第186話 俺はエルメスに乗って、逃げ出したい気分だ

 俺とアルドギスル兄上との話し合いは、戦場の近くで行われた。

 つまり、ニアランド王国王都ウェルハーフェン郊外だ。


 大きめの天幕にテーブルを設置し、それぞれ席に着く。


 アンジェロ派は、俺、じい、シメイ伯爵、ルシアン伯爵。

 アルドギスル派は、アルドギスル兄上、ヒューガルデン伯爵、子爵二名だ。


 数を合わせて、それぞれ四人、合計八人で話し合うことになった。


 まず、最初に俺から現状の報告と質疑を行う。

 ヒューガルデン伯爵から、質問が出た。


「困りましたね……。国王陛下に執務を続けて頂くことは難しそうですか?」


「無理だと思う」


「例えば、摂政が代行をするのはどうでしょう? アルドギスル様とアンジェロ様が摂政になり、執務を代行する方法は?」


 どうだろう?

 仕事は回りそうだけれど、父上が受け入れてくれるかどうか……。

 無理そうだな。


「昨日の様子だと無理だ。やめるの一点張りだった。父上に無理をさせれば、心を病んでしまうかもしれない」


「それは……。まずいですね……」


 大国になったフリージアの国王が心を病んで、正常に政治判断が出来ないのは不味い。


 極端な予想だが、俺とアルドギスル兄上が摂政につき政治を代行しても、『摂政を処刑せよ!』とか言い出しかねないからだ。


 続いて、じいから質問が来た。


「アンジェロ様とアルドギスル様、どちらに王位をお譲りになるかを、おっしゃいましたか?」


 会議の場がシンと静まる。

 王位継承争い――じいが、ズバッと切り込んできた。


「いや、なかった。『おまえたちが国を治めれば良い』とおっしゃった」


「それは困りましたな……」


 そうなのだ。

 じいの言う通り、困った事態だ。


 父上が退位し、後継者の指名がない。

 俺と兄上で話し合って、どちらが王位を継承するか決めなければならない。


「じゃあ、アンジェロが王様でしょ? 戦果はアンジェロの方が多いよ」


 みんなが腕を組んでムッツリと考え込む中、アルドギスル兄上がアッケラカンと言い放った。

 すかさずアルドギスル兄上の派閥の子爵二人が止めに入る。


「アルドギスル殿下! お待ち下さい!」

「殿下! それでは、我らアルドギスル派が負けを認めるも同然ですぞ!」


「だって、負けているじゃん。戦功はアンジェロの方が多いでしょ?」


 軽く言うなあ。

 俺とアンジェロ派の三人は思わず苦笑いだ。


 当たり前だが、アルドギスル派の子爵二人は譲らない。


「いえ、戦功の多寡が問題ではございません。国王陛下は、今後五年間の働きぶりを見て後継者を決めるとおっしゃいました!」


「その通りですぞ! 国王陛下のお言葉から、まだ一年弱しか経っておりません! 後、四年でアルドギスル様が、より多くの功績を立てられるに違いありません! 戦争に強いだけが、国王の資格ではありませんぞ!」


