第288話 砂漠の狐作戦

 ブンゴ隊長率いるブンゴ隊は、砂漠の狐作戦を実行中であった。


 場所は旧ギガランド王国の北側である。

 ソビエト連邦の食糧貯蔵施設を狙っていた。


 食糧貯蔵施設といっても、現代日本にあるような立派な建物ではない。

 木造の大きな建物が四棟が街道脇にあるだけだ。


 この木造の建物が食料倉庫で、近隣の住民から徴発した食料が一時的に保管されている。

 数日するとソビエト連邦軍の輸送部隊が、この食料倉庫にある食料を前線に輸送することになっていた。


「――という情報を、情報部がつかんだッス!」


 ブンゴ隊長は、食料倉庫から少し離れた高台で、部下たちに情報を伝えた。

 副長が小さく口笛を吹き、小声で感嘆した。


「情報部は、凄いですね! よく、そんな情報をつかんできたもんです!」


「軍の内部に協力者がいるらしいッスよ。ソビエト軍のやり方は、ここじゃ嫌われているみたいッスねえ~」


 ソビエト軍は、グンマー連合王国と国境線でにらみ合いを続けている。ソビエト連邦の本拠地である旧ミスル王国だけでなく、旧ギガランド王国でも動員をかけていた。


 前線を支えるには物資、特に食料が必要になる。そこで、ソビエト軍は、各地で住民から強引に食料を徴発したのだ。


 住民としては、多くの働き手を兵士にとられ農地で働く人材が不足し、来年の収穫に不安を覚えていた。そこに、食料の供出を求められ、生活はかなり厳しくなっていた。


『このままでは、餓死してしまう……』

『子供たちに食べさせる食料がない』

『栄養不足でお乳が出ない。赤ん坊が死んでしまう』


 そんな不安の声が出始めていた。


 住民の不安に乗じるべく、アンジェロは『砂漠の狐作戦』を始動したのであった。


 ブンゴ隊の副長は、なんとなしにブンゴ隊長に質問した。


「ブンゴ隊長。ところで、なんで『砂漠の狐』って作戦名なんですかね?」


「それ、私もアンジェロ総長に聞いたッスよ! そしたら『砂漠といえば、狐だろう!』って、言われたッス……」


「わけわからねえですね……」


「深く考えたら負けッス!」


 かつて地球世界で第二次世界大戦が勃発し、北アフリカ戦線で活躍したエルヴィン・ロンメル将軍は、『砂漠の狐』と呼ばれた。


 アンジェロは、ロンメル将軍にあやかって作戦名をつけたのだが、この異世界の住人であるブンゴ隊長や副長は、当然ロンメル将軍のことは知らない。


 ブンゴ隊長と副長は、作戦名からターゲットの食料倉庫に意識を戻した。支給された新装備双眼鏡で、高台から食料倉庫を観察する。


「警備の兵士は、四人ッス!」


「そうですね……。周囲に他の兵士はいませんね……。ここは国境から、かなり中に入った場所だから、油断してるのでしょう」


「なら速攻ッス!」


「隊長、了解だ!」


 二人は高台を駆け下りると、ケッテンクラートに飛び乗った。

 ブンゴ隊長の部隊は、ケッテンクラート三台、隊員十二名の部隊である。待機していた隊員たちも、出番が来たと気持ちを引き締めた。


「敵は警備の兵士が四人だけッス! 一気に制圧するッスよ! 出撃!」


「「「「「おう!」」」」」


 ブンゴ隊のケッテンクラート三台は高台の陰から出ると、ギアを上げ一気に食料倉庫に迫った。


 一方、食料倉庫では、兵士たちがノンビリと見張りをしていた。見張りといっても、前線から離れた食料倉庫では、大してやることがない。四人は、かわるがわるあくびをしていた。


 兵士の一人が異変に気が付いた。遠くから何かの音が聞こえてくるのだ。


「おい……何か聞こえないか?」


「えっ……」


 兵士たちは、耳を澄ませた。すると確かに音が聞こえる。


「キュラキュラキュラいってるよな? 何の音だ?」


「なあ、こっちに近づいてないか?」


「北……じゃないか?」


「ああ……北の方から聞こえてくるぞ……」


 兵士四人は、北を見た。街道は東西に走っており、北には赤茶けた荒れ地が広がっている。荒れ地の方から、キュラキュラ音が聞こえ、土埃が舞っているのが確認出来た。


「なんだ!?」

「馬か……?」

「馬は、こんなキュラキュラと音がしないだろう」

「じゃあ……、馬車……?」


 やがて近づいてくるモノの姿が明らかになった。ブンゴ隊長が率いるケッテンクラートである。

 兵士たちは、自動車を見たことがない。その為、大いに動揺した。


「バカな! 馬のない馬車が走ってる!」

「オイ! あれは敵だろう!」

「三台もいるぞ!」

「やばいぞ! どうする?」


 兵士四人は、どうすれば良いのかわからず右往左往するばかりだった。

 近づいたケッテンクラートの荷台からブンゴ隊長が一喝する。


「グンマー連合王国軍! 見参ッス!」


「て、敵だあ!」

「やべえ!」

「逃げろ!」

「ま、待ってくれ! おいてかないでくれえ!」


 兵士四人は、持っていた槍を投げ出して、街道を走って逃げ去った。


「隊長! 追いますか?」


「無用ッス! それより、食料を接収するッスよ!」


 ブンゴ隊長たちは、カギのかかった扉を斧でたたき壊し、食料倉庫に入った。食料倉庫の中には、穀物や日持ちのする芋類がの詰まった麻袋が山積みになっていた。


「全部いただくッス!」


 ブンゴ隊の隊員たちは、キャランフィールドのエルフ魔法具工房謹製の大容量マジックバッグを一人に一つずつ装備していた。隊員たちは、食料倉庫にある食料を片っ端からマジックバッグに収納しだした。


 隊員の一人が作業しながら、ブンゴ隊長に話しかけた。


「隊長! これって、まんま盗賊ですよね?」


「正義の盗賊ッス!」


「そうなんですか? まあ、任務だから何でもやりますけど」


 こうしてブンゴ隊は、食糧倉庫四つ分の食料をマジックバッグに放り込んだ。空っぽになった食料倉庫の壁に、ブンゴ隊長は、メッセージを記した一枚の紙を釘で打ち付けた。


 そして、ブンゴ隊長たちは、ケッテンクラートに乗り去って行った。


 ブンゴ隊長と入れ替わりに、ソビエト軍の騎馬隊十騎が食糧倉庫に到着した。逃げ出した兵士四人が、最寄りに駐屯する部隊に駆け込んだのである。


 報せを受け到着してみれば、食料倉庫は空である。


「クソッ! 食料が……! こんな内側に敵の奇襲があるとは!」


 騎馬隊の隊長は、空になった倉庫を見て歯ぎしりした。兵士の一人が、壁に打ち付けてあった紙に気が付く。


「隊長! 何かメッセージが!」


「なに!?」


 隊長は、壁に打ち付けられた紙に書かれたメッセージを読んだ。


『食料はいただいた。返して欲しかったら、スターリンが全裸でマラソンしろ!』


「おのれ……賊めが! ナメたことを……!」


 騎馬隊隊長の地団駄を踏んでいると、倉庫の外から隊員が一人駆け込んできた。隊員は、ブンゴ隊のケッテンクラートが残したキャタピラーの跡を見つけたのだ。


「隊長! 賊のものと思われる痕跡があり、荒れ地へと続いています!」


「でかした! 全員騎乗せよ! 賊を追うぞ!」


 騎馬隊はブンゴ隊の後を追った。

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