第253話 チェリー
――八月。
北にあるキャランフィールドだが、八月は暑い。
執務室で仕事をしていると、じいが入ってきた。
「アンジェロ様……。共産主義革命組織への潜入に失敗しました……」
「潜入に失敗した!?」
「はい。申し訳ございません」
じいが俺に頭を下げる。
珍しい……。
エルキュール族がこの手の仕事で失敗をしたのは、これが初めてじゃないか?
じいが報告を続けた。
どうやら連中は、ミスリル鉱山のアジトを放棄したらしい。
エルキュール族の情報部員が到着した時は、もぬけの殻だったそうだ。
「現在、ミスル国内の情報部員に探させておりますが、痕跡はつかめておりません」
「連中、上手く隠れているってことか……」
「左様でございます。それから、他にも悪い情報が……」
ミスリル鉱山に到着した情報部員は、人がいないミスリル鉱山を調べたらしい。
すると、かなり深い所まで鉱山は掘られていた。
あくまで情報部員の推測だが、『ミスル王に献上するミスリル鉱石とは別に、自分たちの活動資金にする為にミスリル鉱山を採掘したのではないか?』とのことだ。
「すると連中は、軍資金が意外に豊富かもしれないな」
「はい。もし、武器工房にツテがあれば、掘り出したミスリル鉱石で剣なり、槍なり作らせることも可能ですじゃ」
ミスリル製の武器を装備した革命軍か!
豊富な活動資金を持ち、強力な武器を持っていたら、革命の成功確率はグッと上がるだろう。
ゾッとするな……。
「じい、引き続きミスル王国を調べて。可能なら増員を! 予算は追加で出す!」
「はっ! かしこまりました!」
*
赤獅子族のヴィスは、最近、機嫌が良い。
そうかと思うと、一人思い悩むことも多い。
――そう、恋をしているのだ。
赤獅子族のヴィスは、一人心の中でもだえていた。
(ヤベエ……ドストライク!)
ドストライクとは、サーベルタイガーテイマーのイネスのことである。
色気ムンムンのお姉様に、思春期の男子は弱い。
ヴィスは典型的な、チェリーボーイ嗜好だった。
ついでにいうと、頭が弱い。
ミスリル鉱山に訪れたイネスに、ヴィスは一目惚れした。
早速、イネスにモーションをかけるヴィス。
「イネスさん。砂漠の夕日を、二人で見ませんか?」
「旅で疲れているから休ませて……」
「ぐるるるる!」
ヴィスは、秒で撃沈した。
ついでに、サーベルタイガーのラモンにも警戒された。
「おっかしいな……女はロマンチックなの好きだろ……」
自室でブツクサとつぶやくヴィスに近づく黒い影。
影の正体は地球神の使いである。
「ほれ……焼きそばパン……」
地球神の使いは、ヴィスからのリクエスト『焼きそばパン』を届けに来たのだ。
「チッ! もうちょっと、女が喜びそうなモノを持ってこいヤ!」
「なぜ、キレる!?」
事情を知らない地球神の使いは困惑した。
そして、次回はプリンを届けることになった。
革命予備軍は、ミスリル鉱山を放棄し、ザギの街へ移動した。
移動中もヴィスはイネスにモーションをかけたが、イネスにかわされ、従魔のラモンに唸られ散々であった。
そんな様子を、同じ転生者にして革命予備軍リーダーのサロットは、生暖かく見守っていた。
八月になり、ミスルは夏の暑さが厳しい。
夜になり涼しくなってから、サロットたち革命予備軍の幹部たちは集合した。
場所は、賑わった繁華街の中にある居酒屋二階の個室だ。
人混みに紛れた方が、目立たない。
サロットたちは、上手く行動していた。
幹部たちが、料理と酒を一通り楽しんだところで、リーダーのサロットが話を切り出した。
「さて、同志諸君。我々の革命闘争は、新たな段階に突入した。同志イネスが、故郷カタロニアに帰り共産主義革命運動を展開する! 我々の革命は、国を超え、世界規模で行われるのだ。インターナショナル万歳!」
「「「「おお! インターナショナル万歳!」」」」
幹部たちが、興奮しながら酒をあおる。
サロットは、言葉を続けた。
「そこで、カタロニア革命運動を支援すべく、同志イネスに何人か同行してもらいたい」
「「「「……」」」」
幹部たちは、押し黙った。
革命予備軍は、ミスル人と戦争捕虜のギガランド人が多い。
彼らの中の優先順位は、ミスルとギガランドなのだ。
カタロニアには、何の思い入れもない。
それに、革命運動の最中に捕まれば、処刑される。
いまだミスルの共産主義革命が成功していない段階で、よその国で命を落としたくはないのだ。
サロットの問いかけに、誰も返事をしない。
すると赤獅子族のヴィスが、手を上げた。
「俺でよければ、行くぞ!」
「ヴィスか……」
サロットのヴィスへの評価は微妙だ。
個の戦闘力は非常に高い。
しかし、人を指揮、指導するのは苦手だ。
あまり頭の良い方ではないので、共産主義思想を植え付けることが出来なかった。
共産主義が何であるか、理解が出来ないのだ。
同じ転生者なので、ボディーガードとして自分のそばに置いているが、使いどころが限られるカードだった。
(このあたりで厄介ばらいか? ヴィスはイネスが好きなようだし……。まあ、何らかの役に立つだろう)
サロットは、ヴィスの派遣を決めた。
翌日、ヴィスは、イネスの宿を訪ねた。
「イネスさん! 俺もカタロニアに行くことになりました! がんばりますよ!」
「そう……よろしく……」
「ぐるるるる……」
「イネスさん! 晩飯一緒にどうですか――」
バタン!
ヴィスの目の前で扉は閉じられた。
扉の向こうでサーベルタイガーのラモンが唸った。
「ぐるるるる……」
ラモンのうなり声は『ドンマイ』だったかもしれない。
ヴィスの幸せな日々は、これからも続くのであった。
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