第233話 スライムちゃんは、お利口なのです!

 俺がスライムテイマーのエラさんに頼みたい仕事は、クイック工場から出る排水の処理だ。

 エラさんに排水処理の話をしたが、理解が出来ないらしい。


「排水の処理とは、何でしょう?」


「このキャランフィールドでは、クイックというお酒を造っている。問題は、汚れた水が出ることだ」


 蒸留酒は、ビールやワインを蒸留する。

 すると蒸留が終わったビールやワインは、廃棄する。

 つまりは、海へ排水するのだ。


 しかし、最近は生活排水も含めて、海へ流す汚水の量が増えてきた。

 船乗りたちから、『港が臭い!』と苦情が来ているのだ。


「なるほど。その排水を私のスライムちゃんに吸わせたいと」


「全部吸わなくても、綺麗な水にしてくれれば助かる。出来るかな?」


「出来ると思いますよ。スライムちゃんは、お利口なのです!」


 頼もしいな!


 俺たちは、早速、蒸留所へ向かった。


 まだ肌寒い四月にも関わらず蒸留所の中は、真夏のような暑さだ。

 暑さに強いミスル人たちが指導して、蒸留酒の製造が進む。


「排水するぞ!」


「排水路から離れろ! 火傷に気をつけろ!」


 最初期は排水に失敗して、大火傷をする負傷者を出したことがある。

 それ以来、蒸留が終わり排水する時は、大声で呼吸を合わせて慎重に作業をしているのだ。


 蒸留釜の排水弁が解放され、排水路に蒸留したワインの残りが排水された。


「わわわ! 真っ赤ですね!」


「ここで見たことは極秘ね」


「わかりました! あの赤い水を綺麗な水にするのでしょうか?」


「そうそう」


「ちょっと熱すぎますね……。スライムちゃんが、溶けてしまいます」


 なるほど。

 それは、不味い。


「じゃあ、熱くなくなった港に近い場所の方が良さそうだね」


「はい! 水が熱くなければ大丈夫です!」


 排水路は、建物の床下を通っている。

 キャランフィールドは寒いので、排水の熱を床下に通して建物を暖めているのだ。


 ちなみに廃熱も鉄パイプを通じて、各建物に送られている。


 人が増えると、必要な薪の量もバカにならない。

 工夫しないと、キャランフィールドの近くにある魔の森が、全て薪に化けてしまう。


 俺たちは、港に移動したが、海がヤバイくらい臭っている。


「むうううである! 臭いのである!」


 ドラゴニュートは、獣人ほどではないが、人族よりも鼻が良いらしい。

 黒丸師匠は、辛そうだ。


 そしてルーナ先生は、海を見てがっかりしている。

 主に食欲が起点ではあるが……。


「これじゃ、お魚がとれない……」


「お二方の感じた通りで、キャランフィールド港湾の水質は最悪です。これをスライムに何とかしてもらえないかと」


「それは大事なミッションである!」


「最重要任務! エラは、がんばる!」


「わかりました! スライムちゃん行くよ!」


 エラさんは、大物二人にハッパをかけられてやる気満々だ。

 心なしかスライムたちからも、やる気らしきものを感じる。


 ピー!

 ピッ!


 エラさんが、ホイッスルを吹いて、杖をぐるりと振るうと三匹のスライムが海へ飛び込んだ。

 俺たちは、埠頭から海面へ顔をのぞかせる。


 スライムがプカプカと穏やかな波に揺られているだけで、特に変化はないように感じる。


「はて? 何も変化がないように感じるのである」


「そうですね……。エラさん、どう?」


「はい。スライムちゃんたちは、一生懸命汚れを吸い取っています。あ……、分裂しますね」


「「「「分裂?」」」」


 俺たちは、エラさんから海面に目を移す。

 すると、三匹のスライムが、ポポポンと分裂し九匹になった。


 俺は初めて見る光景に驚き、思わず声を上げる。


「スライムって分裂するのか!」


「それがしも初めて見たのである!」


「分裂するのは知っていた。見るのは初めて」


 ギルドの調査員のおじさんが、メモを取りながらまくしたてた。


「いやあ! これは興奮しますね! 冒険者ギルドの資料には、スライムは分裂すると記載がありますが、見たことのある人はいません。弱い魔物ですから、分裂する前に倒されてしまうのです。あの色の薄いスライムが最初の三匹ですね」


「本当だ! 色が水色になっている!」


 調査員のおじさんも、よく見ているな。

 確かに三匹だけ、色の薄いスライムがいる。


「また、分裂しますよ」


 エラさんが告げた数秒後に、色の薄い最初のスライム三匹が九匹に分裂した。


 そして、最初のスライム三匹に穴が空き『プシュー……』と音を立ててつぶれだした。


「エラさん。スライムは、大丈夫なの?」


「はい。スライムちゃんは、沢山食べると分裂するのです。二回分裂すると元のスライムちゃんは、ああしてつぶれちゃうのです」


「へえ、それは知らなかった」


 調査員のおじさんは、一心不乱にメモ書きをしている。

 たぶん、研究者気質なのだろう。

 見たことのない魔物の生態に触れて、きっと興奮しているのだ。


 エラさんは、スライムと言葉は交さないが、スライムの気持ちや考えがわかるようだ。

 先ほどから、スライムに何か言葉をかけては、うなずいたり腕を組んだりしている。


「アンジェロ陛下。まだ、時間がかかりそうです。陛下たちは、他のお仕事をしてください」


「そうか。じゃあ、任せた」


 調査員のおじさんが、『残って観察する』と言うので、後はエラさんと調査員のおじさんに任せて、俺たちは執務室に引き上げた。

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