第146話 西へ高速移動する第二騎士団
赤獅子族のヴィスは、一人で逃げていた。
昼も夜も走りに走った。
「はあ、はあ、はあ……。ダメだ……、クタクタだ……。少し休もう……」
平原のまっただ中で、ゴロリと横になり目をつぶる。
ウトウトとしたところで、鋭敏な赤獅子族の耳が異音を察知した。
キュラキュラ……キュラキュラ……。
キュラキュラ……キュラキュラ……。
フリージア王国軍のケッテンクラートが放つキャタピラ音である。
まだ、遠いが、確かに音がする。
「クソが! あいつら休みをとらねえのかよ!」
ヴィスは、悪態をつくと疲れた体を引きずるようにして、西へと落ち延びていった。
一方、機械化騎士団と化した第二騎士団は、快調に移動していた。
兵士は交代で歩き、疲れたら六輪自動車タイレルに乗って休んだ。
また、タイレルが牽引する荷馬車でゴロリと横になって眠り、運転手も交代して休んだ。
ついには、指揮官クラスが乗る馬が移動に耐えられなくなり、指揮官たちも歩き、ケッテンクラートの空きスペースに滑り込み休みながら移動していた。
夜になっても行軍は続き、兵たちはケッテンクラートにタンクデサントするがごとく、腰掛けられるスペースを見つけては休んでいた。
中には、ケッテンクラートの装甲に腰掛け、片手で体を支えながらウトウト居眠りをする強者まで出始めていた。
ローデンバッハ男爵は、六輪自動車タイレルの座席に座りながら、行軍の様子を見ていた。
「機械化というのは、凄まじい物だな……」
隣に座るポニャトフスキ騎士爵が、寝ている兵たちを起こさないように小声で応じる。
「はい。まさか、馬が先に参ってしまうとは思いませんでした」
「まったくだ」
ケッテンクラートと六輪自動車タイレルは、魔石を補充すれば走り続けられる。
馬と違って疲れないので、休憩する必要はない。
二人とも、そのことを頭では理解していた。
しかし、実際に強行軍をしてみると、走り続けられる凄さ、稼げる距離に驚愕したのだ。
ローデンバッハ男爵が、ポニャトフスキ騎士爵が膝の上に開く地図をのぞき込む。
地図はカンテラの灯りで、うっすらと照らされていた。
「今、どの辺りだ?」
「先ほどイタロスの都市を通過しましたので、青狼族のテリトリーに入った所ではないかと」
「うむ……警戒は……必要ないな……」
「はい。まことに気の毒ではありますが、恐らく青狼族は全滅……。生き残りがいたとしても、我らの異形と移動速度を見たら、襲いかかってこないでしょう」
「そうだな。俺たちも交代で寝るとするか」
「はい。先にお休みください」
「じゃあ、頼んだ」
そう言うとローデンバッハ男爵は、腕を組み、目をつぶる。
すぐにウツラウツラと船をこぎ始めた。
光の魔道具を仕込んだヘッドライトが街道を照らす。
ポニャトフスキ騎士爵は、視線を空へ向けた。
沢山の星が瞬く中、空に赤いカンテラの灯りが見えた。
目をこらすと、グースが一機上空から夜間偵察に飛んでいるのがわかった。
(至れり尽くせりだな……)
*
深夜零時を回った頃、ヴィスはようやく赤獅子族のテリトリーに戻ってきた。
赤獅子族に生き残りなどいない。
女子供すら従軍し戦死したのだ。
自分の天幕に転げ込み横になろうとすると、頭からすっぽりとローブをかぶった男が天幕の隅にいるのに気が付いた。
ローブの男は、地球の神の使いである。
男は苛立たしげな声で、ヴィスに問いかけた。
「どこに行っていた?」
「はあ、はあ、はあ……。テメエ……」
息を切らすヴィスを見て、ローブの男――地球の神の使いは、懐からパンを取り出しヴィスに放った。
「頼まれていた焼きそばパンだ……」
「うおおお! ありがてえ! 何も食ってねえんだ!」
ローブの男は、ヴィスが置かれた状況がわからなかった。
いつものように赤獅子族の天幕群を訪れたらもぬけの殻だったのだ。
それでもヴィスの様子を見て、ローブの男は察した。
「戦に敗れたのか?」
「ああ、負けた。赤獅子族は全滅だ」
「貴様、その割にはサバサバしているな……」
「赤獅子族に思い入れなんてねえよ! あるわけないだろ! 俺は日本人だぞ!」
日本人から獣人赤獅子族に転生したヴィスは、獣人であることに馴染まないでいた。
キュラキュラ……キュラキュラ……。
遠くでケッテンクラートのキャラピラ音がするのを、ヴィスの耳がとらえた。
「クソが! まだ来やがる!」
「敵か? 逃げるのか?」
「西と北はダメだ。あいつらはメロビクス王大国に攻め込むつもりだ」
「ならば南か?」
「ああ、ミスルに逃げる。あそこは獣人も多いらしい。じゃあな!」
言うが早いか、ヴィスは天幕を飛び出すとミスル国へ向かって一目散に駆けだした。
「……」
ローブの男は、無言で、霧のように消えた。
こうして転生者赤獅子族のヴィスは、南の大国ミスルに逃げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます