第174話 差し伸べられた手

「侯爵……、メロビクスは……、滅ぼす!」


 ルーナ先生が、ギュイーズ侯爵を真っ直ぐに見つめて宣言した。

 ギュイーズ侯爵は、ルーナ先生の迫力にブルリと身を震わせる。


「滅ぼす? それは……」


 ギュイーズ侯爵が俺に視線を飛ばしてきたので、俺は無言で頷きルーナ先生の言葉を肯定する。

 ギュイーズ侯爵は顔面蒼白で、ルーナ先生に問いかけた。


「あの……、あなたは?」


「私はルーナ・ブラケット。アンジェロの婚約者であり、『王国の牙』の戦闘指揮官。だが、今は、エルフの里、長老会議のメンバーとして話している」


「ルーナ殿の高名は伺っている……」


「よろしい。メロビクスはエルフを奴隷にした。その報いを受けてもらう」


「エルフの呪いですか?」


「そう。侯爵の領地では? エルフの奴隷は?」


 ルーナ先生のジト目がギュイーズ侯爵を射貫く。


「私の領地にエルフの奴隷はいません。我が領地は、エルフの里に近く、人的な交流がある。あんなバカな依頼を受けるわけがない」


「安心した。今回、メロビクスを滅するにあたりエルフは全面的にフリージア王国を支持する。侯爵にもご理解をいただきたい」


「むう……」


 ギュイーズ侯爵は言葉を詰まらせた。

 そこへ黒丸師匠がたたみかける。


「ギュイーズ侯爵。もともとフリージア王国、は何もしていないのである」


「と、言うと?」


「最初は、メロビクス王大国がニアランド王国を侵略したのである。フリージア王国は、盟約に基づき援軍を送っただけであるな」


 そうだ!

 黒丸師匠の言う通り。

 この戦いは、メロビクス王大国が始めた事だ。

 それも領土拡張の野心から始めたらしい。


「それがいつの間にやら、ニアランド王国は侵略者であるはずのメロビクス王大国と手を結んだのである。フリージア王国は、やむなく両国を撃退した。ほかに選択肢などなかったのである」


「それは、理解できる」


「戦後もフリージア王国は平和路線だったのであるよ。和平を求めて、何度も使者をメロビクスとニアランドに送ったのである。しかし、和平をはねつけ再度侵略を始めたのは、メロビクスとニアランドなのである」


「それは……そうだな……」


 領地貴族のギュイーズ侯爵に責任があるとは思わないが、メロビクス王大国の王宮にこの事態を招いた責任がある事は理解してもらいたい。


 黒丸師匠もそんな気持ちから、この話をしているのだろう。

 いや……少し怒っているか?


「さらに、宰相ミトラルは死の間際でさえ、フリージア王国への復讐戦を口にしていたのである。大国の矜持であるな。迷惑な話である」


「だから国を滅ぼすと?」


「……他に選択肢があったなら、教えて欲しいのである」


 黒丸師匠の目がスッと細くなった。

 やばいな……。

 かなり怒っている。


「念の為に伝えるのであるが、我らはメロビクスの王都を消し飛ばすこともできるのであるよ。それでは民草が可哀想だとアンジェロ少年が言うので、こんな面倒な交渉をしているのである」


「王都を消し飛ばす!? そんなことが――」


「造作もないことであるよ! 我ら王国の牙であれば!」


「黒丸師匠! それくらいで! ギュイーズ侯爵は、今回の戦役に不参加です! 中立の立場です!」


 黒丸師匠がブチ切れそうになったので、俺は慌てて止めた。

 話しているうちに怒りのボルテージが上がってしまったのだろう。


 ギュイーズ侯爵を説得するつもりだったのだが、これじゃあ責めているようだ。


 空気が悪い。


 そう思った所で、アリーさんが話しに入ってくれた。


「おじいさま。メロビクス王大国は命数を使い果たしたのです」


「アリー!」


「引き返すチャンスはあったのです。手は差し伸べられていたのです。しかし、メロビクス王大国は、その手を払いのけました」


 アリーさんの言葉をギュイーズ侯爵は、悲しそうに聞く。

 自分の国がなくなる運命だと、それは仕方がない事なのだと孫娘から告げられたのだ。

 ギュイーズ侯爵は、辛かろう。


「私はアンジェロ様に協力を申し入れました。その代わり、私の仲が良い友人の助命をお願いしましたわ」


「留学した時に出来た友人かね?」


「ええ、そうですわ。おじいさまも誰かお救いしたい方がいるのでしたら、差し伸べられた手を握ってくださいませ」


 ギュイーズ侯爵は、しばらくジッと自分の手のひらを見ていた。

 やがて、静かにぽつりとつぶやいた。


「わかった……」


 最後は孫娘であるアリーさんの説得が効いたのだろう。

 アリーさんに、来てもらって良かった。


 俺は、頭を下げて礼を述べた。


「ギュイーズ侯爵。ありがとうございます」


「その代わり、私からも頼みがある。私には、跡継ぎがいなくてね。婿殿とアリーの子を養子に欲しい」


 なるほど。

 俺たちに協力する条件は、『養子をくれ』か。


 いや、条件というよりも、保険を掛けたのか?

 俺の血を引く子がギュイーズ家に入れば、攻撃されることはない。


 俺としてもギュイーズ侯爵との同盟関係が、より強固になる。

 断る手はない。

「二人目の男子でよろしければ」


「良いだろう。ひ孫の顔を見るのが楽しみだよ。なるべく早く頼むよ!」


 こうしてメロビクス王大国王都メロウリンク攻略にギュイーズ侯爵が一枚かんでくれる事になった。


 ギュイーズ侯爵の『ひ孫催促』に俺は顔を赤くしたが、アリーさんは余裕たっぷりで微笑んでいた。

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