第158話 連合海軍を迎撃!

 ――時間は戻って、アンジェロ領キャランフィールド。


「アンジェロ少年! ぼやっとしている場合ではないのである! ルーナ! 出動である!」


「黒丸、分かった。アンジェロ行こう」


「……」


 メロビクス王大国とニアランド王国の連合海軍を、黒丸師匠が発見した。

 海上に飛び迎撃する必要がある。


 ルーナ先生も執務室に入ってきて、出撃しようと言う。


 それはわかっているが……。


 俺は身動きが、とれなくなっていた。

 ルーナ先生が、いつもと違う俺の様子に顔をのぞき込む。


「アンジェロ、どうした?」


「それが――」


 俺は、エーベルバッハ男爵とのやり取りを、ルーナ先生と黒丸師匠に話した。


 ウォーカー船長がスパイでなかったのは幸い――いや、正確にはメロビクス王大国の情報局に籍が残っているが、少なくとも敵ではない。


 彼はギュイーズ侯爵の下についている人間だ。

 ギュイーズ侯爵の孫娘アリーさんの婚約者である俺に害をなすことはないだろう。


 だが、エーベルバッハ男爵の読みでは、王都に本命スパイがいるらしい。

 本当だろうか?

 そして、王都は大丈夫なのだろうか?


 事情を一通り話し終えると、ルーナ先生が穏やかな口調で俺を諭し始めた。


「アンジェロ……。王都には、アンジェロの父と母がいる。心配なのはわかる……。だが、アンジェロは、王子。敵を打ち倒さなければならない」


「……」


「なさねばならない! それは、アンジェロの義務だし、アンジェロにしか出来ない!」


「そうである。アンジェロ少年! まず、このキャランフィールドを守るのである!」


「はい……そうですね!」


 ルーナ先生と黒丸師匠の言う通りだ。

 俺がやらなくちゃ!

 自分の領地を、自分で守るのだ!


 王都には、サラが率いる白狼族の特殊部隊とブラックホークを三機配備した。

 破壊工作くらいは、問題なく対処できるはずだ。


「行きましょう!」


 俺たちは、留守をアリーさんたちに任せて、飛行魔法で海上へ出た。

 黒丸師匠が先行し、『王国の牙』三人で海の上空を飛ぶ。


 二時間ほど飛んだ所で、黒丸師匠が右手を挙げた。


「いたのである!」


 前方に沢山の帆船が見えた。

 俺は十隻程度の艦隊を予想していたが、はるかに船の数が多い


「多いですね……」


「五十隻である。主力は中央の大きな三本マストの船十隻であるな」


「なるほど。帆柱の数で見分けるのですね?」


「そうである。マストが一本の船は、小型であるな」


 黒丸師匠が船の見分け方を教えてくれた。

 マスト一本で小型と言うが、それでも海獣人セイウチ族が乗ってくる大型漁船よりもデカイ。


 あの五十隻に白兵戦が専門の陸戦隊が乗り込んでいるのか……。

 仮に一隻に二十人陸戦隊が乗っているとして、五十隻なら千人だ。

 少なめに見積もっても千人……。


 キャランフィールドの港で、防衛できる範囲だが、千人を超える敵は厄介だ。

 やはり海上で決着をつけてしまおう。


「ルーナ先生! 黒丸師匠! 予定通りに!」


「「了解!」」


 俺たちは、事前に打ち合わせた通りに二手に分かれた。

 俺とルーナ先生は上昇し、黒丸師匠は海上スレスレに下降して敵艦隊に接近する。


 黒丸師匠は囮だ。

 それでも黒丸師匠は、嬉々として敵艦隊に突っ込んでいく。

 背中に担いだオリハルコンの大剣を引き抜き、いつものように吠える。


「王国の牙! 黒丸! 推参である!」


 黒丸師匠がオリハルコンの大剣を一振りすると、海が割れた!

 敵艦隊に直接のダメージはないが、発生した大波にあおられて帆船が右に左に大きくローリングする。


「敵だ! 撃ち落とせ!」


 敵船の甲板上で動きが激しくなった。

 黒丸師匠めがけて、弓兵が放つ矢や魔法使いの放つ属性魔法が乱れ飛ぶ。


 黒丸師匠は、高速ジグザグ飛行をすることで敵の攻撃をかわし、魔法が直撃しそうになるとオリハルコンの大剣で斬ってみせた。


「さあ! もっとである! それがしを倒してみせるのである!」


 黒丸師匠が派手に暴れている間に、俺は上空で魔力を練り上げていた。

 ルーナ先生は、魔法障壁を張り防御に徹している。


「アンジェロ。出来そうか?」


「大丈夫です……。この前の練習と同じように……」


「時間は黒丸が稼いでくれる。落ち着いてやれば大丈夫だ」


 この魔法は風魔法と氷魔法の合わせ技だ。

 魔法技術的にも、魔力的にも、難易度が高い。


 敵艦隊の真上に魔力を送り込み風を起こす。

 ただし、高度は一万メートル。


 敵艦隊の連中は気が付いていないだろうが、ヤツラの頭上では小規模な嵐が起きようとしているのだ。


 同時に左手に圧縮した魔力をため込む。

 こちらは大規模に氷結魔法を放つ下準備だ。


 二つの魔力制御を同時に行い、俺の体内から魔力がごっそりと流れていく。


 空が鉛色に変わり、周囲に冷気が漂いだした。

 そろそろ魔力制御の限界だ。


 敵艦隊の魔法使いが、異変に気が付いた。


「おい、待て……。何て巨大な魔力だ……」


 魔法障壁を張ろうとしているのだろう。

 だが、タイミングが遅いし、普通の魔法使いが持つ魔力では、俺の魔法は防げない。


 じっと空を見ていたルーナ先生が、黒丸師匠に合図を出した。

 黒丸師匠は、低空から全力でこちらへ向かって飛んでくる。

 ルーナ先生の魔法障壁内に黒丸師匠が飛び込むと、ルーナ先生が叫んだ。


「アンジェロ! やれ!」


 俺は高度一万メートルで吹き荒れる風を、一気に下方向へ向けた。

 マイナス五十度の冷気が、下方向へ吹き荒れる竜巻に乗って敵艦隊に向かう。


 同時に左手にため込んでいた氷結魔法を発動し、マイナス五十度の冷気の竜巻に同調させる。


「バースト・ブリザード!」


 下方向への強烈な風。

 高度一万メートルの冷気。

 氷結魔法。


 冷気の三重奏が敵艦隊を襲う。

 甲板で頬を引きつらせ、必死に魔法障壁を張る魔法使いが見えた。


 ごめん。

 その魔法障壁では、防ぐことは出来ない。


(成仏してくれよ……)


 俺は心の中で手を合わせた。


 同時に魔法が着弾する。

 冷気の嵐を食らった敵艦隊は、なすすべなく凍り付いた。

 一瞬だけ海は大きく波立ったが、白波を立てたまま凍ってしまった。


「アンジェロ! 成功だ! 良くやった!」


「アンジェロ少年! さすがである!」


「ふう……」


 俺は一息つき、改めて凍り付いた敵艦隊を見る。


 敵船の甲板上には、氷像のように凍り付き息絶えた船員たちがいた。

 西から一陣の風が吹くと氷像は砕け、美しい氷の結晶になり風に散った。


「気の毒ではあるが、明日は我が身なのである。せめて死者に祈りを捧げるのである」


 俺たち三人は、胸に手を当て、死者を弔った。

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