第282話 イワンのバーカ!
俺たちは、グンマー連合王国の南東にある国――ギガランドへ転移した。
ギガランドは、千年戦争と呼ばれた長い戦争を隣国ミスル王国と繰り広げていた国だ。
----略図----
グンマー連合王国
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ミスル―ギガランド―ベロイア
(現ソビエト連邦)
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だが、戦争相手のミスル王国で共産主義革命が起こり、その余波はギガランドをも飲み込んだ。
ギガランドは共産主義国となり、ミスル王国が立ち上げたソビエト連邦の一部となった。
ベロイアに攻め込んできたのは、ここギガランドの兵士たちだ。
じいが心底迷惑そうにつぶやく。
「おまけにベロイアまで、攻撃しましたのじゃ」
ソ連の指導者ヨシフ・スターリンの考えは、見え透いている。
自分たちの本拠地である旧ミスル王国を中心にすえ、自分たちの国力アップを第一に考えているのだ。
かつてミスル王国の敵国だったギガランドは、収奪の対象……。
おそらく農村地帯では、食糧の徴発が行われただろう。
そして、ギガランドの一般人に武器を持たせて、ベロイアを攻撃した。
このままいけば、ギガランドは、使い潰されるだけだ。
「そこで、ギガランドをソ連から離脱させる訳ですな?」
「じい。その通りだよ。本体を直撃する前に、ヨシフ・スターリンの手脚をもぐ」
俺はソ連と戦うにあたって方針を決めた。
1 ソビエト連邦を解体する。
2 経済戦を仕掛ける。
3 民衆と共産党を離間させる。
地球の歴史では、二十世紀の終わりに共産圏が崩壊している。
その経緯を考えると、真っ向から戦うよりも、まず、力を削ぐ方が良いだろう。
力を削ぐというと、ちゃんとした感じだが、ようは、『嫌がらせ』、『ハラスメント攻撃』、その類いだ。
肩の力を抜いて、バナナの皮を相手の足下にそっと置いていきたい。
さて……、それでは、始めよう。
俺たちが転移してきたのは、ギガランド国の首都タランティ郊外だ。
一緒に連れてきた情報部のエルキュール族五人は、首都タランティに潜入して工作を行う。
彼らは、エルキュール族の中でも工作――つまり荒事なども得意なメンバーだそうだ。
じいが、エルキュール族五人に指令を下す。
「では、事前の打ち合わせ通りに行動せよ。共産党革命組織を疲弊させるのじゃ」
「「「「「はっ!」」」」」
エルキュール族の工作員たちは、首都タランティへ向かった。
定時連絡は、三日に一度。
俺がこの場所に転移してくる。
それまで、俺は次の仕込みだ。
「じい。次は……」
「ベロイアですじゃ」
俺とじいは、ベロイア王宮へ転移した。ベロイアには、軍事強力や商業面での協力など交渉をしなくてはならない。
忙しいぞ!
*
ギガランドには、ミスル人共産党員が十人常駐していた。
彼らはギガランドにおける共産主義革命を指導し、そのままギガランドに留まっている。
肩書きは、共産党中央委員会から派遣された政治将校である。
現地のギガランド人共産党員よりも、上の立場……というよりも、支配者として振る舞っていた。
アンジェロが派遣した工作員エルキュール族たちは、その十人の政治将校の中でも若手、つまり下っ端たちに目をつけた。
若手政治将校イワンは、夜になると、いつものように酒を飲み、いつものように女性と同衾した。
ぐっすりと屋敷で寝入っていると、夜半ドアが強く叩かれた。
ドンドンドン!
ドンドンドン!
「同志! 同志!」
誰かが自分を呼んでいる。
イワンは、寝ぼけた頭を一つ振ってベッドから身を起こした。
ドンドンドン!
ドンドンドン!
「同志! 同志! 大変だ! 同志フルシチョフが、大怪我をした!」
「何だと!」
「反体制派の襲撃だ! 王宮へ急ぐのだ!」
「わ、わかった!」
イワンをたたき起こしたのは、エルキュール族の工作員である。
寝ぼけていたこと、ドア越しだったこともあり、イワンは疑いもなく工作員の言葉を信じた。
フルシチョフとは、十人いる政治将校のトップだ。
トップが大怪我とは、大変だ!
大急ぎで王宮へ向かうイワン。
しかし、ウソである。
「バカ者ー! ワシはピンピンしておるわー!」
フルシチョフは、元気だった。
「ええっ!? 同志フルシチョフ!? あの反体制派の襲撃は!?」
「君は、何を言っているのだ?」
イワンは、上司の怪我も反体制派の襲撃もウソであると理解した。
悪質なイタズラに引っかけられた……。
そう思った。
次の日の夜も、イワンが狙われた。
屋敷のドアが激しく叩かれる。
ドンドンドン!
ドンドンドン!
「同志! 同志!」
イワンは、例によって例のごとく、酒を飲み、女と同衾していた。
括弧書きで補足すると、昨晩とは違う女である。
女がイワンを揺する。
「ねえ、イワンさん……。誰か来たわよ。何か急ぎみたいだけど……」
「放っておけ! どうせイタズラだ!」
昨日の今日である。
イワンは、イタズラと判断し無視を決め込んだ。
だが、ドアは叩かれる。
ドンドンドン!
ドンドンドン!
