第311話 スターリン捕縛作戦

 俺、ルーナ先生、黒丸師匠、赤獅子族のヴィスは、ミスリル鉱山でスターリンを待ち伏せていた。


 スターリンの捕縛には、希望者が殺到した。

 だが、ソ連――旧ミスル王国内には、赤軍の残党が各地におり、武装解除しなければならない。占領した首都モスクワの治安維持もある。


 そこで俺たち! 少数精鋭の『王国の牙』が出張ることになった。

 赤獅子族のヴィスは、スターリンの顔を知っているので面通し役だ。


 真っ赤な砂漠の夕日が西に沈もうかという頃、ラクダに乗った若い男が現れた。


「来た!」


 俺たちは、岩の陰に隠れてそっと若い男の様子をのぞき見る。

 若い男はラクダから降りると、こちらに向かって歩いてきた。


 顔が判別出来る距離になったので、小声でヴィスに確かめる。


「ヴィス! アイツか?」


「ああ、間違いない。アイツがスターリンだ!」


 スターリンは、俺の想像よりも若い男だった。


「スターリンと名乗るから、ヒゲでオールバックのおじさんだと思ってたよ……」


「俺たちと年は変わらねえぞ」


 そりゃそうだ。

 転生者なのだから、俺やヴィスと同世代だろう。


「シィー! 静かに!」


 俺とヴィスがヒソヒソ話していると、ルーナ先生から叱責されてしまった。

 ルーナ先生は、スターリン捕縛に並々ならぬ情熱を傾けている。


 その全ては、この瞬間の為に――。


 ズボッゥゥゥゥ!


「ウワア~!」


 スターリンが悲鳴を上げて、地面から消えた。

 ルーナ先生たちが用意した落とし穴に落ちたのだ。


「ひっかかったのである!」


「ブハハ! ヒデエな!」


「面白い! うわあ~! うわあ~!」


 黒丸師匠とヴィスが、手を叩いて大はしゃぎをしている。

 ルーナ先生は、落とし穴に落ちるスターリンのものまねをしてノリノリだ。

 確かにちょっと面白かった。

 俺も一緒になって腹を抱えて笑う。


 しばらくすると、落とし穴からスターリンが這い出てきた。


「うう……、何をする!」


 どうやら落とし穴に落ちた時に、足を折ってしまったらしい。

 右足があさっての方を向いている。


 スターリンは、這いながら上体を起こしてこちらを見た。

 スターリンと目が合った。


「スターリン! 俺はグンマー連合王国総長のアンジェロ・フリージアだ。おまえを捕縛しにきた。大人しく投降しろ!」


「なに……!? 追っ手はいなかったはずだ! どうやってここに……!?」


「ヴィスに心当たりがないか聞いた」


 スターリンとヴィスの目が合う。


「ヴィス! この裏切り者!」


「ああ……。まあ、なんつーか……お疲れッ!」


 ヴィスもいい性格をしているな。

 お疲れじゃねーだろ!


「それに追っ手もいた。このルーナ先生が、空からおまえを監視していた」


「そう。太陽を背にして見つからないように監視していた。逃げる時に協力者を殺していたのも見ていた。殺しすぎ」


「それは必要な犠牲だったのだ」


 必要な犠牲だって!?

 スターリンの答えに、俺とルーナ先生は顔を見合わせる。


 俺とルーナ先生が黙ったことで、スターリンは自分のターンだと思ったのだろう。

 得意げに話し始めた。


「人類には進歩が必要だ! 我々の祖先が道具や火を扱うようになったことで、猿のような生活から、人間らしい生活へと進歩したのだ!」


「それがしの祖先は、ドラゴンなのであるが……」


 黒丸師匠がボソリと突っ込みを入れたが、スターリンの耳には届かないようだ。

 スターリンは、砂漠の上に座り折れた足を投げだし、両手を大きく動かしながら演説を打つ。


「この世界を見てみたまえ! 文明は停滞し、人々は王侯貴族の圧政にあえいでいる! 進歩! 進歩が必要なのだ!」


 スターリンの話は意外とまともだった。

 革命を成功させただけあって話が上手い。


 スターリンは、俺たちが話に聞き入っているのに気を良くして調子づく。


「その進歩の先にあるのが共産主義だ! 平等な社会! 国民全てが幸せな社会! そして、未来に前進する社会!」


「「「「……」」」」


「さあ、手を取り合い前進! 共産主義こそが――」


 スターリンは、絶好調で独演会を続けた。

 俺は小声でヴィスに話しかける。


「なあ、ヴィス……。スターリンって、いつもあんな感じなのか?」


「俺はいつも途中で寝ちまうから、よく覚えてねえ」


「そっか。あいつ足が折れているのに元気だな」


「ナルシストなんじゃね? 自己陶酔ってヤツ」


 確かに!


