第254話 十月革命

 ――十月十日。


 ここ数日、俺はジリジリとした気持ちで、執務室に待機している。


 内政は順調だ。

 サイターマ領オオミーヤとシメイ伯爵領カイタックを結ぶ山岳鉄道は開通し、六両編成で一日四往復している。


 ホレック工房の連中は、実地で動かして得られる物が多かったらしい。

 大型列車の開発に着手した。


 商業、農地開拓も順調。

 道路工事も各地で順調に進んでいる。


 では、なぜジリジリしているかというと、ミスル王国だ!


 共産主義革命が起きそうなのだ。


 九月下旬に、ミスル王国に潜入している情報部員から、共産主義革命組織の動きが慌ただしくなってきたと報告が入った。


 組織の中心には接触できていないので、あくまで組織の末端だが、動きがある。


 俺はミスル王国から人員の引き上げを行い。

 ミスル王国駐在大使と数人の事務スタッフだけにした。


 そして、ブラックホーク三機と白狼族の特殊部隊員を派遣し、脱出に備えさせた。


 共産主義革命が起きたら、外国大使だろうと貴族なら処刑されるかもしれない。


『やばいと思ったら、すぐ逃げろ!』


 大使にも、白狼族の特殊部隊員にも厳命した。

 それでも、心配だ。


 俺の向かいに座るじいが、お茶を飲みながら話しかけてきた。


「アンジェロ様、落ち着きませんか?」


「ああ。革命が起きればひどいことになる。南部に派遣した軍はどうだ?」


「既に展開を終えておりますじゃ。国境線ににらみをきかせております」


 念のため、ミスル王国との国境線近くに、軍を派遣した。

 どさくさ紛れに、革命を起こした連中が越境侵略してくるかもしれないからだ。


 ローデンバッハ男爵率いる第二騎士団。

 シメイ伯爵領軍、通称南部騎士団。

 南メロビクス王国フォーワ辺境伯軍。


 この三軍が、ミスル国境近くに張り付き、上空から異世界飛行機グースが二十四時間体制で監視を行っている。


 さらに、アルドギスル兄上からの応援部隊と北メロビクス王国ギュイーズ侯爵からの応援部隊が、予備戦力として三軍の後方に控えている。


「よし……手は打った……」


 俺は、執務室の窓を開けバルコニーに出た。

 空は晴れているが、俺の心は晴れない。


 嵐に備える船長のように、南の空をじっと見つめた。



 *



 ミスル王国の王都は、朝から異様な雰囲気に包まれていた。

 街のあちこちで集会が開かれ、民衆たちが気勢をあげる。


 貴族が集会を解散させようと、兵士たちを向かわせたが、兵士たちも集会に加わってしまい事態の収拾がつかなくなっていた。


 一連の動きは、共産主義革命組織が行っている活動である。


 その頃、ミスル王国王都レーベにあるポルナフ子爵の館では、白狼族の特殊部隊隊長であるウィンタースが、やきもきしていた。


 ウィンタースは後ろで腕を組み、中庭をいったりきたりしていた。

 隊長のウィンタースの様子を見て、白狼族の特殊部隊員がひやかし気味に声をかける。


「隊長。ちょっとは、落ち着いて下さいよ」


「そうだな……スマン……」


「王都の時だって、やれたじゃないですか。今度も大丈夫ですよ」


「そうだな……」


 ウィンタースたちは、先の戦役で王都から国王や王妃を脱出させた作戦に参加していた。

 その経験を買われて、今回、ミスル王国に派遣されたのだ。


 アンジェロからは、『ミスル王国王都で、政変が起こる。民衆が蜂起する可能性が高いので、ヤバくなったら大使たちを連れて脱出しろ!』と、ウィンタースたちは指示を受けていた。


(やれやれ……また、こんな仕事か……。しかし、今日は……本当にヤバイだろう……)


