第302話 内乱を防げ!

 ――四月中旬。


 俺は十三才になった。


 誕生日の四月一日は、前線のドクロザワで迎えた。

 兵士たちに酒を振る舞い、ルーナ先生、黒丸師匠たちとドンチャン騒ぎで王様らしくなく祝ったが、これはこれで悪くない。


 その後、旧マドロス王国の三地方――カタロニア地方、エウスコ地方、アラゴニア地方――で、反共産主義の蜂起が次々に起こった。


 赤獅子族のヴィスがやってくれたのだ。

 密かに支援をしていた、じいと祝杯を挙げた。


 問題は、旧マドロス王国三地方の扱いだ。


 ドクロザワ郊外の天幕の中で、俺はじいと二人だけで相談した。


「じい、三地方は、どう扱おうか?」


「なかなか難しいですな……」


 旧マドロス王国三地方は、グンマー連合王国に加入希望をした。


「国王をやれそうなヤツはいないよね?」


「そうですな……。かといって直轄領とするには、ちと遠いですし……」


「悩ましいな……」


 カタロニア地方、エウスコ地方、アラゴニア地方の三地方で独立運動を行っていた組織があるのだが、彼らの中に絶対的なリーダーがいないのだ。


 もし強力なリーダーがいれば、そのリーダーを国王として、グンマー連合王国参加の王国とすることが出来たのだが、適した人材がいない。


 かといって、俺が直接治めるには、キャランフィールドから距離がある。

 なにせ三地方は、旧メロビクス王大国の向こう側にあるのだ。


 異世界飛行機グースや軽便鉄道があるとはいえ、三地方からキャランフィールドまで役人が往復するのは時間がかかる。


 俺は決断を下した。


「三地方は自治国としよう!」


「自治国でございますか?」


「うん。元々、あの三地方は民族独立運動が行われた地域だ。下手にどこかの国に組み込めば、独立運動が再燃しかねない。それなら、自分たちで政治をやってもらった方が良いだろう」


「なるほど! 確かに、そうですな!」


 必要であれば、三地方の代表者を貴族にしても良いだろう。

 その辺りは、三地方の希望に応じることにする。


 俺は、これで大丈夫かなと思ったが、じいが懸念を示した。


「マドロス王国が、文句をつけてきそうですな……」


「そうか……マドロス王国か……」


 三地方は、元々マドロス王国の領地だったが、ミスルの共産主義革命組織が支援して独立したのだ。


 マドロス王国は、孤立した。

 そこで、慌ててグンマー連合王国に参加をしたのだが、情勢が安定し、安全が確保された今となっては――。


「旧領回復に動くか?」


「恐らくは……。軍、政、両面で動きましょう」


「内乱は勘弁して欲しいな……」


 まだ、グンマー連合王国の西側は安全になったが、南側はソ連本体があり、これから攻略しなければならないのだ。


 マドロス王国に蠢動されたくはない。


 そもそも、マドロス王国と俺は付き合いが薄い。

 信頼関係はないし、逆に武力で屈服させたわけでもない。


 状況次第で、彼らがグンマー連合王国を離脱して、旧領回復に動く可能性はあるのだ。


 カタロニア地方、エウスコ地方、アラゴニア地方の三地方は、蜂起して共産主義者を追いだしたばかりで、まだ、政情が落ち着いていない。


 マドロス王国が攻めてきたら、自衛出来るかどうか甚だ疑問だ。


 その時に、俺が援軍を三地方に送れるだうか?

