第156話 お袋様と親父様を脱出させろ!

 その頃、王城は大混乱に陥っていた。


「なぜだ!? メロビクス軍は、どこから湧いて出た!?」


 フリージア王国国王レッドボット三世は、頬を引きつらせ、叫び声を上げた。

 侍従長が国王レッドボット三世をかばいながら、城の奥へと連れて行く。


「国王陛下! とにかく奥へ! ここは危険です!」


 フリージア王国の王城は、王宮の中にチョコンとある小ぶりな城である。


 フリージア王国は、魔の森が多く、王都の周りにも魔の森が多いのだ。

 魔の森に守られているので、敵軍が王都を直撃することは、想定されていない。

 その為、王城は形だけの城で防衛施設はほとんどない。


 領民に王がいると示す為。

 外国からの使節に王城があると示す為。

 ただ、それだけの権威目的の城なのだ。


 王都を直撃した敵メロビクス王大国軍は、現在、兵八千。

 魔の森の間道を通ってくるので、その数は、時間と共に増えていく。


 一方、守るフリージア王国側は、治安維持目的の王宮守備隊が五百人程度。

 敵軍との戦闘は想定しておらず、少数の賊の侵入に備えているだけである。


 そして王城は、見せかけだけの城……。


 これでは、まったく勝負にならない。


 既に王城の周りはメロビクス王大国軍の兵で囲まれており脱出は不可能になった。


「国王陛下! 上へ!」


 侍従長は動揺する国王レッドボット三世を押しやり、城の上へと向かう。

 向かう先は、城の本館の四階にある国王の執務室だ。


 もう、執務室に閉じこもるくらいしか、侍従長は思いつかなかった。


 国王レッドボット三世は、重い足取りで階段を上りながら後悔をしていた。


(なぜだ……)


 国王レッドボット三世は、誰ともなく心の中で問いかけた。

 その答えは、すぐに内側から湧いて来た。


(王として無能だからだ……)


 若い時は……、まだ王子の頃は……。


 レッドボット三世は、若き日々を思い出していた。

 颯爽と馬に乗り野山を駆けた。

 他国の外交使節団と丁々発止で、やりあったりもした。


 しかし、いつからだろうか?


 腹心と思っていた宰相エノーに国を牛耳られ、他国に見下げられ、そして権力を取り戻したかと思うと、こうしてメロビクス王大国に攻め込まれた。


 後悔ばかりが、胸をしめた。


 城の執務室にたどり着き扉を閉めたが、こんな扉は敵兵にすぐ打ち破られてしまう。


「せめて晩節を汚すまい……」


 執務室の奥にある窓を開ける。

 国王レッドボット三世は、バルコニーの先にある虚空に希望を見た。


「敵の手にかかってなるものか!」


「陛下! お待ちを!」


 国王がバルコニーから飛び降りて自裁しようとしている。

 侍従が必死に国王レッドボット三世の手を引いた。


「なりません! 陛下!」


「離せ! もう、敵が来る! 敵の手にかかるくらいなら――」


 執務室の扉が破壊され、メロビクス兵がなだれ込んできた。


「国王がいたぞ!」

「討ち取れ!」

「首を取れ!」


「クッ……ここまでよ!」


 国王レッドボット三世は、バルコニーから身を投げようとした。


 そこへ黒い影が急速に上昇してくる。

 白狼族のサラを乗せたブラックホークだ!


 リス族のパイロットは、バルコニーの横にピタリと機体を寄せる。

 最後部席のガンナーが攻撃用魔道具を執務室へ向けて構え、狙いを定めた。


 サラが叫ぶ。


「親父様! 伏せろ!」


「むおおお!」


 目を見開き驚いたレッドボット三世。

 しかし、サラの叫びを聞いた刹那、反射的に体が動いた。


 レッドボット三世と侍従長が床に伏せ、同時にブラックホークのガンナーが、魔道具から土属性魔法を連続で打ち出す。


「おおおおお! 撃ちまくるぜえええええ!」


 魔道具から発射された土属性の魔法は、飛翔する途中で無数の石礫と化し、メロビクス王大国軍兵士に襲いかかる。


 それは米軍攻撃機A―10に積まれたGAU―8アヴェンジャー30ミリ・ガトリング砲にも似た威力で、メロビクス王大国軍の金属鎧をボール紙のように軽々と貫通した。


「うおおおおおお!」


 リス族のガンナーが吠える。

 ブラックホーク後部の魔道具から、魔力の残滓が煙のように舞い上がる度に、メロビクス王大国軍兵士は無残な叫びを上げ絶命する。


「があああ!」

「ギャン! ギャン! ギャン! ギャン!」

「へああ! へあ!」


 奇跡としかいいようのないタイミングで現れた助けに、神の配剤を思い、レッドボット三世は歓喜した。


「おお! サラ!」


「親父様! 助けに来た! 乗れ!」


「お……おう!」


 レッドボット三世が後ろを振り向くと、執務室に乱入した兵士たちは無残な骸と成り果てていた。


 だが、敵兵は後から続けて執務室へ入ってくる。


 サラがブラックホークから飛び降り、執務室に飛び込む。

 飛び込みざま前方回転し、新手の敵との間合いを詰め膝の裏をミスリルのショートソードでそぐ。


「あああああああ!」


 新手の敵が絶叫し、かがみ込む瞬間、アゴの下から脳天にショートソードを突き上げた。

 名工ホレックが鍛えたミスリルのショートソードは、骨など問題にせず頭頂まで突き抜けてみせた。


「追っ手は、私が防ぐ! 親父様! 早く!」


「わ、わかった!」


 レッドボット三世と侍従長が、リス族の手を借りて、バルコニーの先でホバリングするブラックホークに乗り込む。


 執務室内を猛スピードで暴れ回るサラのミスリルソードは、青白い輝く刀身が既に敵の血で真っ赤に染まっていた。


 ブラックホークのリス族パイロットが、サラに大声で呼びかける。


「サラ! 脱出だ! 来い!」


「わかった!」


 ブラックホークが機体を動かし、執務室のバルコニーから離れる。

 そこへ執務室からダッシュしてきたサラが、ジャンプする、


 低速で移動を始めたブラックホークのフレームにサラは左手一本で捕まり、ぶらんとなる反動を使って逆上がりの要領でシートに収まった。


「よし! 行け!」


「了解!」


 リス族のパイロットは、アクセルを踏み込み魔石の魔力を魔導エンジンに流し込む。

 プロペラが急速回転し、ブラックホークは一気に加速上昇した。


 執務室からパラパラと矢や投げ槍が飛んできたが、ブラックホークは一瞬ではるか遠くに飛び去っていた。


 サラと国王レッドボット三世たちを乗せ高速で北に向かったブラックホークは、先行していた他の二機と空中で合流した。


 第二王妃、第三王妃の無事を確認した国王レッドボット三世は、安堵しサラに深く感謝した。


「言っただろ! お袋様と親父様は、私が守る! だから大丈夫だ!」


「そうか。サラ……本当にありがとう……。それで、どこへ向かうのだ?」


「キャランフィールドだ! アンジェロの所に行く! あそこが一番安全だ!」


 三機のブラックホークは、燃料の魔石を速力に変え一路キャランフィールドを目指した。


 日が暮れる頃、キャランフィールドの街の灯りが、三機のブラックホークを温かく迎えた。

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