 ウィンタースは、ヒリつく空気を感じ取っていた。


 今朝は、現地雇いしたミスル人の使用人が、一人も出勤してこなかった。

 出勤できないほど、街が混乱し危険なのか、あるいは――。


(使用人たちも、あの集会に参加しているのかもしれない……)


 危険を感じたウィンタースは、ポルナフ子爵に脱出を進言していた。

 ポルナフ子爵は、フリージア王国時代からミスル王国で大使の任にあたっている人物だ。


 外交派――つまり、ポルナフ子爵は、裏切り戦死したエノー伯爵の派閥に属していた。


 人手不足のため、アンジェロは各国の大使をそのままにしていた。


 ポルナフ子爵としては、少しでも情報を持ち帰り、連合王国総長であるアンジェロに良いところを見せたいと思っていた。


「ギリギリまで粘るのだ! アンジェロ陛下に、少しで多くの情報を持ち帰らねばならん!」


「しかしですね。生きて脱出しなけりゃ、その情報も宝の持ち腐れですよ?」


「そんなことは、わかっている! 君は粛々と警備したまえ!」


「はあ……。じゃあ、もうちょっと待ちますよ……」


 ミスル王国から脱出するということは、ポルナフ子爵は大使のポストを失うことになる。

 有力なポストは、限りがあるのだ。


 失うポストと同等の役職を得られる保証などないことを、ポルナフ子爵は知っていた。

 その為、少しでも得点を稼ごうと、危険な状況にもかかわらず、粘っているのだ。


 ウィンタース隊長は、ポルナフ子爵を説得できなかった。


(はあ……。まいったな……)


 中庭には、ブラックホークが三機並び、リス族のパイロットが操縦席で仮眠をとっている。

 白狼族の特殊部隊員も中庭にごろりと寝転がっていた。



 ドーン!


 ドーン!



 続けざまに、大きな爆発音が響いた。

 中庭に寝転んでいた白狼族の特殊部隊員とリス族のパイロットが飛び起きる。


「魔法か!?」


「音がしたのは、王宮の方角だったな……」


 白狼族の特殊部隊員がささやき合う。


 そして、風に乗って何かが焦げた臭いが、かすかに漂ってきた。

 嗅覚が敏感な白狼族たちは、臭いを逃さず感知した。


「脱出だ! 大使館員をブラックホークに乗せろ! 脱出するぞ!」


 ウィンタースは、即座に決断した。

 ウィンタースの指示に、全員が反応する。


「魔導エンジン始動! ガンナー! よろしいか?」

「ガンナー準備ヨシ! いつでも、どうぞ!」


 リス族のパイロットとガンナーが、ブラックホークをいつでも飛び立てるようにする。

 白狼族の特殊部隊員たちは、館に飛び込むと大使館員を連れてきた。


 だが、大使のポルナフ子爵がいない。


「おい! 大使はどうした?」


 ウィンタースの問いかけに、大使館員の一人が答えた。


「恐らく、まだ、執務室に……」


「チイッ! 俺が行く! ブラックホークは、一機を除いて空に上げろ!」


 大使館員と白狼族の特殊部隊員たちがブラックホークに乗り込み、二機が空に舞い上がる。

 同時にウィンタースは、館に飛び込むと全力で階段を駆け上がった。


 大使の執務室は、館の三階にある。

 ウィンタースは、執務室のドアを勢いよく開けた。


「大使!」


 大使のポルナフ子爵は、バルコニーからミスル王宮を眺めていた。

 バルコニーをつかむ手も、足も、震えていた。


「み、み、み、見ろ! お、お、王宮から火の手が!」


 ウィンタースは、思わず動きを止めた。

 バルコニーからは、ミスル王国の壮麗な王宮が見えた。


 だが、王宮からは黒い煙が幾筋も上がっていた。


 そして、斧や棒を持った民衆の隊列が、王宮に吸い込まれていくのだ。


(ヤバイ……! 本当にヤバイ!)


