第289話 赤いきつね!

 ブンゴ隊長率いるブンゴ隊は、砂漠の狐作戦を実行中であった。

 荒れ地から砂漠地帯に入った。


「「「「「「待て~!」」」」」」


「待たないッス~♪」


 三台のケッテンクラートに分乗したブンゴ隊を、ソビエト軍の騎馬隊が追走していた。

 ソビエト軍騎馬隊の隊長が吠える。


「我こそは! 赤いきつねと恐れられた! キンバーチ・タッケンダーである! いざ、尋常に勝負!」


「嫌ッス!」


 赤いきつねの二つ名を持つキンバーチ隊長の名乗りを、あっさりスルーしたブンゴ隊長であった。


 なぜなら、ブンゴ隊長たちに下された作戦は、戦うことだけが目的ではないのだ。敵の物資を強奪し、前線への物資供給を減らし、ソビエト軍の体力を奪う。


 嫌がらせ、ハラスメントの類いが、第一の目的なのだ。

 したがって、こうして敵を引きずり回すのも、立派な作戦行動なのである。


 ブンゴ隊長たちは、楽しそうに騎馬隊を挑発する。


「がんばれ! がんばれ!」

「ほれほれ! 早くしないと逃げちまうぞ!」

「赤いきつね! 顔が真っ赤だぞ!」


「貴様らー! 待たんかー!」


 だが、数分が経過すると馬の追い足が鈍りだした。二十分経つと、スタミナ切れで馬は走れなくなりトボトボと歩き出した。


 馬が全力疾走出来るのは数分、走り続けられるのは数十分が限界なのだ。


 しかし、ブンゴ隊長たちが乗るケッテンクラートは、魔導エンジンで走る。燃料の魔石さえあれば、故障がない限りずっと走り続けることが可能だ。馬では、勝負にさえならない。


「あーばよッス!」


 ケッテンクラート三台は、砂漠を南へ向けて走り去った。キャタピラーのあとが砂漠に残ったが、しばらくすると砂漠の風がキャタピラーのあとをかき消してしまった。


「隊長! グースから合図が来てますよ!」


「了解ッス!」


 運転席の副隊長の呼びかけに、荷台のブンゴ隊長がこたえる。

 上空を見て大きく手を振ると、作戦をサポートする異世界飛行機グースから発光信号が送られてきた。


『こ、の、さ、き、て、き。ひ、が、し、へ、す、す、め』


 ブンゴ隊長は、発光信号を理解すると、すぐ部下に指示を出した。


「この先に敵がいるッス! 進路を東へ変更!」


「「「了解!」」」


 三台のケッテンクラートは、南から東へ進路を変えた。

 上空では、偵察とナビゲートを行う異世界飛行機グースが飛んでいる。パイロットは、リス族のベートだ。後部座席には、人族の新人パイロットを乗せている。


 人族の新人パイロットは、手元の地図をみながらベートに話しかけた。


「ベートさん。東へ進むと砂漠が切れて、村がありますね」


「では、ブンゴ隊長たちを、その村に誘導しよう。発光信号をよろしく」


「了解です」


 新人のパイロットは、ブンゴ隊長に発光信号で『前方に村がある』と伝え、周囲の警戒を始めた。

 ソビエト軍の待ち伏せや駐屯している部隊を空から見つけるのも、エスコート役であるグースの任務なのだ。


 ブンゴ隊長たちは、グースの誘導で砂漠が切れた先にある村に到着した。

 村の中に川が流れ、畑が広がっている。


「ノンビリした。良い村ッスねえ~」


「本当そうですね。隊長。でも、食料は不足してるみたいですぜ」


 副隊長が指さした先には、顔色の悪い村人がいた。栄養状態が悪いのだ。

 ブンゴ隊長は、村の様子を見て村長を呼び出した。


「すいません。村長さんは、いるッスか?」


「ワシが村長ですが……」


 痩せた老人村長は、武装したブンゴ隊長たちとケッテンクラートを見て怯えた。


『村が荒らされるのではないか?』

『略奪されるのではないか?』


 村長だけでなく、家の中から怖々と様子をうかがう村人たちも、そんな不安を感じていた。


 ブンゴ隊長は、怯える村長や村人たちを見て、安心させようと、朗らかに優しく話し始めた。


「ご飯を持ってきたッスよ。食べるッス!」


「えっ!?」


「私たちは、グンマー連合王国軍ッス! アンジェロ総長の指令で、あちこちで炊き出しをしている部隊ッスよ。炊き出しは、どこでやればイイッスか?」


 砂漠の狐作戦の二つ目の目的は、これである。

 食料が不足している村々を回り炊き出しを行い、『グンマー連合王国』の名前を売るのだ。


「それはありがたい! 村の広場でお願いします!」


 村長は大喜びで、炊き出しが行われる事を、村人たちに告げて回った。


 ブンゴ隊長は、マジックバッグからバーベキュー道具を取り出し、大量の肉を焼き始めた。隣では隊員がスープを温め、大皿に山盛りのパンを用意する。


 肉を焼く匂いに釣られて村人たちが、村の広場に集まってきた。子供たちから喜びの声をあげる。


「美味しそう!」

「早く食べたい!」


 隊員たちが、村人たちに声をかける。


「みんな皿を持ってこい! グンマー連合王国のアンジェロ陛下からだぞ!」


 肉奉行を務めるブンゴ隊長が、焼けた肉に特製のタレをかけると広間に食欲を刺激する匂いが充満した。


「さあ! みんなタップリ食うッスよ! グンマー連合王国のアンジェロ陛下からッス!」


 ブンゴ隊員と隊長たちは、露骨なまでにグンマー連合王国とアンジェロの名前を連呼した。

 露骨ではあるが、それなりに有効で、村人たちは『食料を取り上げる共産党やソ連軍』よりも、『食事を与えてくれるグンマーの人たち』を頼もしく感じた。


 村人たちが、わっと押し寄せ、ブンゴ隊長は次から次へ肉を焼き、肉は焼けるそばから村人たちの胃袋におさまった。


「ああ! 肉なんて久しぶりだな!」

「パンと肉とスープ……。まともな食事なんて、何日ぶりだろう……」

「スゲエ旨い!」


 村人たちは、喜びの声をあげ、ブンゴ隊長たちに感謝した。ブンゴ隊長たちは、子供たちに大人気だ。


「おねーちゃん! ありがとう!」

「おねーちゃん! ごちそうさま!」

「良い子ッスねえ~♪」


 全ての村人に食事が行き渡り、ブンゴ隊の隊員たちは、片付けを始めた。

 その横で、ブンゴ隊長は村長に穀物の入った麻袋を十袋ほど渡した。

 先ほどソビエト軍の食糧倉庫から強奪してきた物である。


「これくらいで足りるッスか?」


「ありがとうございます! 本当に助かります! ですが、よろしいのしょうか?」


「イイッス! イイッス! アンジェロ総長が、『困っている人がいたら、食料を分けろ』って指令が出てるッス!」


「おお! アンジェロ様は、なんと慈悲深い!」


 村長は涙を流して感謝した。


「じゃあ、行くッス! 困ったことがあったら、グンマー連合王国を頼るッスよ~!」


 こうしてブンゴ隊長たちは、ソビエト軍の食糧倉庫を襲い、困っている村々で炊き出しや食糧支援を行い続けたのであった。

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