第299話 良いオファーとロクデモナイオファー
ホレックのおっちゃんが、赤軍砦へ向かって叫び始めた。
「こら~! 俺は、カマン・ホレックだ~! オマエらの作った鉄砲を、このホレック様が作ると、どうなるか~! よ~く、見やがれ~!」
酔っ払いだから、無駄に声がデカい。
ホレックのおっちゃんは、赤軍砦から俺の方へ向き直る。
「よし! アンジェロの兄ちゃん! 一発かましてやれ!」
「えっ!?」
「えっ!? じゃ、ねーよ! ナニ呆けた顔をしてやがる! あの砦に魔銃で一発ブチ込んでやれ!」
「ええっ!? ホレックのおっちゃん! 酔いすぎだよ!」
「これくらいの酒で酔うものかよ! いいから撃てよ!」
いや、確実に酔っ払っているだろう。
ここは、いつも冷静沈着なじいにおさめてもらおう。
「じい!」
「撃ちましょう!」
じい、オマエもか!
イイ感じの赤ら顔で、じいが赤軍砦を指さす。
酔った勢いで開戦?
いいのか?
俺は迷ったが、ホレックのおっちゃんとじいがうるさいので、魔銃をアイテムボックスから取り出した。
膝立ちになり魔銃を構える。
赤軍砦までは距離がある。
ここから砦の外壁に着弾させるのは厳しい……。
俺は赤軍砦の手前に立つ大きなもみの木に狙いを定めだ。
あのもみの木を吹き飛ばせば、デモンストレーションとしては十分だろう。
「ホレックのおっちゃん! いつでも撃てるよ!」
「よーし! アンジェロの兄ちゃん! ぶちかませ!」
「狙い撃つぜ!」
乾いた発射音が響き、火薬の臭いがした。
発射されたミスリルコーティングの弾丸は、ミスリル特有の青白い色をした弾道を残しながら目標に着弾した。
弾丸に刻まれた爆裂式火魔法と埋め込まれた魔石が反応する。
ドン! と大きな音とともに、暗闇の中で爆発が起こった。
「おお! 命中したな!」
ホレックのおっちゃんが手を叩いて喜ぶ。
俺の後ろで酒盛りしている連中も大喜びだ。
魔銃の弾丸が命中したもみの大木は、メキメキと音を立てて倒れ、派手に燃え上がった。
「どうだ~! 見たか~! テメエらの鉄砲なんざ、ゴブリンの小便みたいなモンだ! 明日になったら、今のを山のように打ち込んでやるからな~! さっさと降参しやがれ!」
エールの入った木のカップを片手に、ホレックのおっちゃんは絶好調だ。
だが、悪くない降伏勧告だ。
続いて、じいが赤軍砦へ向かって叫んだ。
「ワシは、コーゼン伯爵じゃ! 砦に立てこもるミスル人兵士たちよ! ワシは、お主たちに同情しておる。お主たちは、政治将校たちに命令されているだけじゃろ?」
じい、上手いな!
赤軍兵士たちに責任はないと告げることで、兵士たちが降伏しやすいように話をもっていった。
一呼吸、兵士たちに考える間を与えてから、じいは降伏勧告を続けた。
「だから、お主たち兵士には罪はない! ワシらは、お主たちの降伏を受け入れるぞ! 罪には問わん! だから、砦の門を開けて出てくるのじゃ!」
お次は、兵士と政治将校の分断に出た。
悪いのはあくまで政治将校……、兵士に罪はない……。
そう呼びかけることで、砦内部を兵士と政治将校の二派に分断したのだ。
さすがは情報部の責任者、この手のことは大得意だな。
「それとじゃ……。政治将校たちの首も大歓迎じゃ! もし、政治将校が降伏の邪魔をするようなら、首をはねてしまえ! 首をはねたら、褒美を取らすぞ!」
じいは、最後にえげつない提案を砦の兵士たちに出した。
あくまで、上手くいけばだが……これから赤軍砦で、殺気立った兵士たちが、政治将校を取り囲み『降伏か! 死か!』と決断を促すことだろう。
多分、今、俺は人の悪い笑みを浮かべている。
暗くて良かった。
「じい、良い降伏勧告だったよ!」
「ありがとうございます。勝手に進めて申し訳ありません」
「構わない。赤軍砦を無力化して、ドクロザワ周辺を制圧するのが、戦略目標だ。手段は問わないよ」
俺がじいをねぎらっていると、シメイ伯爵がぬうっと首を突っ込んできた。
「アンジェロ陛下、本当ですね? 手段は問わないのですね? ああ! いいこと聞いちゃった!」
「ちょっと……シメイ伯爵!」
ナニをする気だ!?
