第172話 終わりの始まり

「アンジェロ!」


「アルドギスル兄上!」


 アンジェロ軍、アルドギスル軍、両軍が見守る中、俺とアルドギスル兄上は、ガッチリと握手を交す。


「んもー! 作戦があったなら言ってよ!」


「すいません。ヒューガルデン伯爵と打ち合わせてはあったのですよ。スパイがいたので、作戦行動は極秘にしていました」


 そう、俺の派閥アンジェロ派とアルドギスル兄上派閥は、開戦前の会議で対立しているように見せた。

 だから、ここは、ガッチリ握手をして、仲が良いですアピールをしないとね。


「とにかくさあ~。大変だったよ~。防壁で国境を守る、つまり籠城戦じゃない? みんなストレスためちゃってさあ~」


「それは、大変でしたね!」


 俺は兄上の苦労話に相づちを打つ。


 アルドギスル兄上は、守勢に強い。

 今回も自軍をよくまとめて、国境を支え続けてくれた。

 そのおかげで、アンジェロ軍が自由に行動できたのだ。


 少し持ち上げてご機嫌を取っておこう。


「アルドギスル兄上は、守備が上手いですよね。守りの名将、王国の盾とでも言いましょうか、とにかくお見事でした!」


「えっ!? そ、そっかな~。いや~、そう言ってもらえると嬉しいなあ~」


 アルドギスル兄上は、ニッコニコのご機嫌だ。


「それで……アルドギスル兄上、気になる情報がありますので、すぐに会議を……」


「気になる情報? そりゃ大変だ! すぐにやろう!」


 伝令が四方へ飛び、すぐに重要人物が集まる。

 兵士たちが戦場の片付けをやっているから、立ったまま会議だ。


 俺、アルドギスル兄上、じい、ヒューガルデン伯爵、それぞれの派閥から領地貴族の代表者を二名ずつ。


 ルーナ先生は、エルフの代表として参加。

 黒丸師匠も冒険者ギルド代表として参加だ。


 ……えっと、敵将は?

 イセサッキに飲み込まれたままかな?


 まあ、いいや……。


 即席会議が始まる。


 俺が問題視しているのは、エーベルバッハ男爵からの報告だ。

 宰相ミトラルは死んだが、死ぬ間際、我が国への復讐戦を口にしていた。


 これでは、和平を結ぶのは難しいのではないか?


 俺は、戦後に不安を感じているのだ。


 エーベルバッハ男爵の報告を会議の出席メンバーに告げると、みんなうんざりした顔をする。


 まず、領地貴族が発言した。


「メロビクスは、まだ、やる気か……」


「じゃあ、ここで我らが勝っても、また戦になるのか?」


「終わりがないではないか……」


「うーん、領地が気になるな……」


 領地貴族はさっさと褒美をもらって、キリの良い所で領地に戻りたいのだ。

 和平が結べず、臨戦態勢がずっと続くのは、彼らとしては好ましくない。


 俺やアルドギスル兄上や王宮側も困る。

 国境や占領地域に、いつまでも大量の兵力を張り付かせておくわけにもいかない。


「宰相ミトラルの考えは、一般的なメロビクス貴族の考えなのだろうか?」


 俺の疑問にじいが答える。


「メロビクス王宮の貴族は気位が高いですので、宰相ミトラルと同じ考えの者は多いでしょう……。領主貴族になると、また別かと」


「そうか……。すると少なくともメロビクス王大国の中央は、また戦を仕掛けてくる可能性が濃厚か……」


「そうですじゃ」


 みんなが渋い表情をする中、アルドギスル兄上の懐刀であるヒューガルデン伯爵が、ニッコリ笑顔で、底冷えする声を出した。


「滅ぼすしかないでしょう」


 領主貴族の一人が、ヒューガルデン伯爵に発言の真意を尋ねた。


「滅ぼす……? それは、何を?」


「メロビクス王大国を!」


 ブルリと体が震えたのは、晩秋の寒さだけではない。



『メロビクス王大国を滅ぼす』



 俺、じい、ヒューガルデン伯爵とで、戦前に話し合っていたシナリオの一つだ。


 しかし、地域大国であるメロビクス王大国を滅ぼすと、戦後の統治・政治体制が難しい。

 地域が不安定化する恐れもあり、どうなるか読めない。


 最悪小国が乱立して、古代中国の春秋戦国時代のようになってしまうかもしれない。

 そうなれば、商人たちは隊商を動かしづらくなり、経済へのダメージが計り知れない。


 つまり、戦後の政治処理が難しいのだ。


 だが、このまま、防衛戦を行って押し返しては、またメロビクス王大国が攻めてくるのを繰り返してはたまらない。


 そこで、最悪のケースであるが……。

 メロビクス王大国を、滅ぼしてしまうのだ。


「エルフは、支持する」


 ルーナ先生が、賛成に回った。

 ジト目の奥に怒りの炎が見える。


「メロビクス王大国は、エルフを奴隷にした。そんな連中をのさばらせておくわけにはいかない。滅してしまおう」


「わかりました。他にご意見は?」


 黒丸師匠が挙手した。


「それがしは、賛成である。冒険者ギルド代表としては、中立である。だが、商業都市ザムザの商人連中は、しょっちゅう戦争が起きて困っているのである。物流が滞るのであるよ」


「商人は敵に回したくないですね……」


「商人の事を考えると、こう度々事を起こすメロビクス王大国には、ご退場いただきたいのである」


「なるほど」


 二人が賛成意見を述べてくれた事で、会議全体の意見は賛成に流れた。


「ううむ……このまま何度も戦うくらいなら……」


「そうだな。一度に終わらせてしまった方が楽だな」


「幸い、今は農閑期だ。短期でケリがつくなら、私も賛成だな」


 領主貴族たちも『短期間なら』と条件付きだが賛成だ。

 だが、アルドギスル兄上は、意外に慎重だ。


「そうかな……。大丈夫かな……。アンジェロ。父上……、国王陛下のお考えは?」


「俺たちに任せるそうです」


 父上には王都にお帰り頂いたが、心労がたたって寝込んでしまった。


『委細は任せる』


 と、白紙委任されている。


「ん……。なら、反対しない。アンジェロたちがメロビクス王大国の王都を攻めて、俺たちはこのままニアランド王国を押し込もう」


 アルドギスル兄上も折れてくれた。


 ヨシッ!

 じゃあ、メロビクス王大国まで、ひとっ走り行ってきますか!


「わかりました。それでは、兄上! ご武運を!」


「ああ、アンジェロもね! ご武運を!」

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