第173話 攻撃前の下ごしらえ

「相変わらず、きれいな街であるな」


「魚が美味しい」


「はい、はい! 黒丸師匠も、ルーナ先生も、お仕事優先ですよ!」


 俺たちは、ギュイーズ侯爵領の領都エトルタに来ている。

 昔、俺たち『王国の牙』が冒険者として、訪れた街だ。

 街の近くに魔物は出ないのだが、西にある国境沿いに魔の森があり、そこが狩り場だ。


 しかし、今日の仕事は魔物狩りではない。

 ギュイーズ侯爵に面会するのだ。


 今回は、転移魔法で移動してきた。

 俺の婚約者であり、ギュイーズ侯爵の孫娘であるアリーさんにもご同行いただいた。


「アリー!」


「おじい様!」


 ギュイーズ侯爵は、アリーさんの祖父らしく知的な雰囲気のナイスシルバーだ。

 ひとしきり再会を祝うと、すぐに政治向きの話になった。


 場所はギュイーズ侯爵邸の居間。

 暖炉のそばに並べられたソファーに座り、友好的な雰囲気で話が始まった。


「さて、婿殿。色々とお忙しい中、何用かな?」


「戦況報告とお願いがあって、お邪魔しました」


「ふむ。戦況はぜひ聞かせてもらいたい」


「では……」


 俺は持参した地図を広げて、説明を始めた。


 フリージア王国に攻め込んできたメロビクス王大国軍・ニアランド王国軍の全軍が撃退された事を告げると、ギュイーズ侯爵の顔色が変わった。


「それは……本当かね? この短期間で? 信じられんな……」


「事実です。証拠をお見せいたします。ちょっと、失礼……」


 俺はアイテムボックスから、宰相ミトラルの遺体を取り出した。


「ご見分ください」


「こ……これは! 宰相ミトラル殿!」


 どうやら、俺の話を信じる気になったらしい。

 宰相ミトラルの遺体をアイテムボックスに収納する。


「詳細を申し上げますと――」


 俺は各地域での戦闘詳細も報告する。

 ギュイーズ侯爵は、身を乗り出し真剣に俺の話を聞いた。


 特にシメイ伯爵領に攻め込んだ軍は、一兵残らず殲滅された事を告げると額に手を添えて『ああ……』と小声で嘆いていた。


「――という状況です。我が国、フリージア王国の支配領域は、南はこの辺りから、北はこの辺りまでです」


 俺は、指で地図の上をなぞり、我が軍の支配領域を示した。

 ギュイーズ侯爵は、目を見開く。


「むう……。東部を南から北まで、丸々削りとったのか!」


「はい。この地域は婚姻政策を推し進め、私の派閥に所属する貴族子弟を入り婿させます」


「つまり恒久的に支配すると?」


「そうです」


 俺とギュイーズ侯爵の目が合い、一瞬だけ火花が散る。

 アリーさんの祖父とはいえ、ギュイーズ侯爵はメロビクス王大国の貴族なのだ。


 西部のギュイーズ侯爵領から遠い東部の話とはいえ、俺の『支配宣言』は聞き逃せないだろう。


 ギュイーズ侯爵の声のトーンが低くなり、顔つきが、よそ行きの顔に変わった。


「アンジェロ王子……本気か?」


「ええ。本気です」


「……」


 トントン、とギュイーズ侯爵が、ソファーの肘掛けを指で叩く。

 暖炉の火が赤々と燃え、薪のはぜる音だけが居間に響く。


「アンジェロ王子……。身代金や賠償金なら東部貴族が支払うだろう。良ければ、私が仲介の労をとろう」


 これは……。

 ギュイーズ侯爵は、俺に『占領した東部地域を手放せ』と遠回しに言っているのだろう。


 だが、残念だ。


「ギュイーズ侯爵。誠に遺憾ながら、あなたが仲介する相手は、既に存在しません」


「それは……、つまり……」


「占領した地域の支配層――つまり東部のメロビクス王大国貴族は、女子を除いて全員処刑しました」


「!」


 ギュイーズ侯爵が、ソファーの肘掛けを強く握る。

 ギシリと音が聞こえた。

 ギュイーズ侯爵の座るソファーからだ。


 東部の貴族には、知り合いもいただろう。

 ひょっとしたら遠縁の親戚もいたかもしれない。


 だが、俺はじいが何を考え、実行したか知っている。

 俺の名を汚さないように、じいは汚れ役を買って出てくれたのだ。


 不名誉な行為に手を汚したじいに報いる為にも、ここは退けない!


