第298話 ホルモン焼きは、西成の流儀で

 俺たちは、ドクロザワの町を抜けて、町の南側にある防壁に来た。

 この防壁は、土魔法で生成した即席の防壁だが、厚みがあるので防壁の上に上ることが出来る。


 防壁の上に上がると、敵の砦が一望出来た。


 敵赤軍の砦は即席で素人が作ったのが丸わかりの出来で、砦の形がいびつだ。

 防壁は切り出した丸太を組んだだけだが、無駄に頑丈そうだ。


 これは力押しだと、手こずりそうだな……。


 嫌な予感はするが、ローデンバッハ子爵がシメイ伯爵と実行している策略に期待したい。


 シメイ伯爵はどこにいるのかなと探してみると、大胆にも防壁の外にいた。

 何と料理をしている!


 ドラゴニュートの黒丸師匠が、ワニっぽい鼻をヒクヒクと動かす。


「料理中であるな! 良い匂いがするのである!」


 シメイ伯爵がいる防壁の外に来てみると、ちょっとしたアウトドアクッキング大会になっていた。


 シメイ伯爵がトングを手に魔物の肉を焼き、シメイ伯爵領のオバちゃんたちがグラグラと野菜スープを煮込んでいる。

 ご丁寧に石釜まで設えて、パン職人にパンまで焼かせている始末だ。


 あたりには、肉の焼ける匂い、野菜を煮込んだスープの匂い、そして焼きたてのパンの匂いが充満している。


 贅沢に香辛料もタップリ使ってやがる!

 肉の上で踊るコショウが香ばしいぞ!


 料理する一同の後ろには、魔法使いのミオさんがいる。

 ミオさんは、元はメロビクス王大国でハジメ・マツバヤシに仕えていた人だ。

 今は、ポニャトフスキ男爵の奥様になっている。


 それで、魔法使いのミオさんが、風魔法を使って赤軍が立てこもる砦の方へ、料理の匂いを煙と共に流している。


 焼き鳥屋や鰻屋が、やる手だな。

 あれは美味しそうに感じる。


 じいが、呆れて声をあげた。


「敵を挑発するにも、ほどがありますじゃ!」


 ルーナ先生は、マジックバッグから鉄板を取り出すと料理合戦に参加しだした。


「私はホルモン焼きを作る!」


 ホルモン焼きは、最近、俺とルーナ先生とで開発した地球料理で、魔物の内臓を使う。

 パンチの効いた味は、大阪は西成の流儀!

 酒にあうこと間違いなし!


 そして、すかさず黒丸師匠とホレックのおっちゃんが、酒を飲み始めた。

 まだ、明るいウチから飲み出すのも、西成の流儀!


「今日も元気だ、エールが美味いのである!」

「ああ、染みるなあ! どっかで、この干物を焼いてもらえねえかな?」


 あーあ、じいが怖い顔してにらんでいる。

 知ーらない!


 シメイ伯爵が網の上で焼ける肉を、トングでひっくり返しながら、俺に挨拶をした。


「いやあ! アンジェロ陛下! ごぶさたですね! 陛下が前線に出張って来たってことは、攻勢に出るのでしょう?」


 ニカリとイイ感じの笑顔を向ける。

 ホント、このおっさんだけは、憎めない。

 得な人柄だ。


 俺はマジックバッグから、オーク肉を取り出し、網の上にのせた。

 俺も育ち盛りだから、もちろん食うぞ!


 シメイ伯爵が、トングを渡してきたので、二人で並んで肉を焼きながら会話する。


「シメイ伯爵の言う通り、いよいよ攻勢だ! 色々と準備をして来たが、そろそろ良いだろう」


「では、最初はドクロザワから?」


「ああ。ドクロザワは、東西南北の結節点だ。この辺り一帯を抑えれば、ソ連はカタロニア地方との連絡線を一つ失う」


 俺はトングで肉を並べながら、シメイ伯爵に説明を始めた。


 ソ連からカタロニアへ通じる道は他にもあるが、砂漠越えのルートになる。


 ゆえに、ドクロザワから南を圧迫してカタロニアに通じる街道を使えなくすれば、ソ連本体と共産主義革命が起きた三つの地方、すなわち旧マドロス王国のカタロニア地方、エウスコ地方、アラゴニア地方を分断出来るのだ。


