第300話 ホルモン焼き開発物語(300話記念閑話)

 ドクロザワの南にある赤軍砦が陥落した。


 兵士たちが反乱を起こし、砦の門を開け投降したのだ。

 ソビエト連邦の政治将校たちは、下半身スッポンポンにされ木につながれた。


 そのまま、俺たちグンマー連合王国軍は、大宴会に突入した。

 投降してきた兵士たちも一緒だ。


 エールの樽が次々と開けられ、いつの間にかドクロザワの町から屋台も出張ってきた。


 ルーナ先生のホルモン焼きも大好評だ。

 パンチの効いた味のおかげで、冷えたエールが進むのだろう。


 ローデンバッハ子爵が、ホルモン焼きをツマミながら話しかけてきた。


「いやあ、アンジェロ陛下。このホルモン焼きというのは、エールとよく合いますな! これは何の肉でしょう?」


「ローデンバッハ子爵が今食べているのは、シロですね」


「シロ?」


「シロは、オークの大腸です。プリプリして美味しいでしょう? ホルモン焼きは、魔物や家畜の内臓を丁寧に下処理して――」


 俺はローデンバッハ子爵にホルモン焼きの説明を始めたのだが、ローデンバッハ子爵は酔いが冷めたらしい。


 ローデンバッハ子爵の周りでホルモン焼きを食べていた兵士たちも、ギョッとした顔をしている。


 まあ、無理もない。

 魔物肉を食べる地域でも、魔物の内臓は食べないからな。


「陛下……。何てモノを食わすのですか……」


「でも、美味しいでしょう?」


「ええと……。はい……」


 俺はローデンバッハ子爵の抗議を、サラリと受け流した。

 ホルモンを食べ慣れていないだけで、食べ慣れてしまえばよいのだ。


「ホルモンは、体に良いですよ! 味も良くて、栄養たっぷり! みんな食べ慣れないだけだから!」


「はあ……。よくこんな料理を考えつきましたね……」


「そりゃ、食肉が不足したからね。『何とかしよう』の一念だったよ」


 俺は、ルーナ先生とホルモン焼き完成までの道のりを思い出していた。

 それは、まさにゴールデン・ホルモン・ロードとでも呼ぶべき童貞であった。



 それは、二か月ちょっと前、一月初旬のことだ。


 キャランフィールドの執務室で、アリーさんが頭を抱えていた。

 アリーさんは、ギュイーズ侯爵の孫娘で、俺の婚約者だ。

 非常に優秀な人物でもある。


 俺はアリーさんに声をかけた。


「アリーさん。どうしましたか?」


「困りましたわ。食料が足りません。小麦は足りていますが、お肉が足りませんわ」


「肉ですか……、それは不味いですね」


 パンがあっても、肉がなければ、兵士の不満が溜まる。

 かといって、後方の民衆が食べる分を取り上げて、前線の兵士に回せば、後方が不安定になってしまう。


 なるほど、アリーさんが頭を抱えるわけだ。


「年末にアンジェロ様たちが、ベロイア王国を救いましたが、ベロイア王国からお肉を輸入出来ないかしら? 」


「うーん……。カール国王の所か……。あそこは羊が沢山いるけれど、羊毛用の羊だからね……。ベロイア王国は、羊毛が主力産業だから食肉にするわけには……」


「いかないですわね……。魔物はどうですの?」


「ダメ。ベロイア王国は、スライム系の魔物が多い地域なんだ。食べられる魔物は少ないですよ」


「うーん、そうですの……」


 これは何とかしなければ!



 ――翌日!


 俺、ルーナ先生、黒丸師匠、ホレックのおっちゃん、白狼族のサラ、リス族のキューが、キャランフィールド郊外の荒れ地に集まった。


 目の前には、解体したオークの売れない部位がドンと置かれている。

 サラが、両腕を頭の後ろに組んで不思議な顔をした。


「なあ、アンジェロ。オマエの言う通り、オークを狩ってきたけど……。欲しかったのは、コレなのか?」


「そうだよ。ありがとう。サラ」


 オークは可食部位が多い魔物で、解体した後、かなりの部位を冒険者ギルドが買い取っている。

 しかし、内蔵と頭は、冒険者ギルドは買い取らず、廃棄しているのだ。


 黒丸師匠が顔を引きつらせて聞いてきた。


「アンジェロ少年! 待つのである! 新しい料理を作ると聞いたのであるが……、まさか……」


「ええ。魔物の内臓などを使った料理です」


「「「「「うえ~!」」」」」


 全員一斉に拒否反応を示した。


 そんなにダメかね?