 これは子爵二人の主張が正しい。


 父上は確かに『五年』と選定期間を設定した。

 あと、選定期間が四年残っているのに、俺を後継者と決めるのはフェアじゃない。


 特にアルドギスル派は、内政が得意な領地貴族が多い。

 今後四年、戦争もなく平和な時代であれば、アルドギスル派が内政で得点を重ねる可能性はあり得るのだ。


 それに――。


「アルドギスル兄上こそ、王の器ですよ」


「ハッハー! ありがとう、アンジェロ。でも、気を遣わなくて良いよ。アンジェロが、やっちゃいなよ!」


 どこかの芸能界の人みたいに『ユーやっちゃいなよ!』って、軽く言うなあ。


 アルドギスル兄上の凄いのは、こういうところだ。

 良い意味で『人に任せられる』。

 今の発言だって、国王という仕事を俺に任せようとしているのだと思う。


 一方で、俺は自分で何とかしようと、まず、考えてしまう。

 最近は手を広げたので、人に任せることが増えた。

 けれど、アルドギスル兄上のようにどっしりと構えて、『後は任せた!』は、まだ出来ない。


「アンジェロ殿下! 何をおっしゃるのです! 国王に相応しいのは、アンジェロ殿下ですぞ!」


 俺の『兄上こそ、王の器』という発言に、ルシアン伯爵が席を立ち、盛大にアジり始めた。


「我ら南部の領主貴族は、アンジェロ殿下こそが国王に相応しいと確信しております! アンジェロ殿下に、絶対の忠誠を誓うものです!」


「あ、ああ、ありがとう」


「ですからこそ! メロビクス南部の長い遠征! 南部から東部の占領も喜んでやらせて頂いたのですぞ!」


「う、うん」


 ルシアン伯爵は、物凄い迫力だ。


 それに、ルシアン伯爵は、アンジェロ派領主貴族軍の主将を務めてくれた。

 別働隊として苦労もあっただろう。

 俺としても、頭が上がらない。


「アンジェロ殿下。こたびの遠征で身内が戦死し、喪に服している貴族もおります。その者らは、アンジェロ殿下が国王になると思えばこそ、甘んじて犠牲を受け入れておるのですぞ! そのことを、ゆめゆめお忘れなく」


「そっ、それは、もちろん――」


 俺は言葉を失った。

 戦争に勝ったとはいえ、犠牲者は出た。

 ルシアン伯爵の言葉には、何も言えない。


「何を申すか! 犠牲はこちらも出ておるのだぞ!」


「そうだ! そうだ! 我らとて、ずっと最前線で神経をすり減らしながら戦ってきたのだ!」


 今度は、アルドギスル派の子爵二人が声を上げた。


「ルシアン伯爵! さっきから黙って聞いておれば、貴殿はアルドギスル殿下をないがしろにするつもりか!」


「そうだ! それに我らもアルドギスル殿下にご奉公させていただき、犠牲を出しているのだぞ! 我らとて、アルドギスル様を国王にと思えばこそだ!」


 二人とも顔を真っ赤にして、物凄い剣幕だ。


 ここに来て、アルドギスル兄上は、自分の失言に気が付いたらしい。

 腕を組み、眉根を寄せて沈痛な面持ち……。


 そうなのだ。

 もう、俺とアルドギスル兄上二人の問題ではない。

 両方の派閥を巻き込んで、派閥に連なる何百人、領民を入れれば何千人単位で影響が出る話なのだ。


 もう、俺やアルドギスル兄上の意志で、国王レースから降りることは許されない。

 だから、ルシアン伯爵は、キツイ口調で釘を刺したのだ。


『王位を譲るようなマネをするな!』


 と言いたいのだ。


 俺とアルドギスル兄上は黙り込むが、ルシアン伯爵と子爵二人の舌戦は止まらない。

 どんどんエキサイトしていく。


 シメイ伯爵が立ち上がって、両者の舌戦を手で制しようとした。


「まあ、待て! 俺には、アンジェロ殿下も、アルドギスル殿下も、立派な国王になる資質をお持ちだと思うぜ!」


「むっ……」

「まあ……」

「それは……」


「だからさ! ここは、どっちの方がこの戦争で戦果をあげたかで決めれば良いだろう? アンジェロ殿下の方が、占領地域も広いし、相手にした敵数も多いから、ここはアンジェロ殿下を国王に――」


