キロ走れるのだ。

 馬で一日三百キロ移動するのは無理だ。

 馬が疲労して動けなくなってしまう。


 パワーのある蒸気機関車なら大量の人員や荷物を、素早く遠方へ送ることが出来る。

 これこそが鉄道の強みであり、これからのグンマー連合王国に必要なテクノロジーなのだ!


 ルーナ先生も察したようで、腕を組んで深くうなずいた。


 これで全て丸く収まるかと思ったら、ホレックのおっちゃんが余計な一言を口にした。


「どうした? 負けを認めるか?」


「おっちゃん!」


 すぐに俺が注意するが、ルーナ先生の目は好戦的になっている。

 やばい……。

 負けず嫌いのルーナ先生は、今の一言で怒り出したぞ……。

 知らないぞ、おっちゃん!


「エール樽は、頭の中にもエールが詰まっている。この速度なら、我らエルフが作った魔導エンジを積んだグースの方が早い!」


「なんだと! 見てろ!」


 ルーナ先生にあおられて、ホレックのおっちゃんの闘志に火がついた。


 いや、だが、待って欲しい。

 異世界飛行機グースと蒸気機関車では、目指している方向が違う。


 早さがあり小回りが利く異世界飛行機グースは、伝令や重要人物の移動、小さくて高額な商品の輸送に活躍する。


 一方で、それなりの早さと大量輸送可能なパワーを持つ蒸気機関車は、一般市民や兵士の移動、重量物やかさばる商品の輸送の主力を担う。


 比較することが、間違っているのだ。


 だが、仲の悪いドワーフとエルフの間には、そんな理屈の入り込む余地はない。


 ホレックのおっちゃんは、レバーを操作して蒸気機関車の速度を上げた。


 シュッ!

 シュッ!

 シュッ!

 シュッ!


 シュッ!

 シュッ!

 シュッ!

 シュッ!


 スチームの音が大きくなり、リズムが小刻みになる。

 線路から伝わる振動も徐々に大きくなってきた。


「ちょっと! おっちゃん! 飛ばしすぎじゃない!?」


「大丈夫だ! 見てろ!」


 ホレックのおっちゃんは、自信満々だが、俺は嫌な予感がして仕方がなかった。

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