「同志イワン! 同志イワン! 寝ているのか! 起きろ!」
ドアは一層激しく叩かれ、誰かが屋敷の外で、大声で叫んでいる。
「ええい! しつこい奴らめ!」
イワンは、一発食らわせてやろうとベッドから身を起こした。
すると、屋敷の外で騒いでいる男が、切迫した声で告げた。
「同志イワン! 共産党中央委員会から至急の連絡だ! 君のお母さんが危篤らしいぞ!」
「なに!?」
イワンは、考えた。
これはウソだろうか? 本当だろうか?
十中八九ウソだと思う。
しかし、もしも、本当だったら?
本当に母が危篤だったら?
イワンの心に迷いが生じた。
そこへ、エルキュール族の工作員がたたみかける。
「お母さんは、余命幾ばくもないらしいぞ! 早く、帰国しろ! 急ぎ同志フルシチョフに許可をもらうのだ!」
「わ、わかった!」
すっかりだまされたイワンは、またも王宮に住まう上司に夜間訪問するハメになった。
「お母上が危篤!? バカ者ー! そんな連絡は来ておらんわ!」
二日連続で夜中に起こされた同志フルシチョフは、非常に不機嫌だった。
イワンは、母に何もないことにホッとしつつも、二日連続でだまされたことに怒りだした。
「くそっ! また、だまされた! だが、次はないぞ!」
――翌日。
イワンは、酒を控え、女も控え、一人でベッドに寝ていた。
ウトウトとしていると、夜半ドアが激しく叩かれた。
ドンドンドン!
ドンドンドン!
「同志! 同志!」
イワンは目を覚ました。
「また、来たか!」
ベッドから身を起こすと、すぐに屋敷の玄関へ向かった。
ドンドンドン!
ドンドンドン!
「同志イワン! 同志イワン! 大変だ! 君のお父さんが――」
イワンは、大声でやり返した。
「俺の親父は、おととしに亡くなっているぞ! このペテン野郎! 顔を見せろ!」
怒鳴りながら屋敷のドアを開けたが、そこには既に誰もいなかった。
「ちぇっ! 捕まえてやろうと思ったが、逃げられたか……。まあ、これに懲りて、もう来ないだろう……」
その夜、イワンは熟睡出来たが、他の政治将校が被害に遭った。
イワンと同じように夜中に屋敷のドアを叩かれ、ウソをつかれたのだ。エルキュール族の工作員は、日替わりで政治将校たちの屋敷のドアを叩き、大声でウソをついた。
『同志! 君のお兄さんが怪我をしたぞ!』
『同志! 君にスパイの容疑がかかっている! 同志フルシチョフがお呼びだ!』
『警察だ! 開けろ! 同志フルシチョフの命令だ!』
そして、上司のフルシチョフは、毎晩部下の夜間訪問をうけた。
「ええい! いい加減にしろ! そんなイタズラに惑わされるな!」
寝不足のフルシチョフは、毎日機嫌が悪かった。
だが、十日も経つと、政治将校たちもエルキュール族工作員のウソに引っかからなくなった。
ドアを叩かれても無視をしたり、言い返したりして追い払ってしまうのだ。
――そして、十二日目。
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
「イワンさん! イワンさん!」
イワンの屋敷のドアが叩かれた。
「何だ? またイタズラか……」
酒を飲み、女と同衾していたイワンは、面倒臭そうにベッドから起き上がった。
ドアは強く叩き続けられている。
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
「イワンさん! 大変ですよ! 軍の倉庫で火事です!」
イワンは、怒鳴り返した。
「毎度毎度、そんな手に引っかかるか!」
屋敷の外の人物は、必死で懇願する。
「イワンさん! フルシチョフさんからの命令ですよ! すぐに消火の指揮を執れと! 他の場所でも火事が起きてます! 急いで!」
だが、イワンは動じない。
「そうか、そうか……。じゃあ、同志フルシチョフに『くそ食らえ』と伝えろ! 俺は寝るぞ!」
「ええ!? イワンさん!? 正気ですか!? ドアを開けてください!」
「うるさい! 俺は眠いのだ! もう、行け!」
イワンは、ドアの外の人物に怒鳴りつけるとベッドに潜り込んだ。
しかし、この人物は、王宮に勤めている兵士で、本当にフルシチョフからの伝言を携えてきたのだった。
兵士は、王宮へ戻るとフルシチョフにイワンの言葉を伝えた。
「あの……イワンさんは……『くそ食らえ』と伝えろと……」
「一体、何をやっておるのだ!」
この夜、首都タランティの各所で火の手が上がった。
軍の倉庫、役所などの政府施設が、エルキュール族の工作員に放火された。幸い燃え広がることはなく、ギガランド人兵士たちの手によって明け方には消火された。
しかし、フルシチョフを除くミスル人政治将校たちは、一人も消火活動に参加していなかった。
全員ウソだと思い込んでしまったのである。
「バカ者ー! 呼び出しには応じろー!」
フルシチョフは、イワンたち部下に雷を落とした。
この夜から、イワンたちは、『ドアが叩かれやしないか?』、『うそか? 本当か?』と毎晩ビクビクして過ごすようになった。
心の休まらないミスル人政治将校たち。
彼らは昼間に居眠りをしたり、ボーッとしたりすることが増え、仕事でミスが増えだした。
エルキュール族の工作員は、彼らの様子を見てほくそ笑んだ。
そして、ターゲットを政治将校のリーダーであるフルシチョフに変更した。
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