 俺の説明が終ると、シメイ伯爵はカタロニア地方にあたる肉を拾い上げて口に放り込んだ。


「アツツ! なるほど、狙いはカタロニア……アツ!」


 すると、じいが横からフォークで、エウスコ地方の肉を奪い口に運んだ。


「最初はカタロニアじゃ……アツ! エウスコ地方、アラゴニア地方も落としてみせよう。細工は流流仕上げを御覧じろじゃ……アフッ! アツ!」


「なるほど。仕込み済みというわけですか、怖い! 怖い!」


 シメイ伯爵とじいは、熱々の魔物肉をエールで胃袋に流し込んだ。


 美味そうだな……。

 最近、エールが飲みたいのは、体が成長したせいか、仕事が忙しいストレスのせいか……。


 俺もエールが入った木のカップに手を伸ばしたが、じいに『まだ、早いですじゃ!』と止められてしまった。


 そばでは、ルーナ先生、黒丸師匠、ホレックのおっちゃんたちが、鉄板の上のホルモン焼きをつつきながら、立ったままエールをあおっている。


 ローデンバッハ子爵とポニャトフスキ男爵も、参加したそうな顔をしている。

 二人が暗黒面に落ちるのも、時間の問題だな。


 そして、暗黒面に落ちたがっている人は、他にもいる。

 向かいの赤軍砦から、顔をのぞかしている赤軍兵士諸君だ。


 料理の匂いと酒盛りの喧噪に、まんまと釣られている。

 連中わかりやすいなー!


 さて、問題は……、敵に対する作戦は、これなのか?

 俺はシメイ伯爵に聞く。


「焼き肉の匂い作戦は、前もやったよな?」


「ええ、今回は少しアレンジをしています。ほら、あれです!」


 シメイ伯爵が指差す方を見ると、ミスル人が五人ほどいた。

 ソ連から逃げてきた連中だろう。


「続いて、呼びかけ作戦スタート!」


 シメイ伯爵が合図を送ると、五人はソ連が築いた赤軍砦に向かって叫び出した。

 特に年輩の女の人が、哀しみのこもった声を絞り上げている。


「アメス! お母さんだよ! そこにいるのかい! ご飯は食べているのかい! お母さんは心配だよ! 出てきておくれ!」


 お母さんの声が、風魔法で生成された風にのって、赤軍砦に届いたのだろう。

 何人かの男性が、顔をうつむかせたのが見えた。


 つまり、これは……泣き落としかよ!


 俺は半ば呆れたが、シメイ伯爵、ローデンバッハ子爵、ポニャトフスキ男爵は、ニヤニヤ笑って『呼びかけ作戦』の様子を眺めている。


 ミスル人たちの呼びかけが続く。


「俺だー! メメトだー! こっちにはメシを食わせてもらえるし、仕事も沢山あるぞ! 今日は、銀貨をもらったから何に使うか楽しみなんだー!」


 続いて若い男が叫び出した。


「オマエらもこっちに来いよー! スキを見つけて逃げてこい!」


 俺が口を開けて見ていると、ポニャトフスキ男爵が、俺のそばによってきて説明を始めた。


「あの二人は、砦から脱走して来たのですよ。そこで我々が、食事を与え、仕事を与えました。脱走した者たちには、安定した暮らしを送ってもらっています」


 ポニャトフスキ男爵が、頬を片側だけつり上げて、人の悪い笑みを浮かべた。


 なるほど!


 あの若い男は、自慢話をしているだけだが、全て事実だ。

 それだけに、言葉に説得力がある。


 これなら、次の脱走を促進するだろう。


 最初は古典的かと思ったけれど、これは相当、敵の士気を落とすな……。


 ポニャトフスキ男爵が、話を続ける。


「これまで百人を超える脱走者を受け入れました。砦内部の士気は、ダダ下がりだそうです」


「いいね! このまま、赤軍砦は自壊するかな?」


「それは難しいかと。政治将校たちの監視もキツく、兵士たちは脱走したいのに、なかなかチャンスがないと、脱走に成功した兵士が申しておりました」


 どうやら政治将校たちは、心が折れていないらしい。


「じゃあ、あとひと押しか……。政治将校たちを屈服させるか、兵士たちが内乱でも起こすか……」


「はい。もう、一押し欲しいですな」


 話しているウチに日が暮れた。

 辺りは暗くなり、バーベキューの火が赤々と酒盛りを照らす。


 ホレックのおっちゃんが、真っ赤な顔で幸せそうにエールを流し込んでいる。


 赤軍砦からも、さぞよく見えることだろう。

 呼びかけも、暗い中でやられると、心に響きやすいのだろう。


 なのに心が折れないか……。


 砦からは散発的に鉄砲の発射音が聞こえる。

 腹立ち紛れに、こちらへ向けて撃っているのだ。

 だが、距離があるから、赤軍の原始的な鉄砲では届かない。


 暗闇に発射音が空しく響くだけだ。


 俺は鉄砲の発射音を聞いているうちに気が付いた。


「そうか……。赤軍の政治将校たちは、鉄砲という新兵器があるから強気なのか!」


 俺が思わず口にした言葉に、ホレックのおっちゃんが反応した。


「なにい~? 鉄砲がどうしたって~?」


 やべえ! ホレックのおっちゃん、エールが効き過ぎて気持ちよくなってやがる!

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