「ギュイーズ侯爵。東部地域は、部下たちが血を流し、手を汚して手に入れた土地です。他人に渡すつもりはありません」


 俺とギュイーズ侯爵は、しばらくにらみ合ったが、ギュイーズ侯爵が折れた。


「ふうう……。怖い男だな……君は……」


「部下に恵まれているだけです」


「そうか……。状況は理解した。それで、私に頼みとは?」


「これはフリージア王国第三王子アンジェロとしての頼み……。つまりフリージア王国からの公式の依頼、相談事とご理解ください」


「伺おう」


 ギュイーズ侯爵の背筋が伸びた。

 俺も居住まいを正して、相談を始める。


「我々はメロビクス王大国の王都メロウリンクへ攻撃をかけます」


「王都に!?」


「はい。既に王都メロウリンクから馬で二日の距離に我が軍が布陣しています」


「なるほど」


「そこで、逆側から王都メロウリンクを攻撃したいのです。ギュイーズ侯爵領ないし、侯爵の息のかかった貴族領の通行許可を頂きたい」


「王都を挟み撃ちにするつもりか!?」


「ご明察です」


 俺は地図を指さし、軍の動きを詳しく説明する。


 現在、じいが率いるアンジェロ派領主貴族軍が王都メロウリンクの手前で、メロビクス王大国の防衛軍とにらみ合っている。


 占領地域に兵力を分散したので、我が軍の数は二千に減っている。

 防衛軍の兵力も約二千で互角だ。


 ここに第二騎士団と俺が加わっても良いのだが、それでは芸がない。

 兵力が損耗するし、王都に近く民家が多いので俺が魔法をバンバン放てば、民間人に被害が出る。


 占領政策を考えると、民間人の被害は避けたい。


 そこで、王都の逆側に第二騎士団を転移魔法で運び、西側から侵攻させたいのだ。

 機械化された第二騎士団なら、がら空きの王都メロウリンクを直撃できる。


 ギュイーズ侯爵は、地図をにらんでジッと考え込んでいた。


「ふむ……すると王都を西側から攻撃する軍勢は、海上輸送するのかね?」


「その辺りは……軍機につきお答えできません……」


 俺の転移魔法が規格外だという事は、あまり教えたくない。

 みんなに知られたら、奇襲攻撃、初見殺しが出来なくなる。


 回答をぼやかしたが、ギュイーズ侯爵はごまかされてくれない。


「ほう……。海上輸送ではなさそうだね? すると……陸上? いや、それは無理か……。ひょっとして、空からかな? 空飛ぶ魔道具を使うとか……?」


「まあ……そんなところです」


 俺も負けじとシラを切り通す。


「それなら、直接王都の西側に部隊を運んではどうかね?」


「……」


「出来るのだろう?」


 正直、出来る。

 王都メロウリンクは、何度か行った事があるので、魔法で転移が可能な場所だ。

 王都西側に第二騎士団を移動させ、速攻をかます事が可能だ。


 俺が答えに窮していると、隣に座るアリーさんが答えた。


「ふふ……。おじい様。アンジェロ様は、おじい様に味方してもらいたいのですよ」


 その通りだ。

 もっとダイレクトに言えば、メロビクス王大国西部の雄であるギュイーズ侯爵を巻き込みたいのだ。

 共犯にしてしまいたいのだ。


 俺たちフリージア王国だけで、メロビクス王大国を滅ぼすことは可能だ。

 だが、戦後処理を考えると、メロビクスの有力者に一枚かんでもらいたい。


「なるほど……アンジェロ王子の狙いは、私を巻き込む事か……」


 ギュイーズ侯爵の眉根が寄り、難しい顔になった。

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