「貴様! 勝手なことを申すな!」

「我らアルドギスル派が、国境線を支えたから、おのれらは自由に動けたのだぞ!」


 シメイ伯爵の言葉に、子爵二人が激発した。


「ちょっ――! シメイ伯爵! 言い方!」


 防壁にこもって守るのは、それはそれでストレスが溜まる。

 そこで、シメイ伯爵が、『こっちの方が手柄をあげた』と言えば、そりゃケンカになるよ……。


 ただ、ヒューガルデン伯爵は、羽根つき扇子で口元を覆って無言を貫いている。


 恐らくシメイ伯爵の言葉に、反論がしづらいのだ。


 子爵二人が主張する通り、アルドギスル派が国境線を守ってくれたから、俺たちが自由に動けたのは確かだが……。


 それでも、アンジェロ派の戦果は大きいので比較のしようがない。


 ざっと考えただけでも――


 ・侵攻してくる敵部隊を三つ潰す。

 ・逆襲して占領地域を押し広げる。

 ・王都を奪還する。

 ・敵国有力貴族を寝返らせる。

 ・メロビクス王大国の王都を陥落させ、滅亡させる。


 ――他にも、国王、王妃を脱出させたり、ニアランド軍をアルドギスル派軍と挟撃したりと、戦果をあげたらキリがない。


 だから、ヒューガルデン伯爵は、戦果の多寡に勝負を持ち込みたくないのだ。


 四人がエキサイトしすぎて、つかみ合いになりそうになったので、ヒューガルデン伯爵とじいが、両者を引き離した。


 全員が席に座り直した所で、ヒューガルデン伯爵が議論の方向性を変えようとした。


「みなさん、お待ちください。そもそも、五年の選定期間があったのです。つまり、あと四年の選定期間が残っているのに、現段階の功績だけをもって、判断するのはおかしいでしょう?」


 ヒューガルデン伯爵の言葉に、じいが応じる。


「正論じゃな。しかし、国王陛下はご退位なされる意志を固めた。であれば、選定期間が繰り上がったと考え、対処するのが現実的じゃろう」


 キツいなあ~、じい。

 ヒューガルデン伯爵の言い分を、正論だと認めた上で、『オマエの言うことは現実的じゃない』と裏の意味を持たせた。


 ヒューガルデン伯爵とじいの視線が交差し、物凄いプレッシャーが場を支配する。


 君たちは、悪魔召喚でもするのかね?


 それとも、ニュータイプか!

 俺はエルメスに乗って、逃げ出したい気分だった。


 これ、落とし所あるのかな?


 アルドギスル兄上が、指をパチンとならした。

 何かアイデア?

 解決策か?


「じゃあさ! 二人で王様になれば良いよ!」


「「「「「……」」」」」


 じんわりとした何かが部屋に漂った。


 ヒューガルデン伯爵が、アルドギスル兄上の耳元でつぶやく。


「玉座は一つしかありません!」


「ええ? だったら二つにすれば良いじゃん! そうすれば、みんなハッピーでしょ?」


「国を割るおつもりですか!?」


「そうだ! なりたい人は、みんな王様になっちゃえ! どう? これ?」


「おやめください! 国がメチャクチャになります!」


 アルドギスル兄上の仰天発言に、ヒューガルデン伯爵も振り回されている。


 いや、アルドギスル兄上に悪気はない。

 思いついた事を、口にしただけだろう。


 しかし、王子が二人、玉座は一つ……、なら玉座を増やしちゃえか……。


 ん……?


 俺はアルドギスル兄上の言葉に、何か感じる物があった。


「いや……。アルドギスル兄上のアイデアは、悪くない……」


 俺はゆっくりと、頭の中に浮かんできたイメージを言葉にする。


「俺とアルドギスル兄上……、どちらかが国王になればフリージア王国は分裂する……」


「そうですな。二派閥に分かれて、最悪内戦になるかもしれません」


 じいが、俺の言葉を引き継ぐ。

 俺は天幕の天井の一点を見たまま、ぼんやりと天井に占領地域の地図をイメージした。


「今回の戦争で、フリージア王国の占領地域は広大になった……」


「フリージア王国の領土に、メロビクス全域とニアランド王国のほとんど、赤獅子族、青狼族の支配地域も加わりましたな」


「そうだよ……。だから、それぞれの地域で王様がいても良いのか……」


「「「「「えっ!?」」」」」


 俺以外の人間が意外そうな声をあげる。

 視線が俺に集まり、俺はまとまった考えを話す。


「連合王国! 連合王国を樹立しよう!」

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