第290話 アリー・ギュイーズとウォーカー船長
その頃、領都キャランフィールドでは、アンジェロの婚約者アリー・ギュイーズが大忙しで仕事を片付けていた。
食料、魔石、鉱石など、戦争に必要な物資の調達をアリー・ギュイーズが担当しているからだ。
アリー・ギュイーズの下には多数の文官が配属されており、大量の物資を調達しては前線や工房へ送っていた。
領主館内にあるアリー・ギュイーズの執務室は拡張され、昼夜を問わず稼働し鉄火場となっていた。
アリー・ギュイーズは文官たちにテキパキと指示を出す。
「ここで調達した食料は前線へ優先して送って下さい」
「連合王国南部で食料が不足しがちですが、いかがいたしましょうか?」
「商業都市ザムザにいるジョバンニさんに連絡を取って下さい。王国南部の食料は、大陸東部からの輸入をあてがいます」
「前線から『魔石をもっと送れ!』と催促が来ています」
「黒丸さんにお願いして、冒険者ギルドからの調達量を増やして下さい。予算をかけて構いません」
「ウォーカー船長がおいでです」
「お通しして下さい」
顔見知りのウォーカー船長が入室してきたことで、アリー・ギュイーズは少し気を緩めた。
ニコッと可憐な笑顔をウォーカー船長に見せた。
「ウォーカー船長。お久しぶりですね」
「アリー様! エリザ女王国から食料を買い付けてきました! 大型船五隻分、港で荷を下ろしています!」
「まあ、ありがとう!」
周りの文官たちは、アリー・ギュイーズとウォーカー船長の会話を聞き笑顔を浮かべた。食料は、彼らにとって弾丸である。
『これで弾切れにならずに済む』
睡眠不足で目の下にクマをこしらえた文官たちが笑顔になり、アリー・ギュイーズの執務室の空気が和らいだ。
「みなさん。少しお休みをいたしましょう」
アリー・ギュイーズが手元にある銀製のベルを揺らすと、侍女たちがティーセットを持って入室してきた。
文官たちは、椅子に座ったまま伸びをして紅茶に砂糖をタップリと放り込み、お茶請けのスコーンに野いちごのジャムをこれまたタップリとつけた。
ハードなデスクワークの結果、脳が糖分を欲しているのだ。
執務室のあちらこちらで、文官たちが甘い紅茶とスコーンに舌鼓を打っている。
そんな様子を横目で見ながら、アリー・ギュイーズはウォーカー船長に紅茶を勧めた。
「どうぞ」
「頂戴します。お茶は相変わらずエリザ風ですね」
「ええ。食事はキャランフィールド風、生活様式や服装はコンチネンタルですが、お茶はエリザ風が抜けなくて」
コンチネンタルは、エリザ女王国の人間が大陸風の文化を指す時に使う言葉である。
アリー・ギュイーズは、エリザ女王国の姫として産まれ育ち、大陸のメロビクス王大国で学び、アンジェロ・フリージアと婚約しキャランフィールドで生活をしている。
多様な文化を吸収し、『いいとこ取り』をして、忙しい中で人生を楽しんでいた。
ウォーカー船長は、アリー・ギュイーズの言葉を聞いて思った。
(ギュイーズ侯爵に報告することが増えたな……。きっとお喜びになる)
孫娘アリー・ギュイーズの生活の一部を知ることは、ギュイーズ侯爵にとって喜ばしいことであろう。
「ウォーカー船長。エリザ女王国の方は、どうかしら?」
「平穏ですね。グンマー連合王国が物資を大量に買い付けているので、港は活気があります」
「では、わたくしたちの背後を突くよりも、商売に精を出しそうかしら?」
「ええ。大店の商人から聞いた話ですが、エリザの宮廷は商業税が増えて喜んでいるそうですよ。貴族連中も領地から食料や鉄鉱石が売れて喜んでいるそうです。エリザ女王国の参戦は、ないでしょう」
「そう。安心しましたわ。情報を集めて下さって、ありがとう」
「恐れ入ります」
エリザ女王国は、戦争特需に湧いていた。
グンマー連合王国が、食料、鉄鋼石を大量に購入する。そして、自国が攻撃される恐れはない。
エリザ女王国の宮廷は、グンマー連合王国とソビエト連邦の戦争に中立の立場を取ることを決定していたのだ。
ウォーカー船長は、茶飲み話にアンジェロの作戦主旨について疑問を口にした。
「アリー様。何だって民衆に食料を配るなんて、回りくどいことをするのですか? グンマー連合王国の軍事力なら、ソビエト連邦を圧倒出来るでしょう?」
アリー・ギュイーズは、上品に一口紅茶を飲むとウォーカー船長に答えた。
「わたくし軍事のことは専門外ですが……、正面から打ち破ることも可能だと、アンジェロ陛下から聞いていますわ」
「そうでしょう? それにアンジェロ陛下は、名うての魔法使いだ。大規模魔法をドーンと一発撃てば、ソビエト軍は四散するでしょう?」
「恐らく、そうでしょう」
「では、狙いはソビエト連邦をグンマー連合王国に併合することですか? 民衆の人気をとって、併合後の政治を円滑にするのが狙いですか?」
ウォーカー船長は、遠慮せずに戦略目標を確認しようとした。商売上の都合だけでなく、ギュイーズ侯爵に報告をする為でもある。
だが、あまりに遠慮のないウォーカー船長の物言いに、執務室にいる文官たちの視線が険しくなった。
だが、ピリリとした雰囲気をアリー・ギュイーズの微笑が和らげる。
「ふふ……それもあるそうですが、真の狙いは別の所にあるそうですわ」
「別ですか……。それは一体?」
「ここで説明するよりも、見てもらった方が良いでしょう。では、ウォーカー船長、少しお散歩に付き合って下さいな」
「は、はあ……。承知しました」
アリー・ギュイーズとウォーカー船長は、キャランフィールドの街へ出かけることになった。窓際で日向ぼっこをしていた護衛の猫族たちが、二人の後を追った。
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