第157話 四人の情報部

 エーベルバッハ男爵は、キャランフィールドから、異世界飛行機グースに乗って、王都へ向かった。


 王都に近い空の上で、パイロットのリス族が何かに気が付く。


「あれは……」


「?」


 リス族が見る方向をエーベルバッハ男爵も見たが、何も見えない。

 獣人と人族と視力の違いである。


「何も見えんぞ?」


「人族には、見えないでしょう。かなり遠くなのですが、ブラックホークが三機飛んでいました」


 この時、エーベルバッハ男爵を乗せたグースがすれ違ったのは、王都から脱出した国王一行である。

 距離が遠く、飛行速度を目一杯出していた為、ブラックホーク側はグースに気が付かなかった。


「ブラックホークは、最新型のヤツだな。王都に配備したと聞いたが……」


「ええ。そうです。かなりの高速で北へ飛び去りました。何かあったのでしょうか?」


 エーベルバッハ男爵は、キャランフィールドを出発する前から嫌な予感がしていた。

 ここに来て、いよいよ予感が確信めいてきた。


 アルドギスル配下の二人の貴族は囮。

 そして本命スパイと思われたウォーカー船長も囮。


 エーベルバッハ男爵は、思わず舌打ちする。


「チッ……。急いでくれんか?」


「わかりました! 増速します!」


 リス族のパイロットは、プロペラの魔法陣にも魔力を流し込むブースト・スイッチをオンにした。

 プロペラにミスリルで描かれた風属性魔法陣に魔力が流れ込み、プロペラから強烈な風が発生する。


 魔力の残滓を空に輝かせグースは、一気に増速した。

 遠くに王都が見えると、エーベルバッハ男爵は上昇を指示した。


「高度をとってくれ! 上から王都の様子を見たい!」


「了解! 上昇します!」


 グースが高度を取り、エーベルバッハ男爵は王都を空から一望した。


「間に合わなかったか!」


「男爵殿……これは……」


「敵だ! クソッタレ!」


 二人の目に映ったのは、王宮になだれ込むメロビクス王大国軍。

 そして、王城にひるがえるメロビクス王大国の旗だった。


 エーベルバッハ男爵は、悔しがりながらも情報部として自分の任務を全うする。


(王城は落ちた……。王宮もやがて敵に占拠される……。市街地は無事だな……。略奪は行われていないし、火事もおきとらん……)


 続いて、王宮をじっくりと観察する。

 王宮の防壁近くには、フリージア王国守備隊が折り重なり死んでいた。

 しかし、上空から見る限り、非戦闘員の死体は少なかった。


(非戦闘員を逃がすのに時間を稼いで死んだか……。見事だな……)


 目をつぶり、胸に手を当てる。

 しばし、黙祷を捧げた後、リス族のパイロットに指示を出す。


「南へ飛んでくれ」


「南ですか?」


「王都の西と東は魔の森があって、逃げられん。北は街道があるが、敵国に通じている」


「なるほど……。南は商業都市ザムザの方角ですね」


「そうだ。逃げるなら味方が多そうな方角だろう。王宮の生き残りを探してくれ」


「承知!」


 リス族のパイロットは操縦桿を倒して、グースを南へ向けた。

 高度を高く保ったまま、リス族のパイロットは地上を監視する。


「いました!」


 リス族のパイロットが指さす先に、王都から南へ続く街道を必死で走る二百人ほどの一団がいた。


 王宮にいた人々だ。

 平民の料理人や庭師、メイドもいれば、下級貴族の文官もいる。

 しんがりを白狼族の特殊部隊員や王宮に勤めていた獣人たちが引き受けていた。


「ヨシッ! あそこに下ろしてくれ!」


「はい!」


 街道の直線になっている場所に、グースは着陸した。


「エーベルバッハ君!」


「部長! 部下アイン! 部下ツヴァイ!」


 情報部長がエーベルバッハ男爵の姿を見て駆け寄る。

 部下アイン、部下ツヴァイも一緒だ。


 情報部長から、メロビクス王大国軍に奇襲された王都の様子が語られた。


「突然、騒ぎが起こり、『敵襲』の声が聞こえた。外に飛び出したが、あっという間に敵兵に囲まれ、何とか血路を開いて脱出してきたのだ。幸いと言うか……、王宮の中には獣人の使用人がいた為、敵の襲撃に早い段階で気づけた。獣人は耳が良いからな。戦闘力もあるし、助けられたよ」


「それでこれだけの人数が逃げられたのですな」


「そうだ……。捕虜になった者もいると思うが……。目算だが半数は逃げ出せただろう。それに白狼族の特殊部隊員が、第二王妃様と第三王妃様をブラックホークで逃がした。国王陛下の救出にも向かったそうなので、恐らく――」


「ふむ……。ご無事でしょうな」


 エーベルバッハ男爵は、空ですれ違ったブラックホークを思い出していた。

 自分の目では見えなかったが、リス族のパイロットは見たという。


(タイミング的に、国王を救出してキャランフィールドへ避難させる途中だろう……)


 エーベルバッハ男爵は、国王レッドボット三世が無事と判断し、部下の安否を部長に聞いた。


「ところで部長。俺の部下たちはどこです? アインとツヴァイの他は?」


「……」


「部長?」


 情報部長は眉根を寄せ沈痛な面持ちで、辛い事実を告げた。


「エーベルバッハ君……。フリージア王国情報部は……、現在、私と君を含めたこの四名だけだ……」


「部長――」


 エーベルバッハ男爵は、言葉を失った。

 短い期間であったが、一緒に働いていた部下が死亡したのだ。


「すまない……エーベルバッハ君。王宮から脱出する際の戦闘で、一人、また一人と……。敵に討ち取られた……」


「そうですか」


 エーベルバッハ男爵の顔から表情が消えた。

 感情が抜け落ち、やがて怒りが湧き上がった。


 怒りを抑え、淡々と部長に告げるエーベルバッハ男爵。


「部長は、このまま南へ逃げてください。恐らく伯爵である部長が、最も高位の人間です。この連中を無事に次の街へ連れて行ってください」


「それは、構わないが……。君はどうするのだね?」


「王都に戻ります」


「止したまえ! 殺されるぞ! 一人でどうにか出来る数ではない!」


「そんなことはわかっています。王都に潜入して情報を集めるのです」


「情報?」


 エーベルバッハ男爵は、怒っていた。

 敵と――そして自分に。


(敵に裏をかかれた。今のところ俺の負けだ……。だが、見ていろよ! やられっぱなしでは終わらんぞ!)


 エーベルバッハ男爵は、己と亡くなった部下の魂に誓う。

 自分たちらしい方法で敵を討つと。


「部長。俺は情報部です。調べたいことがあります。メロビクスのアホウどもは、どこから湧いて出たのかご存知ですか?」


「それは……謎だ……」


「だから、王都に潜入して調べます」


 情報部長は、エーベルバッハ男爵を止めても無駄だと理解した。

 かくなる上は、気持ちよく送り出してやろうと許可を出した。


「行動を許可する。気をつけたまえ」


「ええ。部長もお気をつけて」


 そう言うとエーベルバッハ男爵は、王都へ向けて歩みを進めた。

 部下アインと部下ツヴァイは、うなずき合いエーベルバッハ男爵の後を追う。


 こうして情報部長たちは、王都の南にある次の街へ向かい。

 エーベルバッハ男爵たち三人は、夜を待ち王都へ潜入した。


 まだ、戦いは終わっていないのだ。

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