第312話 地球の神の使い VS 王国の牙!

 ヴィスの胸を穿ったのは、グレーのローブをまとった男だった。


「ヴィス……裏切り者め……」


 男の口から陰気なつぶやきがこぼれる。

 何者だ?


 ――と考える間もなく、ルーナ先生から戦闘指示が飛ぶ。


「ヴィスの回復は私がやる! 黒丸とアンジェロは、その男をヤレ!」


「王国の牙! 黒丸! 推参である!」


 黒丸師匠がグレーのローブをまとった男に仕掛けた。

 オリハルコンの大剣を上下左右に高速で振り回す。


「当たらぬ……」


「ぬう! である!」


 だが、男は素早い動きで黒丸師匠の攻撃をかわす。

 砂漠の上をヌルヌルと滑るように移動している。


 俺は、すぐさま援護の魔法を発動した。


「ファイヤーボール! 十連!」


 威力よりも、発動速度重視で、火属性魔法のファイヤーボールを十連続で放つ。


 火の玉が男に着弾する間際、絶妙のタイミングで黒丸師匠がステップバックする。

 俺の発声から魔法着弾までのタイミングを見切ったあうんの呼吸だ。


 黒丸師匠がギリギリまで引きつけていた甲斐あって、男は俺の魔法から逃げられず火の玉が十連続で着弾する。


「えっ!?」


 しかし、男は千手観音よろしく両手を高速で動かし、火の玉を手で払い打ち消してしまった。

 その様子を見て黒丸師匠が疑問を抱く。


「レジストであるか!?」


「いえ……、単に打ち払っただけでしょう」


 魔法が発動した気配は感じなかった。

 だから、手に魔法障壁をまとわせたとか、対属性の水魔法を瞬間的に放ってファイヤーボールを無効化したとか、そうではないと思う。


「魔法が効かないのか……? 特殊な体質とか……?」


「ならば物理である! 突貫あるのみである!」


 黒丸師匠が再び仕掛け、俺が属性を変えて魔法を放つ。

 だが、土、風、水と属性を変えても、男は俺の魔法を手で払ってしまう。

 黒丸師匠の攻撃も当たらない。


 状況が膠着し、次の手を考えていると、ルーナ先生が俺を呼んだ。


「アンジェロ!」


 グレーのローブをまとった男を黒丸師匠に任せ、ヴィスを回復するルーナ先生に駆け寄る。

 ルーナ先生は厳しい表情で、ヴィスは息づかいが苦しそうだ。


「どうしました?」


「回復できない」


「えっ!?」


 ルーナ先生は、俺の目の前で回復魔法ハイヒールを発動した。

 緑色の優しい光がヴィスを包み込むが、ヴィスの息づかいは苦しいままだ。


「この通りハイヒールが効かない」


「そんなバカな!」


 ヴィスの傷が治癒出来ない。

 黒いモヤモヤした霧が傷口を覆っている。


 回復魔法をかけても、この黒い霧にレジストされてしまうのだ。

 それどころか、黒い霧は徐々に周囲を侵食している。


「なっ!? これは!?」


「呪いか何かだと思うが……。解呪出来ない……」


 ルーナ先生の額に汗が浮かび、本気で焦っている。

 こんなルーナ先生は初めて見た。


 ヴィスが俺の方を見て、息も絶え絶えに告げた。


「アンジェロ……、あいつが……、地球の神の使いだ……」


「あいつが?」


「あいつは……、いつの間にか……、どこかへ消えちまう……。俺の事はいい……、逃がすんじゃねえぞ!」


「わかった!」


 ヴィスのことは後回しだ。

 回復魔法が効かない以上、出来ることはない。

 ひょっとすると……、あのグレーのローブをまとった男――地球の神の使いを倒したら、黒いモヤモヤした呪いが解けるかもしれない。


「ははは! ヴィス! ざまあないな! 裏切り者には似合いの最期だ!」


 骨折中のスターリンが、砂漠に座ったまま手を叩いて喜ぶ。


「この……!」


「アンジェロ! スターリンのことは後! 先に地球の神の使いをヤル!」


「クッ……了解!」


 優先順位を間違えてはいけない。

 この場では、まず地球の神の使いを倒すことだ。


「アンジェロは雷魔法を! 私は風魔法を放つ!」


「了解! サンダーレイン!」


「トルネード!」


 俺とルーナ先生は、地球の神の使いへ向かって大量の魔法を放った。


 俺が雷魔法を間断なく放ち、ルーナ先生が竜巻を起こす。

 無数の稲光と竜巻が砂漠に吹き荒れる。


「相変わらず厳しい攻めなのである!」


 黒丸師匠が、いち早く魔法の管制領域から逃れながら悲鳴を上げる。

 だが、『黒丸師匠なら上手くやるだろう』との希望的観測で、俺とルーナ先生は攻撃の手を緩めない。


 瞬間的に物凄い量の魔力が、地球の神の使いに叩きつけられた。

 だが、地球の神の使いは、ルーナ先生の竜巻を素手で叩き消滅させ、俺の雷魔法は地面を滑るようにしてかわした。


「当たらない」


「ですね。しかし――」


「ドンピシャなのである!」


 俺とルーナ先生は、ランダムに魔法を放っているように見せて、実は地球の神の使いを誘導していた。

 地球の神の使いが移動した先には、黒丸師匠が待ち構えている。


 本命は物理!

 黒丸師匠の一撃だ!


 黒丸師匠は、逃げづらい横方向の軌道で、オリハルコンの大剣をフルスイングした。

 右から左へ高速の剣が駆け抜ける。


 これはかわせまい!


「ぬぬっ! 手応えなしである!」


「通り抜けた!?」


 必殺の一撃は不発だった。


 オリハルコンの大剣は、地球の神の使いを通り過ぎてしまった。

 確かに体を捕らえたように見えたが……。


「あははは! 無駄だって! そいつは、地球の神の使いだよ! そんな攻撃が通用するわけがないだろう!」


「……」


 スターリンが勝ち誇る。

 そのスターリンに、地球の神の使いが何か言いたげな視線を向けた。


 アイコンタクトは成立しなかったらしく、スターリンの饒舌は止まらない。


「さあ! 早くそいつらを始末してくれ! 私が目指す共産主義国家実現にとって、最大の障害を排除するのだ!」


「……」


 俺たち三人は、スターリンと地球の神の使いの様子をジッと観察した。

 地球の神の使いは、こちらに攻撃してこない。

 かといってスターリンを見捨てて逃げるでもない。


 スターリンに何か言いたげな視線を飛ばすだけだ。

 だが、スターリンは悦に入り話し続ける。


「優秀な王侯貴族など邪魔なだけだ! 慈悲深い支配者など不要! 人民が共産主義を信奉せざる得ない状況こそ望ましい! よって、そこのアンジェロたちは存在してはならない!」


「オイ……、さっさと逃げろ……」


 地球の神の使いが言葉を発した。

 スターリンに逃亡を促している。


「どういうことであるか……?」


 黒丸師匠の困惑も無理はない。

 俺たち『王国の牙』の攻撃をことごとく防いで見せたのだ。


 神の使いというくらいだから、攻撃力も相当にあるのだろう。

 現にヴィスは一撃で戦闘不能、回復不能に陥っている。


 それなのに俺たちを倒そうとせず、スターリンに『逃げろ』と言う。


「つまり俺たちを殺せないのか……」


 思いついた事が口をついた。


「アンジェロ。どういうこと?」


「ルーナ先生。この世界を担当している神様は、女神ジュノー様たちです。そこのグレーのローブをまとった男は、地球の神の使い……。違う世界の神様の部下です」


「なるほど……。この世界の生き物にちょっかいを出せない?」


「恐らく、そうでしょう。ヴィスは地球の神の使いが、この世界に連れて来たから好きに出来たが、俺たちをどうこうすることは出来ないのでしょう」


 確証があるわけではないが、状況から考えると……それほど外れていないだろう。


「チッ!」


 俺の推測を聞いた地球の神の使いが、舌打ちし忌々しそうな顔をする。

 どうやら図星だったらしい。


 一連のやり取りを聞いていたスターリンが慌てた。


「えっ……!? そいつの言う通りなのか……?」


「さっさと逃げろ!」


「あああああ!」


 スターリンが折れた足を引きずり、砂漠を這って逃げようとする。

 先にスターリンを始末したいが、隙を見せれば地球の神の使いがスターリンをさらって逃げるだろう。


 だから、まず、地球の神の使いからだ。

 俺は、また雷魔法を連発した。


 どうやって地球の神の使いを倒すか?

 俺が魔法を連発しながら考えていると、ルーナ先生が力強く言い切った。


「アンジェロ! やるぞ! 多分だが、弱点がわかった!」

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