第243話 大義名分

 ――翌日。


 俺はじいを伴って、フォーワ辺境伯の所へ転移した。

 フォーワ辺境伯の屋敷で打ち合わせを行う。


 議題は、昨日サーベルタイガー・テイマーのイネスから希望があった『カタロニア地方独立の件』だ。


 フォーワ辺境伯の屋敷は、森と池に囲まれた上品な館だった。

 この森と池は、人工の池と森、つまりフォーワ辺境伯の庭なのだ。


 金が、かかってるな~。

 さすがメロビクス王大国南部の雄と呼ばれただけのことはある。


 応接室に通され、俺、じい、フォーワ辺境伯で話を始めた。

 俺は昨日イネスから聞いたことをフォーワ辺境伯に説明する。


「――という申し出があった」


「なるほど……。カタロニア公国の忘れ形見ですか……」


 フォーワ辺境伯の反応は、あまり良くない。

 この話に乗り気じゃないか?


 俺はフォーワ辺境伯に率直な意見を求めた。


「フォーワ辺境伯は、この件をどう思いますか? 何せお隣のことですから、率直な意見が聞きたいです」


「うーん……。あまり乗り気になれませんな。確かにグンマー連合王国の勢力拡大の機会ではあります。しかし、カタロニアの独立を我が国が後押しすれば、マドロス王国とこじれます」


 それは、そうだろう。

 俺がよその国の領土に手を突っ込むのだ。


「うん、続けて」


「マドロス王国は三つの王国を吸収したのです。マドロス人による支配は、かなり穏やかで、政情は安定しています」


「じゃあ、独立運動というのは……」


「まあ、感情的なモノです。カタロニア人が独立して、自分たちの国を持ちたい気持ちはわからないでもないですが……」


「やはり感情の問題か……」


「カタロニア地方は、経済的に豊かなのです。メロビクスやミスル王国との交易で潤っています。その金が中央――つまりマドロス人に流れるのが面白くないのです」


 なるほど。

 自分たちで稼いだ金が、マドロスに流れてしまう。

 自分たちで稼いだ金は、自分たちで使いたい。

 そんなところか。


「税率は? 高いのか?」


「うーん……安くはないが、高くはないです」


「じゃあ、重税に苦しんでいる訳ではないのか?」


「税金は、普通ですよ。まあ、私としては、カタロニア地方が独立して、マドロスとの緩衝地帯になるのは、良いと思います。マドロスとの交易がストップすることはないと思いますが、高い関税をかけられるとか、何らかの報復はあるでしょう。それが困ります」


「うーん……」


 そうなると、イネスの希望を聞くのは、どうなのだろう?

 あまりメリットがないな。


 次に、俺はじいに意見を求めた。


「じいは、どう思う?」


「カタロニア地方を取り込みたいですじゃ」


 じいは、積極派か?

 慎重論をとなえると思ったが意外だな。


「理由は?」


「ミスル王国が不安定です。その影響はミスルと戦争中のギガランドにも及びましょう。我が国の南部国境が不安定化しますじゃ。そして東部国境のブルムント地方……ここは小国が多いので常に不安定ですじゃ」


「カタロニアを取り込めば、マドロス王国が怒るだろう? 西部国境も不安定化しないか?」


「マドロスは三つの王国を取り込んだ国ですじゃ。それぞれの国で独立の機運が高まれば、マドロスを抑えやすくなりましょう」


 驚いた!

 じいは、謀将気質があったのか!


「それは……、現状では無理がないか?」


「そうですな……。残念ながら、マドロス王国内で工作する人員が必要ですじゃ。それに、我が国が、カタロニア独立を後押しする大義名分がありません」


「大義名分か……」


 確かに、そうだ。

 マドロス王国が、カタロニア人をひどく扱っているとか、メチャクチャ重税であるとか……。

 我が国が、カタロニア人を助ける理由、大義名分がない。


 理由をこじつけることは出来るが……。

 周辺国が納得しないだろう。


 我が国が好戦的な覇権国家だと、周辺国に思われるのは良くない。


 俺は決断を下した。


「この件は、却下だな。西部国境は現状維持。マドロス王国とは、友好的に振る舞うことで、西部国境を安定化しよう」


 そうすれば、南部国境――荒れているミスル王国の悪影響に対応出来る。

 東部のブルムント地方は、交易ルートが確保されている間は、なるたけ干渉しない。


 フォーワ辺境伯も、じいも同意してくれた。


 俺はキャランフィールドに戻るとイネスに、『希望を受け入れられない。独立の後押しは出来ない』と返事をした。


「そう……残念だわ……」


「自分たちの国を持ちたい気持ちはわからないでもない。ただ、我が国が、カタロニア独立を後押しする理由がない」


「……」


 イネスは、ひどくがっかりしていた。


 この異世界では、『民族自決の権利』はない。

 一度支配されれば、支配を跳ね返し独立するのは、困難なのだ。



 *



 ――翌日。


 イネスは、キャランフィールドからいなくなった。

 黒丸師匠とルーナ先生も一緒だ。


 一月ほどで帰る。

 ブンゴ隊長の所へ助っ人に向かう。

 ――と、ルーナ先生の置き手紙があった。


 ブンゴ隊長は、南メロビクス王国へ出張っている。

 ミスル王国との国境地帯に、奴隷狩りをしている連中がいるので、警戒と討伐だ。 


 なんだかな……。

 もめ事を起こさないでくれよ……。

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