第301話 カタロニア蜂起(橋本元年)と赤獅子族のヴィス
『ドクロザワのソビエト連邦軍で反乱が発生!』
『ソビエト連邦軍は、グンマー連合王国軍に降る!』
――このニュースは、大陸北西部に大きな影響を与えた。
まず、最初に動きがあったのは、カタロニア地方である。
カタロニア地方には、サーベルタイガーテイマーのイネスと赤獅子族のヴィスがいた。
「ヴィス! アンジェロさんが動いたよ!」
「よっしゃ! すぐに動くべ!」
イネスとヴィスたちがリーダーシップをとり、カタロニア人の革命組織が反ソ連の旗を掲げて蜂起した。
段取りを組んでいたのは、グンマー連合王国情報部の『じい』ことルイス・コーゼン伯爵だ。
コーゼン伯爵は、赤獅子族のヴィスと連絡を取り合い、密かに武器や軍資金をカタロニア人の革命組織に渡していたのだ。
密輸ルートは、街道から外れた山の中にある細道だ。
険しく高い山がそびえ立ち、魔物も出る。
人族では踏破出来ないが、コーゼン伯爵は戦闘力の高い獣人や力の強い獣人を雇い入れ、獣人たちに武器や軍資金を運ばせたのだ。
この活動は二月頭に赤獅子族のヴィスが、イネスの手紙を携えてキャランフィールドを訪れた後、すぐに計画し、実行された。
二か月弱の時間で、相当数の武器と大量の軍資金が山を越え、イネスたちカタロニア人革命組織は、ソビエト連邦から離脱する為に準備を整えていた。
――そして。
「時は来た!」
ヴィスとイネスたちは、瞬く間に町を占領し、共産党中央委員会から派遣されていた政治将校たちを捕縛した。
政治将校のアダモヴィッチは、縄で縛られたまま吠えた。
「貴様ら! 裏切ったな!」
「裏切り……そうかもしれないわね……」
イネスは、いつものけだるそうな口調でアダモヴィッチに答えた。
「けどね。私たちカタロニア人は、マドロス王国から独立したかったのさ。カタロニア人の国、自分たちの国を持ちたいと思っていたの」
「独立出来たではないか! 我ら共産党中央委員会の支援によって!」
「いいえ……。ちょっと違うわ。独立したと思ったのもつかの間、カタロニアはアンタたちソ連の従属国にされてしまった……」
「それは……、共産主義革命の大義があるのだから仕方あるまい!」
「ねえ、アダモヴィッチさん。私たちカタロニア人にとって、共産主義だとか、大義だとかは、どうでもいいのよ! 甘い言葉で革命を起こさせて、革命が終ったらオイシイところを独占したのは、あんたら共産党中央委員会だろう! 私たちカタロニア人は、あんたらの奴隷じゃないんだよ!」
イネスの言葉に、カタロニア人たちが一斉に雄叫びを上げた。
「そうだ! 共産主義者は出ていけ!」
「我が祖国! 我が父祖の地カタロニアに自由を!」
「カタロニア万歳!」
その日、カタロニアでは、血生臭い祭りが行われた。
蜂起した兵士と民衆が手を取り合って、踊り、食べ、飲み、そしてアダモヴィッチたち政治将校を次々と処刑した。
イネスは、グンマー連合王国に加入すべく、すぐにカタロニアからドクロザワの町へ向かった。
だが、赤獅子族のヴィスは別行動をとった。
「俺の仕事は、まだ終ってねえからな……」
ヴィスの仕事は、旧マドロス王国各地にいる政治将校たちが、情報を知り動き出す前にカタロニアで起こったことを、他の地方にいち早く伝えることであった。
赤獅子族のヴィスは北上する。
向かったのは、カタロニア地方の北にあるエウスコ地方だ。
エウスコ地方もマドロス王国から独立し、ソビエト連邦に組み込まれた地域である。
ヴィスは、この二か月の間に視察の名目で、何度もエウスコ地方を訪れていたのだ。
屈強な獣人であるヴィスは、カタロニアからエウスコまでアップダウンの激しい山道をあっと言う間に踏破した。
そして、国境で警備の兵に呼び止められた。
「おーい! 止まれ!」
「俺だ! ヴィスだ!」
「おー! ヴィスさんか!」
顔見知りの警備の兵士だった。
警備の兵士は、気安くヴィスに話しかける。
「今日も視察かい?」
「ああ、中央委員会のヤツラは人使いが荒くてよ!」
「ははは! お気の毒だね!」
当たり障りのない会話を続けた後、ヴィスは背中に背負った大きなリュックから、ワインの入った小さな樽と干し肉の束を取り出した。
「おう! これ、いつもの陣中見舞いだ! 後で、お仲間とやってくれ!」
「いつも悪いね……。配給が滞っているから、助かるよ!」
「なーに、イイってことよ! じゃあ、またな!」
このあたりの手管は、『じい』ことコーゼン伯爵の指南によるものだ。