 ウィンタースの顔から血の気が引いた。


「大使! すぐに脱出します!」


 だが、大使のポルナフ子爵は、震える声で拒絶する。


「ま、待て! も、もう少し――」


「あれを見て下さい! 死にたいのですか!?」


「……」


 ウィンタースの指さす先には、猛り狂う民衆の渦があった。


 ポルナフ子爵は、黙り込む。

 右へ、左へと、所在なげに視線をさまよわせる。

 既に、ポルナフ子爵は、異様な空気にのまれてしまい冷静ではなかった。


(大使を力づくで、中庭へ連れて行こう!)


 ウィンタースは、決断したが遅かった。


 館の扉を打ち壊す音が聞こえ、次いで憎悪にまみれた怒鳴り声が館に響いた。


「貴族を倒せ!」

「革命万歳!」

「ヤツらを吊るせ!」


 ウィンタースは、急ぎ執務室の外へ出て吹き抜けから一階の様子をうかがう。

 暴徒と化した民衆が、ポルナフ子爵の館に乱入してきたのだ。


「遅かったか!」


 ウィンタースは執務室に戻ると、執務机を扉に押しやって即席のバリケードを作った。

 大使のポルナフ子爵が、怯えた声を上げる。


「ど、どうしたのだね!? 脱出しないのか!?」


「もう、暴徒が侵入しています。扉からは無理です」


「君が斬り倒せば――」


「数が多すぎます! バルコニーから脱出します!」


「ここ……から……!? 君! ここは三階だぞ!」


 ウィンタースは、叫ぶポルナフ子爵を無視して、バルコニーから中庭に向かって叫んだ。


「ブラックホーク、ワン! こっちだ!」


 ウィンタースの呼びかけに応えて、ブラックホーク一号機が垂直上昇してきた。


 ドン!

 ガシ!


 執務室の扉を叩く音が聞こえた。

 ウィンタースが振り向くと、執務室の木製のドアにヒビが入り、やがて斧の先端が顔を出した。


 暴徒たちが、執務室の扉を破壊しようとしているのだ。

 ポルナフ子爵が、腰を抜かし悲鳴を上げた。


「ヒエー! ヒイ! 来た! 来た!」


「大使……ちょっと失礼しますよ……」


 ウィンタースは、床に座り込んだポルナフ子爵を両手で持ち上げた。


 そして、バルコニーに出ると、バルコニーに平行してホバリングするブラックホークに向けて、ポルナフ子爵を放り投げた。


「それ! 受け取れ!」


「うわー!」


 ポルナフ子爵と叫び声が、放物線を描いた。

 そして、ブラックホークにのる白狼族の特殊部隊員が、ポルナフ子爵を受け取る。


「隊長! 気絶しちゃいましたよ!」


「騒がれるよりマシだ。シートに縛り付けとけ」


「了解です――隊長! 後ろ!」


 ウィンタースが振り向くと、木製の扉が破壊され暴徒が執務室になだれ込もうとしていた。


 ウィンタースとリス族のパイロットは、アイコンタクトし、それぞれ行動を起こした。


 ブラックホークが向きを変え、高度を上げ始めた。

 同時にウィンタースは、バルコニーを蹴り、ブラックホークのフレームにしがみつく。


「やってくれ!」


「了解!」


 ウィンタースの言葉に、リス族のパイロットが答え、ブラックホークは高度を上げた。

 やがて水平飛行に移るとプロペラが空気を切り裂き、魔力の残滓を淡く光らせながら、ブラックホークは加速した。


 ウィンタースは、ブラックホークのフレームをよじ登りシートに着く。

 ホッとしたウィンタースは、改めて王都の様子を見た。


「何てことだ……」


 ミスル王国王都レーベ。

 大陸中央部の雄、歴史ある大国の『うるわしの都レーベ』が……。


 煙と血に染まっていた。

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