 正面には、旧ミスル王国と旧ギガランド国のソビエト連邦がいるのだ。

 戦力を裂くのは難しいだろう。


 俺が将来起こりうる状況を想像して苦慮しいると、じいが案を出した。


「ギュイーズ侯爵に動いていただきましょう」


「アリーさんのお祖父さんに?」


「左様です。ギュイーズ侯爵は、海上貿易をマドロス王国と行っておりますじゃ。メロビクス王大国時代から付き合いがありますので、マドロス王国にもパイプがありましょう」


「なるほど!」


 俺はじいの案を了承して、ギュイーズ侯爵に動いてもらうことにした。



 *



 数日後、ギュイーズ侯爵に、アンジェロから指令書が届いた。

 じいことルイス・コーゼン伯爵から詳細を記した手紙も同封されており、ギュイーズ侯爵は状況を理解し、早速動き出した。


「孫娘の婿に頼りにされたのだから、必ずやり遂げてみせよう」


 ギュイーズ侯爵は、大物貴族らしく物静かに振る舞っているが、目には決意が表れていた。

 自ら快足大型帆船に乗り込み、マドロス王国に出発した。


 ギュイーズ侯爵は、マドロス王国に到着すると、早速王宮に乗り込んだ。


 マドロス王国にとってギュイーズ侯爵は、大物貴族であり、グンマー連合王国総長の婚約者の祖父であり、重要な交易相手である。


 すぐにマドロス国王が面会に応じた。


「久しいなギュイーズ侯爵」


「ご無沙汰をしております。マドロス国王陛下」


 マドロス国王は、五十過ぎのちょっと軽率な所がある男だった。

 すぐ感情的になり、感情で動きがちなのだ。


 国王としては問題だが、周囲の家臣にしっかりした者が多く、マドロス王国は、それなりに繁栄していた。


 ギュイーズ侯爵は、挨拶も早々に本題を切り出した。


「マドロス国王陛下。カタロニア地方、エウスコ地方、アラゴニア地方の三地方は、自治国になることが決まりましたぞ」


「聞いている……。コーゼン伯爵から書簡が来た……」


 マドロス国王は、とたんに渋い表情になった。

 手近な器から、食べやすく切ったオレンジをつかみ口に運ぶ。


「まさか、三地方に攻め込もうとは、思っておりますまいな?」


「……」


 マドロス国王は、返事をせずオレンジを食べ続け、ギュイーズ侯爵は、盛大にため息をついた。


「はあ……。マドロス王国に訪れてみれば、何やら物々しい雰囲気! 軍が動いているのが丸わかりです! この動きを、アンジェロ陛下やコーゼン伯爵が、ご存じないとお思いか!」


「……」


 無言でオレンジを食べ続けるマドロス国王。

 その目は、泳いでいる。


「陛下! カタロニア! エウスコ! アラゴニアに攻め込むつもりですね?」


「いや……それは……」


 ギュイーズ侯爵の強い口調と視線に、マドロス国王はしどろもどろになった。

 だが、ギュイーズ侯爵は、追い打ちをかける。


「およしなさい。三地方を手にしようと動けば、必ずアンジェロ陛下が動きます。その時、マドロス王国がどうなるか……」


「どう……、とは?」


「メロビクス王大国、ニアランド王国は、共に消えてなくなりました。両国の轍を踏まぬよう慎重に行動すべきでしょうな!」


 ギュイーズ侯爵は、静かだが断固とした口調で、マドロス国王に警告を発した。


 黙り込んだマドロス国王に代わって、マドロスの宰相がギュイーズ侯爵に質問をした。


「ギュイーズ侯爵。もしも……、もしもの話ですが……、我が国が旧領回復に動いたら、どうなさいますか?」


「もちろん、アンジェロ陛下のお下知に従い、貴国と戦いましょう」


「お味方をしては、下さらないので?」


「負ける方に味方はしません。宰相殿、いいですか? グンマー連合王国は、ソビエト連邦と南部で向き合っています。しかし、我らギュイーズ侯爵軍と兄王であるアルドギスル陛下の軍は、予備兵力として後方で温存されているのですよ」


「なるほど……」


 宰相は眉根を寄せて考えた。

 恐らく旧領回復は成功しまい……と。


 三地方に攻め込んで、現地の兵士とギュイーズ侯爵軍とアルドギスル軍を敵に回しては、マドロス王国軍に勝ち目はない。

 それどころは、逆侵攻をされて、マドロス王国が滅ぼされかねない。


 宰相は、自分たちが置かれた状況をよく理解していた。


 旧領回復派の貴族がマドロス国王を煽ったおかげで、マドロス国王は軍を動かそうとしていたが――。


(ギュイーズ侯爵が来てくれて助かったわい。旧領回復派貴族の牽制になろう)


 宰相は、旧領回復を中止することに決めた。

 しかし、マドロス国王や旧領回復は貴族を大人しくさせなくてはならない。


 その為に、ギュイーズ侯爵から、マドロス王国の利を提示してもらうことにした。


 宰相は、ゆっくりと大きな声で、王宮に集まった貴族たちにも聞こえるように、ギュイーズ侯爵に問うた。


「ギュイーズ侯爵殿。それでは、我らが旧領回復をあきらめるとして、どのような利がありますかな?」


 ギュイーズ侯爵は、ニコリと上品に笑うと懐から地図を取り出した。

 召使いたちがテーブルを運び込み、ギュイーズ侯爵は地図をテーブルに広げた。


「これは最新の地図です」


 ギュイーズ侯爵が持ち込んだのは、異世界飛行機グースが上空から海岸線を観察しスケッチした情報を、既存の地図に重ね合わせた物で、これまでの地図よりも精巧に出来ていた。


