第242話 独立運動を後押しするか?

 サーベルタイガー・テイマーのイネスが、俺に話があるという。

 すぐにルーナ先生が俺を紹介し、執務室でイネスの話を聞くことになった。


「それで、話とは? 故郷のことで相談があると言っていたが?」


 初対面のイネスが相手なので、俺は少しかための雰囲気で話し出した。

 イネスは妖艶に微笑みながら、ゆっくりと返事をする。


「私の故郷を、グンマー連合王国に加入させて欲しいの……」


「イネスの故郷を?」


「そう。グンマー連合王国は、王国の集合体でしょう? なら、新たな参加国があっても良いでしょう?」


「……」


 頭の中で警報が鳴った。

 これは、ちょっとややこしそうな話だ。


 確かにグンマー連合王国は、複数の国が連合しているが、戦勝国のフリージア王国が主体になっている。


 そこに違う国が加入したらどうなるのか?

 想像がつかない。


 上手く行けば、経済規模が拡大するだろうが……、混乱するリスクもある。


 俺は、注意深く言葉を選んだ。


「君の故郷の名は?」


「カタロニア……」


「カタロニア? マドロス王国のカタロニア地方のことか?」


「カタロニアは、カタロニアよ……。マドロス王国ではないの」


 イネスの言葉に力がこもった。

 怒りか?

 じっと顔を見ると、眉根を寄せている。


 どうやら込み入った事情があるようだが……。


 同席している黒丸師匠が、ポンと手を叩いた。


「なるほど……! カタロニア公国のことであるか!」


「カタロニア公国?」


 俺は黒丸師匠に聞き返した。

 聞いたことがない国の名だ。


「二百年前に滅んだ国であるな。マドロス王国に吸収されたのである」


「へえ、カタロニア地方は、独立国だったのですか!」


 それは初めて知った。


 マドロス王国は、グンマー連合王国の西にある国だ。

 北メロビクス王国、南メロビクス王国と国境を接している。

 海運、農業が盛んな国で、兵も強いと聞く。


 そして、カタロニア地方は、マドロス王国の南にある。

 フォーワ辺境伯が総督を務める南メロビクス王国のお隣だ。


 黒丸師匠の話をイネスが引き継いだ。


「そうよ……。私たちカタロニア人……。マドロス人ではないわ……」


 イネスの話に寄れば、カタロニア地方は独立運動が盛んなのだとか。

 ただし、全員が独立賛成派というわけでもないらしい。


『マドロス王国に属していた方が、軍事、経済両面でメリットが大きいのでは?』


 と、考えるマドロス残留派もいるそうだ。


 カタロニア人は、マドロス王国にひどく扱われている訳ではないらしい。

 マドロス人の支配は緩やかなのだな。


 イネスの話を聞いた限りでは、カタロニア人は感情面で独立を望んでいるようだ。

 マドロス王国にいると、カタロニア人はどうしても少数派になってしまう。

 多数派のマドロス人中心に、国が動くのが面白くないらしい。


『私たちはマドロス人じゃない! カタロニア人だ!』


 そんな強烈なアイデンティティーを、イネスの言葉から感じた。


「それで、イネスは、どんな立場なのだ?」


「私は、旧カタロニア公国の支配者の血をひいているらしいわ」


「らしい?」


「これを……」


 イネスが、腰に下げた短剣を見せてくれた。

 立派なこしらえで、所々金があしらわれている。


 ルーナ先生が、イネスから短剣を受け取った。


「ここにカタロニア大公の紋章がある」


「大公? カタロニアは大公が治めていたのですか?」


「そう。この短剣は本物。カタロニア大公家伝来の品」


「じゃあイネスは、イネス・カタロニア?」


「かもしれない」


 俺、ルーナ先生、黒丸師匠の視線が、イネスに注がれた。

 イネスは俺たち三人の視線を笑顔で受け流した。


「さて……なにせ二百年も前のことだからね……。私が物心ついた時は、既に父は死んでいたしねえ。母が死ぬ間際に、この短剣をくれたのさ。カタロニア大公の血を引いているとさ……」


「それで独立運動に身を投じた?」


「まあね……。マドロス人も悪いヤツらじゃないけど……。私たちは、カタロニア人なのさ……」


 イネスの目に力がこもった。

 本気度は、高そうだ。


「ねえ、アンジェロ陛下。力を貸してくれない? カタロニアがマドロス王国から独立して、グンマー連合王国に加入する。悪い話じゃないだろう?」


「少し考えさせてくれ……」


 俺は、イネスの要望を保留した。

 じいやフォーワ辺境伯とも相談が必要だ。

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