 スターリンの話しぶりは、身振り手振りを交えて堂に入ったものだ。

 だが、話の内容は具体性がない。


 こうするべきだ、ああするべきだ。

 そんな理想論ばかり並べ立てている。

 俺は話を聞いていて、何ら共感出来なかった。


「俺は賛同出来ないけれど……、この世界の人たちには斬新に聞こえるかもしれないな……」


「まさにその通り! はまるヤツは、はまるみたいだぜ」


「たちが悪いな……」


 スターリンは、捕縛して公開処刑にする予定だった。

 だが、大勢の民衆の前で、この演説をやられてはたまらない。


「革命騒ぎが再燃する事態は避けたいな……」


 俺のつぶやきに、ルーナ先生と黒丸師匠がうなずく。


「何を語ろうが、あの男は許さない」


「であるな。さて、そろそろヤツの話も聞き飽きたのである」


 黒丸師匠がスターリンに向き直った。


「質問をよいであるか?」


「おお! 同志よ! 何でも聞いてくれたまえ!」


 同志と呼ばれた黒丸師匠は、口いっぱいに梅干しを詰め込まれたような顔をした。


「ぐぬ……。同志ではないのである……」


「いや、私の話を聞いてくれたら、君は同志だ! 共に理想の道を歩もう!」


「歩まないのである!」


 妙にフレンドリーだな。

 俺たちを共産主義に感化させて、生き残る作戦か?


 ペースを乱された黒丸師匠に代わって、ルーナ先生が口を開く。


「なぜ殺した?」


「えっ……?」


「なぜ殺した? 理由を説明せよ」


「それは……、誰のことだ……?」


 ルーナ先生は、普段から余計なことを言わない。

 逆にスターリンがペースを乱されたようだ。


「あなたは幸せな社会を作るという。だが、戦いで沢山の人が死んだ」


「それは、必要な犠牲だ! 王侯貴族ら支配階級を打倒する為に戦いは避けられないのだ!」


「あなたは平等な社会を作ると言う。だが、兵士たちは家族を人質に取られ無理矢理戦地へ引きずり出された」


「平等な社会だからこそ、全ての国民が階級闘争に身を捧げるべきなのだ! 国民全てが兵士! それこそが真に平等な社会だ! 家族をたてにするのも止むを得ない!」


「あなたは未来に前進する社会が実現すると言う。だが、政治将校が権力を持ち、人々から食料を取り上げ、飢えさせた。王政よりも後退している」


「それは関わった人間が悪かっただけなのだ! 共産主義自体は素晴らしい! 運用を見直せば、次は上手く行く!」


「次はない。あなたは、ここで死ぬ。私が殺す」


 ルーナ先生の目がギラリと光り、殺気が漏れ出す。

 だが、スターリンは動じない。


「それは早計だぞ! 共に理想を目指そう! インターナショナル万歳!」


 ルーナ先生は、今回の争乱で起ったことを淡々と告げた。

 だが、スターリンには、響かない。

 こんなヤツの為に、争乱を引き起こされたのかと思うとやりきれない。


「ああああ、もう! どんな理屈をつけようが! 少なくとも家族ごと自爆攻撃を強制したことは、許されることじゃないだろう!」


 気が付けば、俺は怒鳴っていた。


「震える手で……、松明を……、火薬を満載した馬車に放り込もうとする父親を見た。恐怖のあまり表情がなくなってしまった母親と子供を見た。あんな非人道的な行いが許されるものかよ!」


「悲しいことだが、それは現場がやったことであって、私に責任はない。逆に聞きたいのだが、君たちの政治体制である王政は絶対に間違いがないのか? 多くの王や貴族たちが、民を虐げて勝手気ままに――」


「王政がベストとは言わない。だが、ベターな選択だ。この世界は文明が未発達で、国民にロクな教育も与えられていない。自由選挙や民主主義は無理だ。少なくとも王族や貴族は、教育を受け統治ノウハウを持っている。社会に混乱を起こさないだけ、共産主義よりもマシだ」


「自己正当化だな」


「おまえだって自己正当化ばかりしていたじゃないか! 俺は現実に対応しているだけだ! やれることをやっているだけだ!」


 エキサイトした俺の目の前にルーナ先生の手がスッと伸びてきて、俺を止めた。


「アンジェロ。もう、いい。議論しても無駄だ。何を言いつのろうが、ヤツの罪は消えない。処刑する」


 ルーナ先生が右手おまえに伸ばし、魔力が動いた。

 スターリンは、一瞬ひるんだが、傲然と胸を反らした。


「終わりだ! 諸君!」


「なに……?」


 ザワリと嫌な感じがした。

 俺とルーナ先生は自分の周りに魔法障壁を展開し、黒丸師匠はオリハルコンの大剣を構えた。


 それは、いつもと同じコンマ一秒の危機対応だった。


 しかし、ヴィスは経験が足りなかった。

 ポカンと突っ立っていたのだ。


「グ……!」


 俺の隣でヴィスが血を吐きながら倒れた。

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