こうして赤獅子族のヴィスは、難なく国境を越えてエウスコ地方に入り、数日後には、エウスコ人の革命組織と合流を果たした。
安全な隠れ家にたどり着くと、エウスコ人のリーダーは、ヴィスを歓迎した。
「ヴィス殿! お役目ご苦労様です!」
「グンマー連合王国が動いたぞ! カタロニアも蜂起して、ソ連を追い出した!」
「ついに!」
ヴィスはテーブルの上に、地図を広げてエウスコ人のリーダーに現状を説明し始めた。
「ドクロザワは……ここだな! この辺りは、もう、グンマー連合王国が抑えた!」
「ソビエト軍は、どうなりましたか?」
「なんでも反乱が起きて、グンマー連合王国に降伏したらしい」
「反乱ですか……?」
エウスコ人のリーダーは、いぶかしむ。
ソビエト連邦では、共産党中央委員会から派遣された政治将校たちが、常に目を光らせている。
反乱など成功するのだろうか……と。
「仕込みだよ! 仕込み! グンマー連合王国のコーゼンっていうじいちゃんがいるんだけど、そのじいちゃんがやり手なのさ!」
「なんと! あのコーゼン伯爵殿が! なるほど、それなら納得です!」
事実は全く違って、酔っぱらいたちの暴走なのだが、赤獅子族のヴィスは、そのことを知らない。
もちろん、エウスコ人のリーダーも知らない。
エウスコ人のリーダーは、コーゼン伯爵を神算鬼謀の名軍師くらいに脳内で美化していた。
さて、コーゼン伯爵は、カタロニア地方と同じ方法で、エウスコ地方にも武器と軍資金を運び入れていた。
エウスコ人たちは、政治将校たちに反旗をひるがえす日を、今か今かと待っていたのだ。
ヴィスからの報せを受けて、エウスコ人たちは蜂起した。
そして、カタロニアと同じように、お祭り騒ぎが起こり、政治将校たちは処刑され、グンマー連合王国に加入することが決定された。
エウスコ人のリーダーは、赤獅子族のヴィスとガッチリ握手した。
「ヴィス殿!」
「おう! おめでとう! じゃあ、俺は次に行くぜ!」
ヴィスは、再び北上する。
エウスコ地方の北にあるアラゴニア地方へ向かった。
もちろん、アラゴニア地方にも、コーゼン伯爵の『仕込み』が行われている。
ヴィスは、エウスコ地方と同じことをした。
アラゴニア地方では同じように、反ソ連の蜂起が起こり、エウスコ地方と同じことが起きた。
赤獅子族のヴィスは、アラゴニア地方を後にして、海沿いを東へ走った。
――そして、四月十二日。
赤獅子族のヴィスは、グンマー連合王国のギュイーズ侯爵と合流を果たした。
ギュイーズ侯爵は、ヴィスからの報告をすぐにキャランフィールドのアンジェロに送るとともに、長距離を単独踏破し各地で蜂起に加わったヴィスを歓待した。
ギュイーズ侯爵の館にある食堂で、疲労困憊のヴィスをもてなす。
「ヴィス君。大変だったね」
「いやあ、まあ、なんつーか、さすがの俺も疲れた……」
ヴィスは、山の多い地方を駆け抜け、秘密が漏れないようにと緊張を続けていた。
大仕事が終わりホッとしたのもあって、椅子にもたれかかっていた。
「そうそう! アンジェロ陛下から、君が来たら食べさせるようにとレシピが送られていてね!」
「へっ!? アンジェロから!?」
「ああ。なんでも君が食べたがっていた料理だそうだよ。ホラ! 料理が来た!」
メイドがヴィスの前に大きな皿を置いた。
そこには、唐揚げが山盛りになっていた。
唐揚げは、ヴィスがアンジェロに『次は食べたい』とリクエストしていた料理だ。
ヴィスは、じっと料理を見て感慨にひたっていた。
同じ日本からの転生者で、『まともな』、『話の出来る』日本人であるアンジェロが、自分を気遣ってくれたことが嬉しかったのだ。
やがて、ヴィスはゆっくりと唐揚げを口に入れた。
ギュイーズ侯爵が用意したのは、魔物肉ではない正真正銘の『鶏の唐揚げ』だった。
魔物がいないで、畜産が盛んな旧メロビクス王大国だからこそ用意出来る『鶏の唐揚げ』は、前世日本で食べた唐揚げと同じ味だった。
ヴィスは、涙を流しながら唐揚げをパクついた。
「おお! うめえ! うめえよ!」
その味は、前世日本で母親が作ってくれた唐揚げと似た味だった。
こうして、旧マドロス王国の三つの地方、カタロニア、エウスコ、アラゴニアは、グンマー連合王国の手に落ちた。
ヴィスの働きと『じい』ことコーゼン伯爵の仕込みがあり、三つの地方で旗が変わるのに要したのは、わずか十日の出来事であった。
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