シメイ伯爵は、砦に向かって野太い声で呼びかけ始めた。
「おーい! 砦の兵士諸君! 聞いてくれ! 政治将校を捕らえて差し出したヤツには、両手一杯の銀貨をやろう!」
なるほど! 良い提案だ!
インセンティブがあった方が、反乱が起こる確率は高くなるだろう。
それに味方を殺さないで済むとなれば、グッと反乱のハードルは下がる。
俺はシメイ伯爵を褒めようとしたが、シメイ伯爵は砦に向かって呼びかけ続けた。
「政治将校のズボンをはぎ取ったやつには、兜一杯の銀貨をやろう!」
「ちょっと待て! ズボンは関係ないだろう!」
俺はシメイ伯爵を止めようとしたが、シメイ伯爵は止まらなかった。
調子に乗り、酒が入っていることもあって、更なるオファーを赤軍砦の兵士に出すのだ。
「政治将校の下着をはぎ取り、チンコ丸出しに仕上げた勇者には、山盛りの銀貨をやろう!」
「オイ! 何だ! その約束は!」
降伏した兵士に銀貨を与えるのは構わない。
だが、ズボンであるとか、チンコ丸出しであるとか、国としての品位が問われるだろう!
かといって、前言撤回というわけにもいかない。
俺が対応に苦慮していると、黒丸師匠とルーナ先生も調子に乗って叫び始めた。
「そうである! 下着をはぎ取って、金持ちになるのである! 今がチャンスである!」
「ズボンを脱いで出てきなさーい! 銀貨は、グンマー連合王国のアンジェロ陛下が約束する! 」
「ルーナ先生! 勝手に変な約束をしないで下さい!」
だめだ!
みんな酔っ払っているから、ノリで適当なことばかり言う。
俺がルーナ先生の口をふさいで、止めようとしても、シメイ伯爵や黒丸師匠が、どうしようもない提案を赤軍砦に呼びかけ続ける。
頼みの綱のじいは、酔い潰れて寝っ転がっているし、この地獄は止まらないのか……。
エールとホルモン焼きがいけなかったのだろう……。
しばらくして、黒丸師匠が気付いた。
「おっ! 砦の中で動きがあるのである!」
耳を澄ますと、赤軍砦の中から騒ぎ声で聞こえてくる。
これは……兵士による反乱か?
そして、ついに赤軍砦の門が開いた。
「オーイ! 俺たちは、降伏する! 攻撃するな! 降伏だ!」
門から、兵士たちが続々と出てきた。
両手を振って、戦意がないことを示している。
そして、ロープに縛られた政治将校たちが次々に引っ張られて来た……。
来たが……。
「ギャハハハ! チンコ丸出し! ギャハハハ!」
シメイ伯爵が大喜びだ。
ルーナ先生、黒丸師匠、ホレックのおっちゃんも大爆笑、ローデンバッハ子爵とポニャトフスキ男爵も腹を抱えている。
政治将校たちは、酔っ払いたちの宴会の余興扱い。
本当に気の毒だ。
俺は心の中で手を合わせながら、銀貨を兵士たちに配るのであった。
こうして赤軍砦は陥落し、ドクロザワ周辺から赤軍はいなくなった。
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