 前世で日本人だった頃は、焼き肉でミノだの、ハツだの食べたし、ホルモン焼きも食べに行った。

 レバニラ炒めも好きだったな。


 だが、この異世界の人たちは、内臓料理に忌避感があるらしい。

 美味しいのに!


「食わぬなら、食わせてみよう、内臓料理!」


「アンジェロ少年! 不吉なことを口にしてはいけないのである!」


「そう、アンジェロ! 私は、そんな弟子に育てた覚えはない!」


「いや……アンジェロの兄ちゃん……。鉄板は、その為に作らせたのかよ……」


「アンジェロ! オマエ! 考え直せ! 腹を壊すぞ!」


「アンジェロ陛下……魔物に詳しい我らリス族も、内臓は捨てます! 食べ物ではありません! ご指示をいただいて解体してみれば、まさか内臓を食べるとは……」


 非難剛毛だな。

 だが、食肉が不足しているのだ。

 婚約者である『キレイなお姉さん』ことアリーさんを悩ませてはいけない。


「何を言っているのですか! 今、グンマー連合王国は、のるかそるかの瀬戸際ですよ! 食肉不足で、前線の兵士に届ける肉が足らないのです!」


 俺が一喝すると、みんな目を横にそらした。

 だが、黒丸師匠は、内臓料理がよほど嫌なのか言い返してきた。


「アンジェロ少年! しかしである! 最前線に魔物の内臓など送っては、兵士たちが怒り出すのである! やめた方が良いのである!」


「いや、前線には普通の肉を送りますよ。干し肉か燻製にすれば、前線まで保つでしょう」


「そうなのであるか?」


「ええ。内臓を食べるのは、キャランフィールドに住む人たちです。黒丸師匠には、率先して食べていただいて、冒険者ギルドで宣伝してもらいたいです」


「なお悪いのである!」


 黒丸師匠は、プンスカ怒りだしたが、気にしてはいられない。

 前線に肉を送らなければならないのだ!


 俺が今日作ろうと思っているのは、ホルモン焼き。

 前世、動画サイトで見た大阪西成の立ち飲み屋台の料理だ。


 ここキャランフィールドは、荒っぽい人が多い。


 魔物を狩る冒険者。

 港で船に荷物の積み下ろしをする肉体労働者。

 ホレック工房で働く鍛冶師や鍛冶師見習い。


 体を動かし、汗をかくハードワーカーが沢山いる。


 仕事終りにエールと一緒にホルモン焼き……絶対にウケると思う。


 俺は土魔法でキャンプ場によくあるコンロを作って、コンロの上に鉄板をセットした。


 ホレックのおっちゃんに作らせた、金属製のコテ――お好み焼きを引っくり返すヤツ――をカチンカチンと打ち合わせて早速料理を始めた。


「今日、作るのは、ホルモン焼きね。ほら、これが、特製のタレだよ」


 マジックバッグから、昨晩作っておいたホルモン焼き用のタレを出す。

 まずは、熱した鉄板にジャバーっとタレをかける。

 タレがプクプクと沸騰して、美味そうな匂いを漂わせ出した。


 ホレックのおっちゃんが鼻をひくつかせる。


「アンジェロの兄ちゃん……。美味そうな臭いだな……」


「東方から取り寄せたショウユをベースに、白ワイン、リンゴなど果物をすりつぶして混ぜて、砂糖で甘みをつけたよ。仕上げにニンニクのすりおろしをタップリ、サイターマ産の唐辛子をドバーっと! 味見する?」


「頼むわ!」


 鉄板の上で泡立つ特製タレをスプーンですくって、ホレックのおっちゃんに渡す。

 タレを口にすると、ホレックのおっちゃんの顔がにんまりした。


「これはエールが欲しくなる味だな!」


「でしょ! ホルモン焼きって料理だよ。期待して……」


「おお!」


 まずは、一人!

 ホレックのおっちゃんが味方になった。


 さて、最初は何から焼こうか……。


 まずは、レバーからいこう!


 俺はオークのレバーを特製のタレが泡立つ鉄板の上に投下した。

 ジュワっと音がして、煙が立ち上る。


 コンロの火は、俺の火魔法だ。

 魔力を注いで、火力を上げ、鉄板の温度を上げる。


 カツン! カツン! と金属製のコテを使って、鉄板の上でレバーを踊らせる。

 イイ感じに焼けてきた!