 宰相は地図を見て、うなり声をあげた。


「むうう! これは凄い! よく出来た地図ですな!」


「お褒めいただき恐縮です。宰相閣下。さて、この地図をご覧下さい! キャランフィールドはここ! 旧ニアランド王国の港はここ! 我がギュイーズ侯爵領はここ! そして貴国の港はここです!」


 ギュイーズ侯爵は、地図の上を指で示した。


 マドロス王国貴族たちはテーブルに寄って、地図をのぞき込み、マドロス国王も玉座の上から地図をのぞき込んだ。


「今回の戦争で貴国は大分儲けたのではありませんか?」


「まあ、そこそこ……」


 宰相は、あまいな返事をしたが、マドロス王国北部は、戦争特需に沸き返っていた。

 穀物、日持ちする野菜、果物、干し肉などを求めて、商人が多数訪れているのだ。

 出荷先は、もちろんグンマー連合王国である。


 ギュイーズ侯爵は、戦後の話を始めた。


「この戦争は間もなく終ります。戦争の後、アンジェロ陛下は、交易の促進に力を入れられるでしょう」


「なるほど」


「さて、この地図を見て、何か気が付きませんか?」


「「「「……」」」」


 マドロス国王を筆頭に、マドロス貴族たちは、地図をのぞき込み考えていた。


(何だろう? この地図が戦後と何の関係があるのだろう?)


 ギュイーズ侯爵は、微笑みを浮かべながら地図の上を指で示した。


「大陸南西部の玄関口は、貴国ですな!」


「「「「あっ!」」」」


 グンマー連合王国は、大陸北西部にある。

 交易を広げようと思えば、自然とその先は南と東になる。


 グンマー連合王国が南に交易路を広げようとすれば、マドロス王国は重要な中継拠点になる。

 沢山の商船、軍船がマドロスの港を利用し、数え切れないほどの荷が行き来する。

 得られる利は、計り知れない。


 ギュイーズ侯爵は、サービスとばかりに追加情報を披露した。


「既にアンジェロ陛下は、大陸東部にヤシマ国と交易を始めました」


「なっ!? ヤシマ国!? 東の果てにあると言われるあの国か!? 実在したのか!?」


「ええ。大陸公路を通じて、交易を開始しています。ショウユ、ミソといったヤシマ国の調味料をアンジェロ陛下は、ことのほか気に入られており、戦後は空路で交易量を増やそうとお考えです」


「既に、そこまで……」


 大陸公路でつながっているとはいえ、大陸北西部の人が、大陸東部へ行くことはない。

 文献や噂話でしか知り得ない国と、アンジェロが交易していると聞いて、宰相は驚きを隠せなかった。


 マドロス貴族たちは、頭の中でソロバンをはじいた。

 特に戦争特需にありつけなかった、マドロス王国南部の貴族は、大陸南部との交易で一儲け出来そうだと、ほくそ笑んだ。


 この時点で、旧領回復派の貴族たちは、心変わりをしていたのだ。


 それまで沈黙していたマドロス国王が、口を開いた。


「ギュイーズ侯爵。わかった! マドロスの旧領はあきらめよう。どうやら、交易に精を出した方が良さそうだ」


「ご理解を賜り恐悦至極に存じます。」


「ギュイーズ侯爵。ついでに一つ教えて欲しいが、グンマー連合王国内で我がマドロス王国の影響力を高めるには、どうしたら良いであろうか?」


「それでしたら、仕事の出来る貴族子弟をキャランフィールドへ送れば良いでしょう。アンジェロ陛下は、常に優秀な人材を求めています。そして、アンジェロ陛下の旗下に、貴国出身者が増えれば、自然と貴国の影響力が高まりましょう」


「で、あるか」


 マドロス国王は、宰相に視線を送った。

 ギュイーズ侯爵の言う通りにせよと。


 宰相としても、ギュイーズ侯爵の提案――アンジェロに人材を送る――は、好都合であった。

 カタロニア、エウスコ、アラゴニアの三地方から、逃げてきた貴族や王都の貴族子弟の就職先が確保出来たからだ。


 こうして、ギュイーズ侯爵は、マドロス王国に旧領回復をあきらめさせ、内乱を事前に防いだ。


 帰りの船の中でギュイーズ侯爵は、優雅に紅茶を飲みながら一人つぶやいた。


「あとは……ひ孫の顔を見せてもらうだけだな!」

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