第194話 ドラゴニュートとシュビムワーゲン

 俺の執務室から出て行こうとするホレックのおっちゃんを、俺は呼び止めた。


「ホレックのおっちゃん! ちょっと待って! あの話は考えてくれたかな?」


「あの話か……、ふう……。爵位を受けろって話だろ?」


「そうだよ」


 まもなく俺は王位につく。

 アンジェロ・フリージア王国の王様になるのだ。

 そして、グンマー連合王国の総長も兼務する。


 これまで俺に仕えてくれた平民の側近たちは、爵位を与え貴族にする。

 獣人三族にも爵位を贈るし、従兄弟の商人ジョバンニも平民から貴族へ引き上げる。

 そうしないと、これまでのように仕事を頼めないのだ。


「今までは、アンジェロ領の中だけを経営していたけれど、これからはもっと広い範囲を見なきゃならない。俺は、これまで通りにホレックのおっちゃんに力を貸して欲しいけれど――」


「ふー、わかるよ。そりゃ、国王様になりゃ、色々付き合いもあるし、他の貴族どもへの手前もあるしな……」


「うん。爵位を受けてくれたほうが、何かとやりやすいよ」


 それにホレックのおっちゃんがこなしている仕事は、一介の鍛冶師の範疇を超えている。

 会社で言えば、技術開発部長とか、金属製品開発部長とか……。

 部長クラスの仕事ぶりだ。


 爵位がないのは、国として好ましくない。

 ホレックのおっちゃんに限って無いとは思うが、他国に引き抜かれる可能性だってあるのだ。


 そこで、ホレックのおっちゃんに爵位を贈りたい。


 だが、ホレックのおっちゃんとしては、堅苦しさが先だって貴族に忌避感があるらしい。


「どうもなあ……。俺は鍛冶場で炉の前に座っているのが好きな性分だからなあ……。貴族と言われても……」


「仕事は今までと変わらないよ。好きなだけ鍛冶場に入ってもらって構わないから。形だけで良いから爵位を受けてくれ。頼む!」


 俺が頭を下げるとホレックのおっちゃんは、頭をガシガシとかきながら了承してくれた。


「そこまで言われちゃ、しょうがねえな。わかったよ! 爵位を受けるよ! けど、鍛冶は絶対やめないぞ!」


「ありがとう! むしろ、これまで以上に働いてもらうよ!」


「そうこなくっちゃな!」


 ホレックのおっちゃんは、ニカリと白い歯を見せた。

 これで一安心だ。


「あ……そうだ! アンジェロの兄ちゃん――いや、国王陛下?」


「今で通りアンジェロの兄ちゃんで良いよ。俺もホレックのおっちゃんて呼ぶから」


「ああ、その方が良いな! それで話は変わるけど、前に頼まれたシュビムワーゲンが出来上がったぞ!」


「おお! 完成したんだ!」


 シュビムワーゲンは、ボートに四輪をつけた形の水陸両用車だ。

 陸上ではタイヤで走行し、水の上では車体後部の小さなプロペラが回転しボートになる。


「これで川向こうの探索が進むよ」


「そうだな。車体の元が小型ボートだから、量産も可能だ」


 キャランフィールドの東側、地図で見ると右側に、魔の森が広がっている。

 魔の森の中には、大小の川が流れていて、冒険者の探索が難しい地形なのだ。


「川向こうに、オークがいるのは確認してある。オークが狩れると、食肉のバリエーションが増えて助かるなあ」


 キャランフィールドから、魔の森に入ってすぐ大きな川が流れている。

 川は水深が深く、人はもちろん魔物が渡ることも出来ない。


 ただ、川向こうには旨そうなオークがいるのだ。

 ぜひ、トンカツ定食やトンテキ定食を食堂のメニューに加えたい。


「オイオイ、アンジェロの兄ちゃん。鉱脈も探してくれよ。オリハルコンの鉱山が見つかったら最高だけどな!」


 俺の興味は食に向いているが、ホレックのおっちゃんの興味は鉱石に向いている。


「大丈夫だよ。冒険者たちが、目の色を変えて探すさ」


 アンジェロ領のミスリルラッシュは一段落した。

 だが、戦争が終わったし、これから北部縦貫道路が開通すれば、また移住希望者が来るだろう。


 冒険者の働く先――探検先を確保しておかないと。

 川向こうの魔の森未探索エリアは、おあつらえ向きだ。


「アンジェロの兄ちゃん。それで……シュビムワーゲンだがな……。黒丸が、えらく気に入ってな」


「黒丸師匠が?」


「ああ。テスト走行を引き受けるのであるとかいって、一人で乗って行っちまった」


「黒丸師匠なら、空を飛べばシュビムワーゲンは必要ないですよね?」


「俺もそう言ったんだよ! けど、『これは、それがしの車である!』とか言ってよ! 無理矢理乗っていきやがった!」


 黒丸師匠がねえ。

 異世界飛行機グースやケッテンクラートには、全く興味を持っていなかったのに、シュビムワーゲンは好きなのか。


「まあ、放っておきましょう。テスト走行をお任せするということで……」


「まあ、そうだな」



 *


 そのころ黒丸は、川にシュビムワーゲンを乗り入れて水上航行を楽しんでいた。


「これは便利なのである!」


 ホレックの作ったシュビムワーゲンは、旧ドイツ軍のシュビムワーゲンより二回りほど大きかった。


 定員は六名で、荷物の積載も可能。

 つまり、一組の冒険者パーティー全員が乗り、活動できるように設計されていた。


 黒丸が運転するシュビムワーゲンの後部座席には、ミディアムたち砂利石のメンバー四人が乗り込んでいた。


「おお! こりゃスゲエな!」

「これなら、川があっても問題ない!」


 ミディアムたちも、大興奮である。


 だが、やがて、ミディアムたちの顔色が悪くなる。


「なあ……対岸に魔物がいねえか?」

「いるね……。でかいね……」

「あれ、オークってヤツじゃね?」

「まずいだろう……」


 黒丸は、シュビムワーゲンを対岸へ向け、川を渡っていたのだ。

 ミディアムたちの心配など、まったく考慮せずに、黒丸はシュビムワーゲンを対岸に乗り上げた。


「「「BUHIII!」」」


 対岸に渡った黒丸と砂利石の面々に、三匹のオークが襲いかかってきた。


 黒丸は、さっと運転席から飛び降りる。

 背中からオリハルコンの大剣を引き抜き、オークに対峙した。


「それがしたちの、晩飯である! ミディアム! 戦うのである!」


「無理だよ!」


 ミディアムが絶叫する。

 ああ、あのスパルタ教育を、また受けるのかと……。


「戦うのである!」


「いや、無理だって!」


「戦うのである!」


 こうなったら黒丸に何を言っても無駄だと、ミディアムたちは知っている。

 砂利石の四人は覚悟を決めて、一匹のオークと対峙した。


「こんちくしょー!」


 この後、ミディアムたちは、オークを相手に五連戦をさせられ、精も根も尽き果てた。


 帰り道シュビムワーゲンを運転しながら、黒丸は上機嫌でつぶやいた。


「オーク肉である。ルーナが喜ぶのである♪」


 この後、シュビムワーゲンは、対オーク特訓用車として、キャランフィールドの冒険者ギルドで恐れられたのであった。

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