 レバーを口に運ぶと、トロッとした濃厚な味が口に広がった。


「ああ! 美味い!」


 ホレックのおっちゃんも、レバーをつまむ。


「おお! パンチが効いてやがるな! こりゃたまんねえ! エールをいただくぜ!」


 ホレックのおっちゃんは、腰にぶら下げたマジックバッグからエール樽を取り出して、一人でやり始めた。


 ホレックのおっちゃんの様子を見て、黒丸師匠がソワソワする。


「そんなに美味いのであるか?」


「ええ。黒丸師匠もどうぞ」


「では……。おお! これは! 美味いのである! ホレック! それがしにもエールなのである!」


 黒丸師匠とホレックのおっちゃんは、酒盛りモードに入ったようだ。

 俺は続いて、シロ――オークの大腸の切り身――を焼く。


「今、焼いているのはシロといって、このプリプリした所にコラーゲンがあります。コラーゲンは、美肌効果があって――」


「食べる!」


 今度はルーナ先生が釣れた!


 超長寿のハイエルフといえども、お肌のコンディションは気になるのだろう。

 ルーナ先生も、やっぱり女性だったんだな!

 ちょっと安心した。


 だが、白狼族のサラとリス族のキューは、さっきからまったくホルモン焼きに興味を示さない。


「サラ! キューちゃん! 食べてみれば?」


「うーん……」

「いや……ちょっと……」


 二人は乗り気でない。


 何がそんなにダメなのだろう? と考えていたら、ルーナ先生が気付いた。


「アンジェロ。ホルモン焼きは、獣人にとって臭いのキツい料理だと思う」


「えっ!? 下処理はよく出来ていると思いますが……」


 リス族のキューが、下処理をしてくれたホルモンは、俺の指示通りにやってくれたみたいで、キレイな状態だった。


 少なくとも俺は、まったく臭いを感じなかったが……。


「獣人は、我々より嗅覚が鋭い。我々が感じない臭いを、獣人は感じるのかもしれない」


「なるほど……そうか……」


 それは、困ったな。

 キャランフィールドに獣人はかなりいる。


 白狼族、リス族、熊族の獣人三族だけでなく、パイロット候補の狐族、力仕事を請け負う鹿族がいる。

 その他各地から力自慢や腕自慢の獣人が、仕事を求めてキャランフィールドにやってくるのだ。


 彼らが消費する肉の量もバカにならない。

 出来ればホルモンを食してもらいたいのだが……。


「アンジェロ。リジュの葉を臭い消しに使ってみたら? 一緒に炒めれば、臭いが飛ぶと思う」


「なるほど!」


 リジュの葉は、この異世界の野草で魔の森に沢山生えている。

 見た目は大葉に似ていて、味は生姜に近い。

 焼いた肉をリジュの葉に挟んで食べたりする。


「アンジェロ。リジュの葉を出して。今度は、私がやってみよう」


 ルーナ先生と交代だ。

 俺はアイテムボックスから、リジュの葉を束で取り出しルーナ先生に渡す。


 ルーナ先生は、束から五枚リジュの葉を引き抜くと、鉄板に落とし金属製のコテで器用にリジュの葉を切り刻んだ。


 カツン!


 カツン!


 いい音を立てて、ルーナ先生がレバーを鉄板で焼く。

 今回はリジュの葉も一緒で、特製タレも俺の時より多めに入れている。


「あ! これなら食べられそう!」

「そうですね! あの嫌な臭いがしないです!」


 焼けたところで、二人がレバーをつまんで口に放り込んだ。


「ウメエ! プリプリしてるぞ!」

「フオオオ! まさか、内臓がこんなに美味しいとは!」


 二人に続いて、俺もレバーを食べてみたが、なるほど、リジュの葉と一緒に焼いた方が、クセがなくなって食べやすい味になる。


 これで食肉不足も解決だ!


 この後、俺はカシラ、つまりオークのこめかみの肉を食べ、他のホルモン部位が食べられないかルーナ先生と試行錯誤を重ねた。


 ガツは、醤油。

 タンは、ミソ。


 ルーナ先生が、部位ごとに違った味付けをすることを考えつき、俺が日本で見たホルモン焼きとちょっと違ってきたが、魔物の可食部位が増えた。


 こうしてキャランフィールドの街に、新たな名物料理『ホルモン焼き』が誕生した。


 黒丸師匠が引退した冒険者の仕事として屋台のホルモン焼きを推奨し、各地からイカツイ顔の元冒険者が集まってきた。


 彼らはホルモン親父と呼ばれ、屋台に来た若い冒険者にホルモン焼きとエールを売ると同時に、過去の冒険話や冒険者ノウハウを教えるのだった。


 ちなみに、食肉不足は、ブルムント地方を営業エリアにする商人ベルントが、ブルムントから大量の魔物の肉を定期的に仕入れたことで、徐々に解消されたのであった。

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