第293話 オマエはクビだ! と言えない国
仕事をサボる人がいる。
どの世界でも起こり得る問題だ。
普通の国ならサボる人を解雇、つまりクビにすることが出来る。
しかし、共産主義国では、そうはいかない。
財務委員長、商務委員長、民生委員長の三人は、そのことをすぐに理解出来たがゆえに、頭を抱えたのだった。
やがて商務委員長が、民生委員長に提案をした。
「多少給料にメリハリをつけてみては? よく働く者には、精勤手当を出すとか、無理のない範囲で昇級するとか……」
共産主義といっても、国民全員が一律同じ給料というわけではない。
理念としては、国民全員が同じように働き、国民全員が同じ報酬を受け取る仕組みだが、現実としてキツイ仕事や危険な仕事もあれば、比較的楽な仕事もあるので、仕事内容によって報酬の多寡が発生する。
商務委員長は、労働意欲を高めるために、よく働く者には、能力給や手当を支給する『アメ』を用意しろと言っているのだ。
だが、民生委員長は、頭を振った。
「既に、やっている! それでも、サボる人間が増えているのだ!」
「それは……なぜです? 働けば給料が増えるのに、なぜサボるのですか?」
「商務委員長! そんな真面目なヤツは、手当がなくても、ちゃんと働くのですよ。私が問題にしているのは、怠け根性の連中です! 働かなくても、給料はもらえるし、クビにならない……となれば、手を抜く者が出るのはわかるでしょう?」
「それは! そうですね……」
ここに座っている三人は、元々ミスル王国のミスリル鉱山で働いていたのだ。つまり元労働者で、現場のことをよくわかっている。
誰もが真面目で理想的な労働者であるわけではないのだ。
民生委員長と商務委員長が、腕を組んでうなっていると、それまで黙っていた財務委員長が口を開き、ボソリとつぶやいた。
「奴隷頭を置くしかあるまい」
「「!」」
民生委員長と商務委員長は、ギョッとして財務委員長の顔をのぞき込んだ。財務委員長の表情には、どこか暗い影が感じられた。
商務委員長は、強い口調で聞き返す。
「同志財務委員長! ご自分が何をおっしゃっているのか、わかっているのですか?」
「わかっている。だが、他に手はあるまい?」
「断固異議を申し立てます! 我々が革命を起こしたのは……、共産主義の旗を掲げたのは……、平等かつ公平な世を目指したからではありませんか! それなのに……奴隷頭など!」
奴隷頭は、奴隷を監督する係のことだ。仕事をサボる奴隷には、容赦なく罰を与える。奴隷の中から主人に従順な者が選ばれ、他の奴隷とは違う好待遇が与えられるのだ。
一種の分割統治手法である。
奴隷頭は、自分に好待遇を与えてくれる主人に忠義を尽くし、奴隷は、自分に罰を与える奴隷頭を憎むので、奴隷の憎悪が主人に向かない。
ミスリル鉱山で働いていた三人は、当然奴隷頭が何かを知っている。国民が、みな公平で平等という、共産主義と相容れない存在なのだ。
だから、商務委員長は、強く反発をした。
しかし、民生委員長は、ため息とともに財務委員長の提案を受け入れた。
「それしかありませんな」
「同志民生委員長! あなたまで!?」
「仕方がないでしょう? どうやってもサボる人間は出てくるのだ。なら、罰を与えて働くように仕向けなければ、職場が崩壊してしまう」
「ですが、奴隷頭は――」
「いや、それは言葉の問題でしょう? 何か別の呼び方を考えれば……。例えば、労働管理官とか? これからは、サボる人間がいたら労働管理官にムチを打たせましょう」
商務委員長は、心の中で嘆いた。
(呼び方が変わっただけで、やることは奴隷頭と同じではないか!)
だが、『アメ』が効かないなら、『ムチ』を与えるしかない。そして、共産主義では『解雇』、『クビ』という『ムチ』がない。
なぜなら共産主義では、全国民が共産党の指導のもとに働くからだ。『クビ』や『解雇』のしようがない。
それでも、クビにするとなると、国外追放――つまり労働力の流出になってしまう。
であれば、『物理的なムチを振るうしかない』、『罰を与えるしかない』、と商務委員長も認めざるを得なかった。
だが、財務委員長の過激発言は、奴隷頭導入にとどまらなかった。
「いっそ、我らが王侯貴族に代われば良いのでは?」
「「……」」
財務委員長の言葉に、商務委員長と民生委員長が固まってしまった。
やがて、再起動した商務委員長が声を荒げ、テーブルを拳で叩いた。
「バカな! 共産主義の理想はどこへ行った! 我々は王や貴族の圧政から、民衆を解放するために立ち上がったのではないか! 平等! 公平! その実現の為に、血を流したのだ! 同志財務委員長! あなたは、どういうつもりで――」
だが、財務委員長は商務委員長の言葉を途中で遮った。立ち上がり、商務委員長よりも強くテーブルを叩き、本音を吐き出した。
「理想論は! もう! 沢山だ!」
「なっ……! 同志財務委員長……」
財務委員長がストレスのあまり乱心したと商務委員長は思った。だが、そうではなかった。財務委員長は、目に暗さを漂わせたまま話し続けた。
「こうなったら本音で話そうじゃないか、同志! 我々は革命を起こした。そして共産主義国を造った。だが、現実に国家運営は行き詰まっている。我が国は、破綻寸前だ! 違うかね?」
「「……」」
「どうなのだ? 同志! 違うかね!」
「「違わない……」」
「で、あればだ! 我々は、どうやって国を維持していくか考えねばならない。幸い我々には、仰ぐべき旗がある。共産主義という旗が! そして、同志スターリンを王として仰ぎ、我々共産党幹部が貴族として国民を管理する。これでどうだ? 国家を維持出来るぞ!」
「同志財務委員長……。それでは、王や貴族が入れ替わっただけではないか」
「そうだ。だが、国を維持することは出来る。嫌か? なら、グンマー連合王国に降参するか? 我々幹部は、縛り首だぞ……」
「「……」」
結局、財務委員長の主張が受け入れられた。
この会議の内容は、ソビエト連邦トップのヨシフ・スターリン書記長にも受け入れられ、ソビエト連邦では国民への監視が強化され、何かあれば容赦なく罰が与えられるようになった。
ソビエト連邦は、看板としては共産主義を掲げつつも、内実はヨシフ・スターリン王国となったのである。
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